第42話 始まり
『それ』には、名前がなかった。
上でも下でもない場所。
光も闇もない。
ただ、『存在する者』だけが、静かに漂っている。
形はない。
意味もない。
本来ならば、すべてはそこでほどけていく。
だがーー
ひとつだけ。
留まっているものがあった。
かたちを保ったまま、崩れない。
歪だ。
本来、ここに在り続けることなど、許されない。
なのに、それは残っている。
理由は、分からない。
ただ。
そこに『ある』。
それを、見ているものがあった。
視線。
あるいは、それに近いもの。
触れはしない。
干渉もしない。
ただ、確かめる。
歪みがあるかどうかを。
ーー見つけた。
それは、わずかに揺れた。
形を持ったままの魂。
まだ、人の名残を残している。
珍しい。
そして。
都合がいい。
どこかで、声がした気がした。
思い出せない。
言葉にもならない。
だが。
それでいい。
役目は、最初から分かっている。
『歪み』を、拾う。
ただ、それだけだ。
それは、近づいた。
触れることはない。
けれど、境界が重なる。
ほんのわずかに。
交わる。
その瞬間。
断片が、流れ込んできた。
エリアード・ローラン。
アルデバランの貴族の子息。
十で家を出て。
十九で、死んだ。
理由はーー
あまりにも、くだらない。
裸の男が、忍び込んだ。
それだけで。
心臓が、止まった。
ーーそれだけだった。
『それ』は、理解する。
重みも。
意味も。
価値も。
どれも、ない。
だからこそ。
ちょうどいい。
これは、向いている。
それは、選んだ。
それが、始まりだった。




