第39話 リンシャー王子のつけた真名
『お前の名前は、レイゼットだろう!! ここにそう書いてある!』
フィニアスが、声を張り上げる。
……ほんとうに、こういう時は張り切る。
風が、揺れた。
彼の頬を、かすめるように通り過ぎるつむじ風。
軽いのに、冷たい。
拒絶の風。
「フィニアス、それは違います」
ワタシは、静かに言った。
「それは、リンシャー王子がつけた名前です」
「へ!?」
間の抜けた声。
けれど、今は構っていられない。
「そもそも、人間のつけた名前を……古竜であるイーグが受け取るはずがありません」
言い切る。
けれど、その言葉の奥で、わずかな引っかかりが残る。
風の奥方は言った。
ーーすべては、イーグの中にある、と。
外から与えるものではない。
思い出すのも、受け取るのも、イーグ次第。
「エイルは、現れました」
砂の影。
あれは確かに、ここに来た。
「なら、残っているのは……」
視線を、イーグへ向ける。
彼女は、紙の束を抱えたまま、じっとしている。
意味は分かっているはずなのに。
それでも、届いていない。
「何が、彼女の記憶を封じているのでしょうか」
呟きは、風に溶けた。
イーグは、長い間。
アルテアの田舎町にいた。
誰にも気づかれないように。
隠れるように。
いつからかも、分からないほど昔から。
そして、言っていた。
神殿に追われて、町を出た、と。
風が、わずかに鳴る。
逃げていたのか。
それともーー
近づかせなかったのか。
ワタシは、目を細める。
神殿。
その言葉だけが、やけに重く残る。
イーグの内側に触れた存在。
唯一、外から干渉し得たもの。
……いや。
本当にそうか?
風が、ゆっくりと巡る。
何かが、繋がりかけている。




