第34話 風の奥方
ーー風の奥方。
創世より生きてる、精霊界の最高位。
圧が違う。
イーグとも全く違う。
風は軽いはずなのに、重さを感じるなんてーー初めてだ。
<……珍しいものを連れていますわね>
風の奥方が、こちらを見た。
いや、違う。
俺を見ていない。
その視線は、俺の肩越しーーもっと後ろ、もっと遠くを見ている。
「は? 何の話だ」
ヴァレリアが、軽く眉をひそめる。
<気づきませんの?>
「何にだよ」
風が、わずかに鳴る。
その音に、俺の背筋がぞわりとした。
<……いいえ>
興味を失ったように、視線が戻る。
その瞬間、圧が少しだけ緩んだ。
知らず、息を吐く。
「フィニ、顔色が悪いぞ」
「うるせえ……お前、なんだこれ……」
「何がだ?」
ヴァレリアは、本当に分かっていない顔をしている。
ーーこいつ、本気か?
俺は、もう一度あの精霊を見た。
風の奥方は、静かにそこにいる。
だがさっきの一瞬、確かにーー
《何か》を見ていた。
<東へ行ってはなりません>
不意に、声が落ちた。
さっきまでとは違う、わずかに低い響き。
「は?」
<……まだ、待っているのですね>
短い言葉。
だが、その一言で、空気が凍る。
「おい、誰の話だ」
思わず一歩踏み込む。
風の奥方は、答えない。
ただ、ほんの一瞬だけーー
懐かしむように、目を細めた。
<……変わりませんこと>
ーー俺は、ある考えが浮かんだ。
「……おい」
わずかに声が低くなる。
「さっきのは、誰の話だ?」
奥方は、半透明の身体をゆらゆらと揺らす。
なにも語らない。
……だが。
あの一瞬の視線。
あの言葉。
偶然で済ませられるほど、軽くない。
「……まさか」
言いかけて、止めた。
喉の奥で引っかかる。
名前を出した瞬間、何かが決定的に変わる気がした。
奥方は、ただ微笑んでいる。
ーー分かっていて、言わせない顔だ。
「……ちっ」
舌打ちが漏れた。
「では、もう一つ聞く」
無理やり話を変える。
「リンシャー王子とは何者だ?」
<……そんな名前の者を加護したことがありますわ>
あっさりとした答え。
だが、その軽さが逆に引っかかる。
それにしてもーー
神の血筋でもなく。銀の森の学び舎も通さず。
最高位の精霊の加護を取りつけるとはーー
リンシャー王子とは、何者だ?




