浮気の線引きは浮気をする側が決めるものではない
一時間目と二時間目の間の休み時間、僕の予想通り教室の前には男子たちが集まっていた。
僕のクラスと隣のクラスでちょうど半々で男子たちが分かれている。とはいえ、この休み時間は十分しかないので、すぐに先生に解散させられた。
「なあ、一樹、俺は…ぐうう…」
だが、同じクラスの忠は僕の近くにいるので解散させられることはない。僕の近くで、僕に対して言葉にならない色々を吐いている。
「早く自分の席に戻りなよ」
「俺は、俺は…!」
「はぁ…」
……
そんな休み時間を何度も過ごし、昼休みになった。
僕が弁当を開こうとすると、廊下が騒がしくなる。なんだと思ったら、ひうりがこちらの教室に来ていた。
「一樹くん、一緒に食べましょ」
「…いいよ」
すっごい視線浴びてますけど。ひうりさん、そのスルースキル僕も欲しいです。
廊下で男子たちが何やら色々言っているが、何を言っているのかは分からない。ただ、どうせ忠と大して内容は変わらないだろう。
因みに、その忠はなぜかわざわざ廊下に出てこちらを見ている。なぜ紛れたし。
「注目の的ね、一樹くん」
「ひうりのせいだよ…」
「ふふ」
その中でも堂々とご飯を食べるひうり。メンタル強いなぁ…
そのメンタルがあるなら親の問題くらいどうにかならないかなと思ってしまうのだけど、このメンタルと親に対しての精神は別なので仕方ない。
家でのひうりは、学校のひうりほど強気じゃないのだ。
「そうだ、今日は一緒に帰りましょ」
「家別方向だけど…」
「私が一樹くんについていくから大丈夫よ」
何が大丈夫なのか分からない。
今も、廊下の男子の一部が僕に掴みかかろうとして周囲に止められている。流石に家にひうりが来ることについては我慢ならなかった人がいたのだろう。
ここまで熱狂的なのにモラルとか常識があるのがむしろ怖いな。こういう集団って普通暴徒みたいになるもんじゃないのかな。
「ここまで来るとなんだか楽しくなってきたわ」
「ひうり…」
「私の言葉であそこまで反応が変わるのは面白いの」
「悪女だね」
ひうりの中の悪い面が出ている。
お姫様扱いが好きなひうりだけど、多分こうやって貢がれるのも姫扱いの一種なのだろう。お姫様っていうよりも女王って感じだけど。
しばし談笑して、弁当は食べ終わった。しかし、ひうりは教室を去らない。
「次の時間までここにいるつもり?」
「嫌なの?」
「嫌というか…」
視線が気になるし、廊下の男子たちはまだ弁当を食べていないだろうから心配なんだけど。
好きな人を追うのはいいのだけど、自分自身の健康状態を損なうことはあまりしてほしくないなぁ…怖いし。
「安心なさい。もしもの時は私が呼びかければ何とかなるわよ」
「ひうり、その立場意外と気に入ってる?」
「一樹くんのためにできることがあると思うと嬉しいわ」
夢の世界では僕が色々ひうりにしてあげるが、現実の僕は無力なのでひうりに助けてもらっている。
ひうりから色々してもらうというのはあまりないので、嬉しいといえば嬉しいのだけども。
「いつも一樹くんは私のことを考えて色々してくれるでしょ?だからお返ししたいなって…だめ?」
「…いいよ」
茶目っ気もあるひうりはかわいい。拒否はできない。
今のやり取りで男子の一部が倒れた。ひうりのかわいさにやられたのだろうか。
「なんというか、ひうりは吹っ切れたね」
「いつも通りでいいってりんりんに言われたの」
これをいつも通りというには些か疑問が残るが…でもまあ、ひうりが引きずっていなくてよかった。林さんはひうりのメンタルコントロールが上手なんだなぁ…
僕じゃうまくひうりを落ち着かせることができなかったので、少しばかり嫉妬してしまう。やはり過ごした時間の違いだろうか。
「それにね、一度自覚した想いって案外どうにもならないものよ」
「そっか…」
顔を赤らめてそんなことを言うひうり。
こんなにかわいい反応をするのに彼女ではないなんて、傍から見て信じられないだろうな。僕の想像よりも何倍も彼女みたいな動きをするので、僕も対応に困ってしまう。
そんなひうりと談笑しながら昼休みを過ごした。
昼休みが終わる頃には、廊下の男子は床と同化していた。
……
放課後。
ひうりに誘われているので、僕が教室で待っていると、ひうりではなく林さんがやってきた。
「やっほー、彼氏くん。幸せにやってるー?」
「うーん…」
「あっと、断られてるから幸せって言いきれないか、ごめんね」
僕が言いあぐねていると、林さんが察してくれた。
他の男子は僕のことを羨んでいるけれど、僕自身ひうりに告白を断られているので、幸せかと言われると少し違和感を覚えてしまうのだ。
「ひうちゃんには少し待ってもらってるんだー。ちょっと彼氏くんと話したくて」
「それはいいけど…その呼び方、継続なんだ」
「だってあの雰囲気で私が呼び方変えたら変じゃーん。むしろ彼氏くんの方がしっくりくると思うよ?」
実際、あの状況で突然林さんが呼び方変えたら不自然か。男子の多くは、既に僕とひうりが付き合っていると思っているみたいだし、そういう意味でも呼び方は変えられない。
彼氏になれなかったから困ってるんだけどね…
「それでさ、彼氏くん」
「うん?」
林さんから真面目オーラが出た。
前に林さんと話し合いをしたときと同じ雰囲気を感じる。
「前に話したときさ、彼氏くんはひうの家族事情を知ってる風だったじゃん?」
「そうだね」
「でもさ、ひうが断った理由は彼氏くんに家族事情を知られたくなかったからで…それって矛盾だと思わない?もしかして、彼氏くんはひうの家族事情知らない感じ?」
…これは困った。
あの時の僕は、特に何も考えずに林さんからの質問に正直に答えていたけれど、ここにきて矛盾が生まれてしまうとは。
僕はひうりの家族事情を知っている。それは、夢の中のひうりに教えてもらったからだ。
だが、現実のひうりは僕に家族事情を教えていない。そのため、ひうりからすると僕はまだ何も知らないのだ。
「…いや、僕は知ってるよ。ひうりの母も、父も」
「ならひうが告白を断る理由にならないよね。もしかして、ストーカーでもした?」
「それはないよ。そもそも、ひうりはそういうのに敏感だし」
色んな人に告白され、親から束縛される生活をしているひうりは、他人の視線というのに人一倍敏感だ。ストーキングをしようものなら、すぐにバレてしまう。
「僕はひうりに教えてもらったんだけど…それをひうりは知らないというか、覚えていないというか…」
「え、催眠でも使った…?」
「違う違う!そういうのじゃなくて」
説明にすごい困る。
ひうりに教えてもらったのは事実で、ひうりに教えてもらう以外には基本的に家族事情を知る方法はなくて、でも現実のひうりは僕に教えてなくて…
夢の話をするか?でも、今それをやっても逆効果というか、疑いを深めるというか…
「彼氏くんがひうのことを想ってるのは本当みたいだし、別に私が無理に聞き出す理由はないんだけどさ…」
「気になるよね。僕もそれは理解してるんだけど…ちょっと説明が難しくて」
何一つ嘘をつかなくても、嘘のように聞こえる話なのだ。ここで話しても言い訳にしか聞こえない。
疚しいことは何もないのに、悪いことをしたように見えてしまうのは僕も望むところではない。
「その説明が難しいっていうのはさ、言語化が難しいってこと?それとも、私が信じてくれないってこと?」
「後者かな」
いつもなら、途中で僕のことを信じて話を中断するのだけど、今回は林さんも深堀りするようだ。
「…じゃあ、今から何を言われても信じるからさ。話してくれない?」
「多分言い訳みたいになっちゃうよ」
「大丈夫。信じるからさ。勿論、ひうには言わないよ」
林さんらしからぬ、とても真面目な目で僕を見てくる。
まだ本人にも話していないのに、第三者が夢の話を信じてくれるのだろうか…林さんの信用を失ってしまうことにならないだろうか…
そんな風に悩んでいると…
『キュウウウウン!』
夢宇から激励が飛んできた。
激励っていうか、早くしろっていうことかな。確かに悩んでも仕方ないか。
「分かったよ。嘘じゃないからね」
「うん」
僕は林さんに夢の話をした。過去にひうりに話して、信じてくれなかった話だ。
その話を、林さんは真剣に聞いてくれた。
「とても嘘っぽいけど…」
「まあ、それは、そうだけど…」
「何か私にも分かる証拠みたいなのってないのかな?夢だから難しい?」
証拠か…それがあればひうりにも説明できるから、むしろ僕の方が欲しいところだけど…
「ひうりのメンタルが安定してる、とかじゃだめかな」
「………確かに。なら本当だ」
いいんだこれで。ひうりに説明するときは使えないけど、ひうりとよく一緒にいる林さんには使える証拠だ。
「ひうりには僕から説明するから秘密にしといてくれると嬉しいかな」
「おっけー。任せて」
すんなりとはいかなかったけれど、林さんに夢の話を信じてもらうことに成功した。林さんはひうりとの緩衝材にもなるので、林さんからの信用を失うわけにはいかなかったので安心した。
「なら私との秘密ってことだねっ」
「それは…そうだね」
林さんが意味ありげにそんなことを言う。
それと同時に、教室の入り口から声が響いた。
「一樹くん…りんりんと仲良さそうね…」
「ひうり!?」
「やっほーひうちゃん。話は終わったよー」
教室の入り口にはひうりが立っていた。隣のクラスで待っているはずなのだが、時間がかかったからかこっちに来たのかもしれない。
「一樹くんはりんりんがいいんだ…」
「違う違う、ちょっと待って!」
隣のクラスに戻っていくひうりを追う。
林さんはニヤニヤしていたので、多分わかっててやったんだと思う。性格が悪い。
面白いと思ったら評価や感想をお願いします。未だに体調が戻りません




