第2話 目的のない散歩
目が覚めた。カーテンに覆われた窓の外はまだ薄暗い。
目覚まし時計に視線を動かす。
いつもよりすこし早い時間に起きた。
私はいつもひとりだ。ひとりでいることが好き、というわけではない。ただ気づいたら、ひとりでいることに慣れてしまった。案外、向いているのかもしれない。こんな生活も。
たいていのことは何でも自分ひとりでできる。生まれた時からそうであったのではなく、そうならざるを得なければならなかっただけ。淋しい人生。
数日分の服が溜まった洗濯機に電源を入れる。無音だった部屋は洗濯機に流れ込む水の音がする。昨日はあまり食事を取らなかったからか、寝起きでも、ぼんやりとお腹が空いている。冷凍庫に入れておいた白米を電子レンジに入れて温める。温めた白米に生卵を落とし、醤油をかけた。
お腹が空いていても、食欲はなかった。朝食を食べ終わる頃には洗濯も終わっていた。洗い終わった服を洗濯カゴに入れ、遮光されていたカーテンを開ける。雲ひとつない東雲。まだ肌寒いが天気が良い。今日はよく服が乾きそうな、乾燥した空気。
昨日は一日家で過ごしたから、今日は外に散歩にでも行こうか。
早起きをしたからか時間にも、心にも余裕がある朝だ。
着古した大きな猫の刺繡のトレーナーから小さな犬がワンポイントでデザインされたニットに着替え、身支度をする。歯を磨いて、日焼け止め、最後にリップを塗った。櫛で髪を梳かし、ミストを吹きかける。うん、ていねいな生活。
廊下に出ると、遠くで誰かのドアが閉まる音がした。
私は時間をかけて靴を履き、玄関の重いドアを開けた。よし。
外に出ると、朝の空気は思ったより冷たかった。
首元にニットの襟が触れて、少しだけ安心する。
歩き出すと、足音が規則的に並ぶ。特別な場所へ行くわけではない。どこへ向かうでもなく、ただ前に進むだけだ。
住宅街は静かだった。洗濯物を干す音、遠くを走る車の音。人の生活の気配はあるのに、姿はほとんど見えない。その距離感がちょうどよかった。だから今日はイヤホンもいらなかった。
横断歩道で立ち止まる。信号が変わるまでの数十秒、私は何も考えずに立っていた。急ぐ理由も、待たせている誰かもいないから。
歩道沿いの小さな公園を通り過ぎる。ブランコが風で揺れていた。誰も乗っていないのに、きしむ音だけが続いている。私はそれを横目に見て、足を止めずに歩き、通り過ぎた。
散歩をするとき、私はできるだけ人と目を合わせない。避けているというより、そうする必要がないだけだ。互いに気づかないまま通り過ぎる関係は、思っているより楽だから。
コンビニの前を通ると、自動ドアが誰かのために開いて、すぐに閉じた。私ではなかった。少しだけ歩く速度を落とす。
空は高く、雲は少ない。見上げると、首の後ろが少し寒くなる。季節はちゃんと進んでいて、私はそれに置いていかれていない、と感じた。はやく春が来ますように。寒いのは嫌いだ。そう思ってポケットの奥深くへ両手を押し込んだ。
しばらく歩いて、来た道を振り返る。ここまでの道に、誰かと並んで歩いた記憶はない。それでも、足取りは軽かった。
帰る時間なんて気にせずに、私はまた満足するまでふらりふらりと歩き出した。




