第1話 私だけの世界
朝、目が覚めたとき、誰かの夢を見ていた気がしたけれど、名前はおろか顔もろくに思い出せなかった。
目覚ましはかけていない。なんとなく頭がぼんやりとして、気分が悪い。
起きたいと思ったときに起きる。それだけで、今日はなんとかなると思って過ごす。
目が覚めたとき、時計は九時を少し過ぎていた。
早起きでも寝坊でもない時間だと思った。
一人で住むのにぴったりな1K八畳ほどの小さな部屋。
部屋は静かで、少し寒い。誰もいない部屋の空気は、私が動くまで動かない。
そんなゆるやかで自由な感じがお気に入りの時間だった。
カーテンの隙間から差し込む光が、ベッドからはみ出し床に細長く伸びている。私はその光をまたぐようにしてベッドから降りる。理由はない。ただそうしたかっただけ。
今日は誰にも会わない日になるだろう、と直感的に思った。
それは少し安心できる予感で、少しだけ寂しい予感でもあった。
スマートフォンを手に取る。通知はない。確認して、また机に置く。その動作が今日最初の私の予定。
起き上がって、顔を洗う。鏡の中の私は、ちゃんと一人だった。そこに余分な誰かはいなかった。誰かの顔色をうかがう必要がないことに、少しだけ安心する。
朝ごはん代わりに、コーヒーを淹れた。失敗して苦くなったけれど、今日はそれでよかった。甘くするかどうかは私が決めればいいのだから。ひとり暮らしは自由だから。
窓を少しだけ開ける。外の音が流れ込んできて、すぐに窓に添えた手を止めた。ここは私の部屋で、外ではない。その境目が、はっきりしているのが好きだった。
昼になっても、特別なことは何も起きなかった。テレビはつけない。音楽も流さない。静かすぎるこの部屋が、今日はちょうどいい。
冷蔵庫にあったパンを食べる。お皿は使わず、そのままで。洗い物が増えないことに、小さく満足する。ひとり暮らしは良くも悪くも、自由なんだから。
夕方、空の色が変わっていくのを、部屋の中から眺めた。誰かと共有しなくても、空はちゃんときれいだった。日が暮れて肌寒くなるまで、空を眺めて過ごした。
夜になると、部屋はさらに静かになる。電気を消して、カーテンを閉める。私の世界はこの部屋の大きさだけになるけれど、狭くはない。
ベッドに横になって、今日を思い返す。何もしなかった。でも、何も欠けていない。不満もない。
明日もきっと似たような一日だろう。
そう思えることが、今は少し嬉しかった。




