第21話 空白の時間
森に入ったとき、空はまだ明るかった。
木々の間から落ちる光は白く、夕方に向かう途中の色をしている。私は夕方の空気を感じながら、奥へ奥へと進んで行った。
足元の土は柔らかく、足音を吸い込む。歩いているはずなのに、歩いた距離が分からなくなる。
それは時間も同じだった。どれくらい経ったのか分からない。気づいた時には、周囲は少し暗くなっていた。
「もう夜」
口に出してから、それは違う気もした。夜にしては暗さが足りないし、星も見えない。かと言って、昼でも夕方でもない。
木の影の向こうに色の違う輪郭があった。あれはきっと淡い緑と、くすんだ土の色。
「精霊さん」
そう声をかけると、影が揺れた。
「時間分からなくなってるね」
声は近くからとも、頭の中からとも区別がつかなかった。すこし笑っているような声だった。
「うん。さっきまでお昼だと思っていたの」
「ここではそういうことも多いからね」
説明するでも、断定するでもない何とも曖昧な言い方。
私はその場に腰を下ろした。精霊さんは立っているようにも、木にもたれているようにも見える。
「疲れてない?」
聞かれて初めて自分の体に意識を向ける。不思議なくらいに平気だった。全く疲れていない。
「全然」
「じゃあ、ちゃんと休めてるってことだ」
意味は分からない。何言ってるの。でも安心するからいいか。
しばらく話さずにいると空がまた変わる。暗くなったと思ったのにいつの間にか明るい。時間が飛んだような。
私はスマートフォンを取り出そうとして、ポケットに手を入れた。画面を見なくても分かる。電源が落ちている。
「電池、切れてるや」
「じゃあ時間見れないね」
精霊さんは、それだけ言った。すこし笑っているような声だった。私は腕時計を持っていなかったし、他にもう確認する手段はなかった。
それから何回か、会話とは言えないような会話をして、私は立ち上がる。
「そろそろ帰る」
「うん」
引き止められない。突き放されもしない。ちょうどいい距離感。
森を出ると、急に音が増えた。車の音、人の声。世界が戻ってくる。
家に着いてからの記憶は、ところどころ抜けている。靴を脱いだか、上着をどこに置いたか、色んなことが曖昧だ。体は疲れていない。それなのに心だけが軽く空洞になる。
森にいると時間が飛ぶ。森にいた時のことだって説明はできる。夢じゃない、現実にある場所だ。でも、戻ると何かが足りない。
私はその空白を抱えたまま、次に森へ行く日を考えていた。




