第10話 暗いままの部屋
部屋に戻ると、電気もつけずに、そのまま立ち尽くした。暗いままの部屋は、外よりも静かで、安心する。誰にも見られない場所だと思える。うっすらと目が涙ぐむが、涙は零れ落ちなかった。
鞄を床に置き、コートを脱ぐ。サークルで描いた絵を取り出して机に広げる。さっきまではちゃんと描けていると思っていたのに、こうして一人で見ると、線が弱く、どこか頼りない。
どうして、外では息が浅くなるのだろう。苦しくなるのだろう。
絵を描くのは好きだ。上手かどうかは別として、描いている時間は嫌いじゃない。なのに、人がいるだけで、それが別のものになる。評価される前に、存在を測られている気がする。
ベッドに座り、スマートフォンを手に取る。
通知は、やっぱりない。うれしいような寂しいような。
誰かに今日のことを話したいわけじゃない。ただ、「行ったんだね」と言われるだけでよかった。「頑張ったね」と言われるほどのことじゃなくても、確かに私は、少しだけサークルに参加したんだ。
それだけで、今日は精一杯だった。
カーテンの隙間から、街灯の光が床に細く伸びている。昼間のキャンパスで感じた疎外感が、今になってゆっくり戻ってきた。あの輪の中に入れなかったことより、自分が当然のように外側に立っていたことが、少しだけつらい。
大学を入学して9か月、今まで1回もサークルに参加したことなんてなかった。最近は調子が良かったから、私にも居場所ができるかも、あわよくば友だちができるかもなんて思ってしまっている自分が、自分ですら知らないうちに心の何処かにいたみたいだ。
「やっぱり向いてないのかな」
声に出すと、部屋がそれを吸い込んだ。暗く静かで小さな部屋には、否定も肯定も返ってこない。
向いていない、という言葉は便利だ。努力しなくていい理由になる。でも本当は、向き不向きの前に、居場所がなかっただけなのかもしれない。
シャワーを浴びる。温かい水が背中を流れても、気持ちは軽くならない。鏡に映る自分の顔は、疲れているようで、何もしていないようにも見える。視界に入る少しだけ紫色の濡れた髪が、今は見たくなかった。
布団に入ると、天井がやけに遠い。視界がぼんやりとしている。
慣れないことをして、変な期待をして、疲れてしまったようだ。
今日一日を思い返す。失敗したわけじゃない。誰かに嫌われたわけでもない。ただ、何も起きなかった。
それが一番、心に残る。
目を閉じる。
明日も、たぶん一人だ。
それでも朝は来る。明日が来る。
来てしまう。




