広がる黒い影
その後も快進撃が続いた。
職場の嫌な奴らが次々と消えていった。
動画のコメント欄にも、嫌な人が消えていきました、職場から去っていきました。ありがとうございます、なんて言葉が飛び交っている。
人間不信気味のオレは所詮こんなのほとんどサクラだろう、と懐疑的だったが。
オレの片思いで告白したけど振られてしまい、会議くらいでしか会わなかったけど気まずかったあの人は、急に辞表を出して退職した。
随分と条件のいいところに移れたらしいが。
あまり接点はないけどなんとなく苦手と思っていた上司とか同僚が、次々と突然辞めていった。
まぁ原因は責任者のババァにあるから仕方ない。
みんなアイツのやり方についていけないって。
依怙贔屓が激しい割に、一度でも気に入らないことがあれば簡単に切り捨てる。
自分でも相当恨まれてるだろうとは話していたが、それを武勇伝のように話すのも愚かだ。
最近ブクブクと太りだして、見た目にも醜い。
目障りだ、消えやがれ。
オレの心に嫌悪と憎悪が増えつつあった。
あの曲を聞き続けているが、コイツには何の変化もない。
だから、今まで消えた人達は結局ただの偶然なんだと思っていた。
この動画は音楽自体美しいが、映像もきれいでオレは気に入っていた。
眠る前、湖面を眺めていると不思議と心落ち着く。
「あれ?」
こんなのあったっけかな
画面の端が少し黒っぽい
何かの影のような…
「疲れ目かな」
近頃歳のせいか少々老眼気味で、夜になると目が霞む。
「早めに寝ようか」
電気を消し、就寝。
カサッ
何だろう
何の音だ?
台所のほうで軽い音がした。
ゴキブリでも出たのか?
最近掃除サボってるしな
今度の休みくらいには大掃除しようか…
スゥ…
カサカサ…
ザワザワ…
北風が強く、ベランダの物音が室内の音をかき消していた。
得体のしれない何かが蠢いている気配なんて、仕事疲れで爆睡する者にとっては気付くはずもなく。
その夜、オレは夢をみた。
久しぶりに怖い夢だ。
あの動画の湖から、黒い影のようなものが出てきて、オレを引きずりこもうとする。
やめろ
やめてくれ
来るなっ
恐怖におののくオレとは対照的に、何の感情もない様子で影はジワジワとすり寄ってくる。
やめろぉぉぉぉーーーーーっ
バチッ
目が覚めると、まだ暗い。
時計を見ると午前2時22分
ゾクッ
なんとなく丑三つ時の怖さってあるよね
しかもゾロ目
急な人手不足で疲れてたから、こんな恐ろしい夢見たのかな
「………」
寝ぼけまなこのオレの視界に、スマホの画面の通知が見えた。
数時間前に職場の緊急連絡用グループLINEに入っていたものだ。
「見なきゃよかった…」
そこにはオレ宛の責任者からの指示、注意が長文で入っていた。
内容は特に緊急でもない、お客様からこんなご指摘を受け、私が対応しておきましたよ、的な。
要はそれは見せしめという名目の公開処刑。
このババァは常に誰か攻撃対象を探している。
一気に大勢の人間が辞めたため、どうやら標的をオレに向けてきたようだ。
『今回は私がすぐに対処したから大ごとにならなかったけど、人がいないとか言い訳でしかないから。明朝内部監査もあるから気を引き締めてちょうだい。みんなも同じような不誠実な対応しないようにね。評価が下がると査定にも響くわよ』
はっ?
なんだよそれ
不誠実なのはそっちだろ?
事務所の奥でくだらない長電話して、現場ごった返してる時に何も手伝わないくせに
その話の件だって、特にクレームとかじゃないし
あえて緊急で連絡する案件でもないのに
オレが昨日苦言を呈したのが気に入らなかったのか?
このままじゃここは存続できません、今までと同じやり方では誰もいなくなるから、と改善を要望した時、一瞬見せた氷のような表情。
あの時、オレを敵認証したのか?
クソっ クソっ クソっ
無性に腹がたってきた
しばらくおとなしくしてたと思ったのにあのクソババァ
あなたがいないと現場はまわらないわね
とかほざいてたくせに
手のひら返して今度はオレを排除する気か?
はぁ
ふざけんなよ
お前なんか
お前なんか
消えていなくなればいい
大っ嫌いだ
あんなクソババァ
会社も会社で、あんな無能なヤツに役職なんか与えるからいい気になってるのに
死ねばいいのに
あんなヤツ
「死ねよ、クソババァ」
思わず口に出したオレは、あの曲を流しながら布団に潜り込んだ。




