七
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一度は野盗の手に落ちていた宿場町は、今は作業人夫に大工に、飯炊女などが盛んに出入りして、お殿様が交代されたからとて何があるのか。前のお殿様は仕事が遅く、今のお殿様はせっかちだというくらい、庶民には関係なかった。まず交通の要所としての働きを、この町はしっかりやっていた。夜には野盗たちが起きて来るから、旅人の家財や足を守らなければと荷解き荷造りの腕が超絶と早かった、その速度だけで金をかける価値があった。
しかし主な統治を任された相馬家は、お殿様の覚え愛たく大家であった。三人家族には三人分、三十人家族には三十人分、お殿様は部下たちに配分する。数代前に数を誤魔化して禄を頂こうとした部下がいたが、金と一緒に医者と御奉行を派遣して、いや申し訳を、点が一に見えまして、と緊張し切って財産の返還に上がったそうである。二度目はないぞと暗に告げ、一度目であっても二度目であっても平等にお白州に引き立てて、御奉行様はじっくり説教して刑罰を決めるのであった。
またこの宿場町は、昔は養蚕をやっていて、その家にも生糸を紡ぐ鍋があった。ではそれらを一箇所に集め、蚕は新たしく買い入れて、生糸の生産絹織物をやるのはどうだということになった。近く養蚕を主な収入源とする村から教示役を雇ってくることになった。
「残党狩りは進んでる。指がないからな、あいつらは。」
「君が切り落としたのじゃないか……。」
あの盗賊たちは、刃向かえば殺されることもなかったし、手の指や足の指を一つ二つ落とされる程度で、戦意を喪失したものはとっくに相馬家の牢屋で牢名主に揉手をしている。近隣の関所や奉行所には、もしも通行手形を持たず、手や足の指が欠けたものがあれば、それは野盗の残党であるからと連携はすでに取れていて、二人ほど移送中である。山の尼寺はすっかり汚され、尼僧たちは宿場町の隅の番所屋敷に隔離されている。
まめに手紙を行き来させ、奉公人を忍ばせ直継が手筈を相談したところ、意外なことに好感触であった。世俗の苦しさや恐ろしさから彼女たちは逃れたのだと思っていたが、あの夜に助けてくれた美しいお侍様はきっと観音様に遣わされたのだとか、なんだかんだで良い方向に解釈されていた。本堂を血みどろにしたのは、観音様に遣わされた美しいお侍さんだというのに。そして寺の中でも、完全に世俗から隔離されるものから、還俗したがる貴族のお転婆などグラデーションで、隔離されたい者などは、番所で起きてから眠るまで読経に励み、お転婆さんは野盗たちが暮らした宿場町の広さや豊かさに、感動して、いつか麗しい僧侶と恋に落ちる夢を見る。
山の上の尼寺は、散々荒らされ彼女たちは裏の洞窟に隠れ住み、運が悪ければ男に犯され気が違っていたりした。喉を突いて死んだ女もいた。しかし宿場町に新たしく流入してきた人々を彼女たちは暖かく迎え入れ、尼寺の立て直しや町の立て直しに踏ん張った。ここで犯され死ぬのが定めであるならば、犯され殺されなかったことも定めである。
宿場町のあんみつ屋は、ちょうど尼寺の階段を下り切ったところにある。若い尼僧がこっそり買いにきて、年頃相応にきゃっきゃと甘味を楽しみ、世俗のことなどとんでもございませんとお寺に帰ったそうである。人的被害は少なく、寧ろ暴漢に襲われないように暴漢の言うことを聞いて、それでも女を欲しがるならと、自ら身を差し出した尼僧もいたそうで。
「女の子に、どうして酷いことができるんだろうね、ああいう連中って。」
むかむかとした気分で円のあぶみから抱き上げられた幸太郎は、砂色の着物に紙と筆と矢立を持って、お侍さんのお付きの足が不自由な絵師といった格好で杖をついた。幸太郎の体重が増えないことを直継は随分気を揉むが、絵を描き書をやり読書もする幸太郎は食べた分全て脳に回している様子である。頭脳労働だって飯を食うのだ。
「僕だって女の子は華奢で捕まえたら折れそうだって心配になるのに。」
「ああ言うのは、どこにだっているんだ。頭が悪いんだよ。牢屋にぶち込まれても反省なんかしねえし、流刑先でも変わらん。」
「流刑先。」
「まあ、ちょっとな、うん。」
「海の向こうに流されると聞いたけど。」
「船頭に見つかったから堪忍しろや。」
「お祖父様に言ってやろ。」
幸太郎と直継の祖父は、直継の昔話を肴に白湯を飲み交わす中である。意地悪なさるからお祖父様ははっきり嫌いと幸太郎は言うが、まあなんてったって二人とも直継が大好きであるから話は合う。たまに武継に茶を立てさせて、おじいちゃんも孫の心をあっという間に掻っ攫った幸太郎を楽しく見ている。あの朴念仁をどう落としたと聞かれた幸太郎は、いざってその耳元に、
「一目惚れでございました。」
としっかり白状している。直継の知らぬ話であった。
さて今日の目的は、幸太郎とその妹との再会である。数えで十で母と共に尼寺に入り、尼寺があのような有様になったことも、仏様の思し召しだと言うことも手紙にあった。
なよたけのような瑞々しい少女が、直継の背後に座ったのは、その頃である。お祖父様と何をしたなんて話は随分弾んでしまった。幸太郎は絵の道具を広げて杖を立てかけて、直継はあんみつを三皿注文した。
「尼さん、俺の奢りだ。町のことを教えちゃくんねえか?」
そうして、幸太郎によく似た甘い眼差しの、幼い丸い頬を袖頭巾の中に包んだ少女は、振り返ったところに随分と美しいお侍様がいたもので、きゃとかすかな声をあげ。比丘尼様は最近都会へ手紙をよく送っていて、よく受け取っていた。きっと昔の縁を懐かしんだ書状であったのだろう、ある日彼女に言った。あんみつ屋さんに行っていらっしゃい、もし一緒に食べませんかと言われたら、一緒に食べていらっしゃい。それが今日の任命であった。掃除やお作法の勉強も全て免除され、宿場町は野盗に襲われてからようやく裁判が始まったところで、怯えていた八百屋や魚屋は店を構え直し、あんみつ屋さんだって昨日からようやく毛氈を広げたところだった。
「こっちは俺の絵師。」
「こ、こんにちは……。」
杖を脇に置いていて、きっと足が悪いのだ。真っ白な美濃紙に熊野の筆が上等な硯箱は、馬だ墨が擦られていない。一滴の歌をやると直継が硯を取り上げた。
「あの時の……!」
巡り合わせというのもはある。確かにある。幸太郎は胸が張り裂けそうだった。あの賑やかで黒い廃寺の、壁際に蹲って痛みに悲鳴を上げず、くちびるを切った少女は、無事に生きていた。兄によく似た優しい眦を真っ赤にした彼女は、驚愕から口元を覆ったが、傷も癒えて、先ほどもしなやかに長い街道を歩いてきていたのであった。
「元気そうだ、よかった。」
「ええ、本当に、あの時は……。」
「あの後、お腹痛くなったりしなかった?」
「少し……でももう治りました。」
「本当に良かった。」
精悍な横顔をちらりと見れば、口の中に三十一文字を転がして、違うな、うむ、と偉そうに腕を組んだりしていた。どうしてもどこかで聞いた言葉になってしまうのだ。
「お寺には、いつから?」
「十の頃……母に連れられて……。」
「お母様は、お元気?」
「あのしとは、元気な時とそうでない時が、あって……。」
「ご病気か知らん?」
「心の……。」
「そう……。」
幸信尼は体は然程でないが、心と頭を病んでしまった。普段は寺の片隅で静かに座っているが、調子が悪くなると悪夢を見るし悪夢が現実のように怯えるし、金切り声を上げて髪をむしったりしてしまうそうだった。世話の比丘尼がいつもついていて、一人にしないよう、ならないようにと常に付き添っているという。
「とうおということは、世俗のことは?」
「はい、世俗のことは、本当に覚えていなくって。ああ、ここのあんみつ、大好きなの。」
口の端を上げてにこにこと微笑む妹は、兄そっくりで、記憶にある健常だった頃の母に似ていた。父はもう少し頬骨が高い。
「いただきます。」
「いただきます。直継君、あんみつ頂こう?」
「あ、わり、集中してた。」
「全くもう……。」
金の髪飾りは梅雨の近い頃は、癖のある淡い色の髪が牛の尻尾のようにくるくるとなるから絡まりやすくって、髪飾りの重みがありがたいくらいだ。髪の毛を口に入れてしまわないで済んでいる。
「その、髪飾り、……失礼?」
膝を揃えて座り直せば、くるりと回る。直継はみつ豆に絡む水飴に額を抑え、一気に季節の言葉が湧き出た。幸太郎は最近めっきり礼儀がきちんとして、場所が許すなら洗い場まで行って襷を掛けているくらいだった。
「おかっちゃ……母が、似たお色の簪を持っていて……。」
「うん、おと、父上がおそらくね、作ったんじゃないかと。簪の余った部品でも使ったのだろうけれど。」
二人で似たような言い間違いと訂正をしていれば、直継がこちらに背を向けふふふと笑っていた。くちびるを尖らせた絵師様に、尼僧の少女はくすくすと無邪気に咲いてくれた。きっとあの宿の離れの庭では紫陽花がまん丸になっている頃だろう。紫陽花は地方によって色が違うと書物にあった。きっと真っ赤な紫陽花もあるのだ。あんなに妖艶な薄紫色と並べば、きっと観音様の蓮華座もかくやであろう。
「アイバシュウゲツ様はこちらか?」
と声がかかったのがその時だ。直継はここだと手を挙げ、旅の武家と思われる男が足音も立てずに店内に入った。冷や水を一つその場で飲み干すと、直継が認めた書というにはくしゃくしゃと折れて縮んだものを持たせた。また足音もなく颯爽と、今度は相馬本家の方向に走っていった。
「寒山詩?」
「まあな。」
あれは大事にせなばいかん、と直継の祖父は幸太郎を評した。何せ頭がいい。勉学に飽きることなく励める頭脳は、直継にはそれはそれはぴんと来ないが、多くの若人を見てきた直継の祖父にとって、家のための益になると感じたほどであった。足が効かないから頭を良くしてくれたんじゃないかしらん、とは幸太郎の言である。
「ねえ、絵師様。世俗って良いところ?」
「んう、そうだね、僕にとっては、良いところだったり、悪いところだったり。」
「良し悪しがあってね?」
「生きていくには、飽きないところだよ。僕はそう思う。」
「あのね、絵師様。わたくし、子供を産みたいの。」
「はっ!?」
胸元にぎゅと拳を作った少女は、見たところまだ前髪も上げていないのが多数になる年である。寺は精進料理であるから痩せて更に華奢で、体格も少年とまではいかずとも、女人と呼ぶには発育が細い。
「素敵な殿方に会いたいし、物語みたいな恋がしたい。子供を産み育てたいし、お乳をやってね、涎掛けを変えてあげたい。お家で三人、もっとかしら! 毎日精一杯生きてね、子供達と旦那様と一緒に、歳をとって生きたいの。」
その瞳はきらきらと輝いて、兄によく似た長い睫毛を輝かせ、紅潮する頬を隠さなかった。袖頭巾を外して今にも駆け出してしまいそうな元気な危うさがあって、きっとこれから怖いことや嫌なことがあって、それからそれから、幸せな嬉しいことがあるのだと、疑ってすらおらず。
「ああ、きっと君なら、できるよ……。」
「本当? 比丘尼様に還俗を相談したら、嫌がられるかしら。何か良い言い訳はあるか知らん。」
数えで十歳の頃に連れられて尼寺に入った少女は、世俗に触れて暮らすことを選んだのだ。そのために幸太郎はやってきた。母が信じてくれるというのなら。
「では、僕が御文を書こうかね。兄の屋敷に空きがある。立派に育った僕の妹ならば、きっと上手に生活していけるだろうと。こんな塩梅でどうだい?」
「ほんとうに。ほんとうにっ?」
「本当に。約束だよ。手紙を書くよ。」
果たして尼寺には、直継からの文が届けられている。妹が還俗を願うならそうしてやってくれ、後は兄に引き継ぐと。
「君の姿絵を一枚描いても良いかい? 僕の妹だという証に。」
「妹と、呼んでくださるの……!」
彼女とて、聡明な兄の真実の妹だ。察するものはとっくにあった。アイバシュウゲツ様はよくわからないが、あの時踏み入って刀を振り回した、おっかない鬼とちょっと背格好が似ていて、ちょっと怖かった。笑顔の似合うひとではあったけれど。
姿絵をやる時間、あんみつ屋には良い迷惑ではないかと思ったが、一筆一筆が運ばれるごとに、尼僧の絵は着実と描かれ、ちょっとした芸人みたいに歓迎された。飛んできた小銭を直継が器用に受け、酒屋に酒を出させ、次はあれだ、次は俺の嫁だということになってしまって結構大変だった。妹は楽しそうにきゃっきゃと笑っていたから、光太郎にとっても楽しい時間であった。
ざあと山が唸ったのは、その夕方だった。台風の季節である。恵の雨だ。乾燥していた喉が潤うほどの雨風は、塵を洗い、埃を落ち着けていく。
「直継君、こんなに嬉しいことが、あっていいの……?」
はらはらと嗚咽も上げられずに涙を流す幸太郎を、直継は胡座の上に座らせた。妹と再会してその絵姿までやって、彼女が今後生きていける私財を築いていたことが、誇らしくて幸せだった。直継の祖父が寄越した家は、おそらく幸太郎には使えない。単純に直継がいると家が狭いのだ。お台所とご不浄を整えれば、少女が一人、周囲は武家屋敷であるから治安も悪くない。買い物に行く時には、円に付き合って貰おうか。最近背が伸びないが賢い仔馬がいて、幸太郎の移動の共になれるかどうかを観察中である。
「良いんだよ。俺としちゃ、妬けたがよ。」
「ばか。妹に……。」
「あー、なんでこうしていられないかなァ……。」
幸太郎を腕の中に囲い、直継は宿屋の離れに背中から倒れ込む。彼らの滞在のため、相馬家お抱えの大工や家具屋を総動員して最初に営業復活した宿である。女将は恐れ多いと断ったそうだが、彼らにも事情はあった。色白でうなじの白い宿の女将は、熱燗と梅の塩漬けを箱膳に、十年も前に亡くなった夫に線香をあげて休むのだという。何かあれば遠慮なく起こしてくださいとのことである。
「こうしているだけの、僕がいい?」
「……だけ?」
「んふふ。直継君、今日も君は綺麗だよ。」
見下ろされるようにして、首筋をつるりと撫でられると、びくとよく鍛えた肩が揺れ、腹の上に座った幸太郎は、燭台の灯りの中に仄かに紅い。肋が浮き出ることはようやく減った腹が着物越しに密着し、襟を撫で、直継の腹にひたりと美しい手を置いた。
「びくびくしてて、かわいいんだ……。」
「っ、こうたろ、……堪忍してくれ……。」
「ヤァだ。可愛いんだもの、きっすのひとつ、良いでしょう?」
耳まで真っ赤になった直継に、幸太郎は潜めるようにくすくすと微笑んだ。くちびるを吸い、顎にくちびるを押し当て、血潮滾った血管を撫て、両翼への形の美しい鎖骨に接吻け痕を刻んで、淡い色の髪が揺れて垂れ下がった。指先で撫るだけで直継は声を詰まらせ、甘い息を吐く。熱っぽく瞳を潤めて、幸太郎を見上げてほっそりとした手を捕まえて、戦慄くくちびるを濡らしそうになっていた。
「真っ赤で、素敵……。」
「どうなっても知らんぞ。」
獰猛なほど喉を震わせる男の腹から、ひょいと幸太郎は滑り降り、膝でいざって雫の音がひどい外が紫陽花を叩く様子の襖を開けた。丸くくり抜かれた庭の景色は、小窓の作りが粋である。
「だめ。明日から暫くは、円さんのご迷惑だから。」
酷く悪戯っぽく幸太郎はくちびるを歪め、可憐に笑って見せた。忽ち逆上せた男を揶揄って、色っぽく誘っておいて突き放す、観音様みたいに笑ったと思ったら、悪鬼のように直継を誘って手を取って、手の甲に愛らしく接吻けて、恍惚と眉を下げて見つめておいて。
「便所!」
「はぁい。お布団、窓際にする?」
「好きにしろっ。」
女将さんを起こしかねない足音で、直継は部屋を出て、奥まった場所のご不浄目指して廊下を歩く格好が、幸太郎が開けた障子から見えた。本当に可愛いひとである。愛しい愛しいと心が叫ぶ。ずっと一緒にいたい。叶うことなら子供を育てたりしたい。剣術などやった帰りの艶めかしい肢体を自分のものだと隠してやりたい。神様なら出来るんだろうかとふと考えてみたりして、いつ頃直継が便所から出ると、すっかり幸太郎に見られていたと顔を真っ赤にするところが見たい。
雨の前は、幸太郎は背中の古傷が痒くて、宿の女将に熱湯を絞った手拭いを作ってもらって引っ掻きそうになるのを頑張って耐えた。そういえばと直継が側頭部の傷を見せてくれたのがその頃で、左耳の指二本程度上のところを、未熟な頃の円に強か蹴られて骨まで見えたという。
「嘘だあ、まどかさんはそんなことしない。」
「やるんだなあ、実は。」
実際のところまだ奈緒丸であった時代、円も白いもこもこを卒業して、親が鞍をつけ馬番に引かれていくのを興味津々とついてきて、やっぱり馬に、特に満月みたいな月毛に興味津々とついてきた奈緒丸は、彼女のテリトリーに入ってしまった。母の蹴りが強烈だと知っていた仔馬は、その逞しい脚に無防備に近づいた人間の子供を蹴ったのだ。
ひょっとすればそういった企みであったのかも知れないが、奈緒丸はぱっくりやって視界まで地味ぼろになってしまって、流石に三日寝込んだ。医師が覚悟して傷を縫い薬を塗って熱さましを飲ませて、このままお殿様の前で腹を切る覚悟であった馬番は、
「俺を殺した気分になってんじゃねえよ。」
と起き上がったのである。包帯を巻いた頭で馬の親子に会いに行き、血生臭い格好で近寄る奈緒丸に、月毛は懐いた。流石に怪我をさせたのは本意でなかったと詫びるようにやってきて、奈緒丸からなら飼い葉桶を受け取り野菜も食べた。人間様に怪我をさせるんじゃないよと相当搾られた様子であったが、その人間がけろっとやってきたから、もう一緒に友達みたいに駆けて嬉しそうに二本脚で立ったりしていた。
雨の日は色々な話をした。台風が来るから漁師たちはしばらく休みになって、田んぼの水路をまめに見ておかないと詰まってしまったり我田引水をする狡いやつなどいるだとか。幸太郎の父が彫る欄間は隅に必ず蝉が仕込まれているのだとか。団子を幸太郎に練らせて、直継は餡子や砂糖で汁物を作って、団子を甘く暖かな汁につけ食べた。膝から肩を一直線にするイメージで肘を畳に置いて幾つ数えられるかと、競争した。泥濘に木の枝で落書きしていると、滅多に口を開かない子供が寄ってきて、一緒にいろんなものを描いた。さあさあと静かな営みに隠れるように二人で寝入って、幸太郎の膝に直継が寝入って、何時間でもその美しい黒髪を撫ていた。
そしてあくる晴れた日に、また彼らは馬に乗って、馬に乗せてもらって、出立したのであった。




