最終話
住み慣れた海の町まで、前は急いで相馬の領地まで帰ったが、今回はゆったりのんびりと、道行に奉公人を立たせてはあったが、急ぎの書状が来るでもなく、実継から、綺麗な貝殻をひとつお土産にしてね、ときた程度。円も楽しそうに足を踏み出し、くちなわの巣を通り過ぎ。何度も雨に降られたから、雨宿りができる場所を都度都度探さねばならなかった。湧水で汗を流し、峠の茶屋はすっかり民宿に生まれ変わっており、直継が贔屓するみたらし団子は少しも変わらず美味しかった。
相馬の家も聞いてみれば養蜂はやっていて、ただもう少し南のほうでやっているから、まあ直継のことなのでそのうち訪ねていくだろう。領主様が変わったという話は茶屋の夫婦も聞いており、しかしそれがみたらしを頬張る青年が領主様の息子だとは全く気付いた様子でなかった。
ここら一体は、街道の治安が悪いことが被客には有名であり、一部の文明的進歩を妨げてもあった。じゃあ整備し直すからそこの土地は領地にもらう、と相馬家は大した労力も経ず領地を増やした。領内であれば好きに金を使えるというのが相馬家の強みであり、とにかく道の整備と悪党退治の見回り番所を増やし、給料を増やし、手先に雇われる民にもきちんと書面で給料を書き添えて渡した。誤魔化すようなものがあれば、総収賄としてお白州である。潔癖で神経質だと相馬をいうものはあるそうだが、潔癖で神経質だから、金額にこだわらず大きな金を動かせる。
「あっ……。」
「どした、こうたろ。」
「見えた、松林!」
村の西の丘の上は、松林の防風林が、瘤瘤とよく育った松の根元は、座って語らい合うには良い場所だった。真っ青な空と、真っ白な海。水平線が混じり合って雲になる。海と空が混じり合う水平線は、仙人掌の皮を剥ぐときのように糸を引いており、おそらく気温の差異で蒸発したり水になったりと繰り返しているのだ。
「おっと、ありゃ明日は降るな。」
「えっ。」
円の背の鞍に、直継が座った腹に幸太郎の背中を抱くようにして座るのは、もうとっくに習慣で、幸太郎がいないと直継は座りが悪いほどだった。
「ああ、くすむってやつか。なるほどな、わかった。」
海際の村は、相馬家の使いが控えており、出迎えに勇之亮が立っていた。綺麗に腰を折って頭を下げて、ようこそおいでくださいました、村一同心より深く歓迎いたします、云々云々。馬上の直継は表情を意図的に消し、勇之亮は先代領主の不手際を詫びた。そして現在の政治になってからは水稲がよく育って、食料自給率がどうのこうの。
「直継の家、掃除はしといたけど。」
「助かる!!」
「で、再会の宴は明日にしようか、白緒も謙真も与謝野先生も、お待ちかねでね。」
あ、と幸太郎は直継を振り返って、うにうにと柔らかいくちびるを動かして。
「与謝野先生へのお土産、忘れてた……。」
勇之亮に手渡された都会のお土産は、深い紫色の蜻蛉玉である。夕方に一瞬だけ見られる儚い紫色。甘いお酒の水面に浮かぶ酒の色。友人にお土産をひとつ、これは綺麗だ、と蜻蛉玉越しに世界を見れば、良いことも悪いことも、幸せも不幸せも、楽しいことも嬉しいことも、惨めなことも悔しいことも。
可愛いひとがいてくれる日は、誰よりも幸太郎は幸せに思うようになった。壊れた祠の屋根の隙間から眺めた崖よりも、もっともっと高いところに飛ぶ瑠璃色の小鳥は、どこから来たのかどこへいくのか。きっと食べ物が美味しいところがいい。
了
一度筆を置く。




