#05. 信じてくれて、ありがとう
「あれは……石蝙蝠の群れか!」
石蝙蝠は洞窟に生息する魔物だ。
翼を広げた時の横幅は2メートルほど。
確か、石仮面のように獲物の顔に覆い被さって血や魔力を吸い上げながら窒息死させるってエグい生態をしていたな。
そんな魔物が、十……いや二十匹は居る。
普段の俺なら一目散に逃げているところだ。
でも今回はシャーテが居るし黒剣もある。
それに、シャーテから魔力供給を受けたからだろうか、体の調子はすこぶる良い。
「じゃあ、その剣を使って」
「え、魔法でやらないのか?」
魔力供給されたし、てっきり魔法で戦うものだとばかり思っていたが。
「ヴァールホルンを杖として使う。元々私のツノだから、魔力操作はしやすいはず。体内の魔力を少しだけ剣に送って、剣の魔力と反応させて。あなたが火種、剣は鍛造炉のイメージだよ」
「俺は火種……なるほど、コイツに熱を送ってやればあとは勝手に燃え上がるわけだ!」
剣に魔力を少し注ぐと、黒剣の魔力が俺の魔力に反応して高まっていく。
「ここからどうすればいい!?」
「ん、石蝙蝠は雷に弱い」
「なるほど、ってことは雷魔法だな!」
ならば、迸る稲妻を強くイメージして──。
ソードビームを放った時の感覚を思い出して、最小限の力で振り抜いた。
「おお──ッ!?」
瞬間、黒刃から雷が閃いた。
あれ……思ったより、手応えが軽い?
軽く振りすぎたかと思ったが、しかし雷の斬撃は石蝙蝠の群れを一網打尽にし、感電した死体が次々と落ちていく。
──しかも、それだけに留まらない。
「……なぁ、シャーテ」
先頭の石蝙蝠を斬り裂いてから勢いが消える気配はなく、斬撃は遂に、奥の岩壁にまで到達する。
雷の火花が弾け飛び、一瞬だけ照らされた洞窟の奥に、俺は赤い肉のようなものを見た。
「さすがアインハード。一発で成功するなんて、器用だね」
「言ってる場合じゃないって」
暗闇の奥から、嫌な音がした。
──プぇる、コポ……と。
洞窟に詰め込まれた赤い肉が、触手を伸ばして這いずりながら迫り来る。
肉には無数の牙がビッシリ生えており、わさわさと蠢いていた。
「──まずい、岩喰蟲が住み着いてる!」
「私が居た時は見なかった」
「シャーテが出ていったから住処にしたんだろうな」
岩喰蟲は全身が口になっている。
全身から強力な胃酸を分泌させ、溶けた岩を牙でこそぎながら食べるのだ。
「奴が住み着いてるってことは、腐食性の高い胃酸でこの洞窟はかなり脆くなってる。じきに崩れるぞ!」
そう言った途端、洞窟の天井に亀裂が走る。
やはり、さっきの攻撃で限界を迎えてしまったらしい。
岩喰蟲もそれを察知したのだろう。
出口へ向かうため、俺達の方へ這いずっている。
「逃げるぞ!」
「ひゃっ……!」
俺は黒剣を鞘に納めると、シャーテを持ち上げて肩に担ぐ。
「こ、こんな……荷物みたいに……」
どうやらシャーテは運び方に不満があるらしい。
「悪い! お姫様抱っことか望んでるんだろうけど、お前に怪我させたくないんだ!」
「ハッ……ごめんなさい、わがままだった。これも、あなたの優しさなんだね」
「いやっ、まあ! それより岩喰蟲はどうだ!?」
「速度を上げてる。このままじゃ衝突するよ」
芋虫ボディーのくせに俺より速いときたか。
少しでも触れれば、岩喰蟲が纏う胃酸で俺の体は溶けて無くなるだろう。
しかも洞窟が崩れようとするなか、岩喰蟲のような巨体が動けば洞窟全体が強く揺れる。
このままだと出口が塞がる可能性があるな。
「シャーテ! 出口が塞がる前に足止めしたい! 魔法で何とかしてくれ!」
「そ、それは……ごめんなさい……多分できない」
返ってきたのは意外な返答だった。
「な、なんでもいいから! 大丈夫、シャーテ魔法得意だし! できるって!」
「わ、わかった……」
直後、背後でシャーテが魔法を使ったのを感じたが……。
「ギシャアアアアーーーーッ!」
岩喰蟲が止まる気配はない。
依然として、背後から無数の牙を持った肉塊が迫っている。
「やっぱり……ダメだった……」
「なっ……効いてないのか!? なら他の魔法でなんとか!」
「できない……あの魔物には、目が無いから……」
「目? なんで目なんか……!」
全身に牙がビッシリ生えた肉塊には、確かに眼球はない。
洞窟という暗い空間に住み着くから退化したのだろう。
でもそれと攻撃できないことに何の繋がりがあるんだ。
適当な攻撃魔法を撃ってくれるだけでいいんだが……。
「私は、幻影魔法しか使えないから……」
……え?
「げ、幻影魔法!? なんだそれ、聞いたことないぞ」
「……変身魔法も照明魔法も、本当は使えない。私の魔法は幻影を作り出して、それを見た相手が錯覚、誤認することで嘘を真実にするの」
聞いた限りではとんでもない魔法に思えるが……。
「岩喰蟲には目が無いから幻影を見せられない、ってことね……じゃあもしかしてこの剣も?」
「うん。私のツノが素材だし……ヴァールホルンで使えるのは幻影魔法だけ。あの時も雷の幻を見た石蝙蝠がそれを本物と錯覚したから、雷は実体を持った」
シャーテの声色に、少し不安が混じっている気がした。
──魔法の扱いが上手い。
その言葉に嘘はなかった。
事実シャーテは、この魔法一つで生き抜いてきたのだから。
シャーテが自分の生きる術を俺に教えようとしてくれたのは、俺が「鑑定魔法しか使えない」と言ったからだ。
きっと、自分自身と重ねていたのだろう。
「──ふはっ。ズルいな、それ。控えめに言っても最強すぎるだろ」
「え……?」
頭の後ろから、シャーテの細い声が聞こえる。
「相手を騙せればどんな魔法にもなるってことだろ? やっぱりシャーテは魔法が得意なんだ」
「お、怒らないの……? 私はあなたのことも騙したのに……」
「別に、怒る理由はねぇ──よっ!」
伸びてきた触手を間一髪で避け、俺は走る速度を少し速める。
「相手の錯覚が必要なら、俺が居る! 俺がシャーテの幻影を見ればいいんだ!」
「で、でも……仕組みがバレちゃったから、アインハードにはもう通用しないと思う……」
「確かにそうかもしれないが、そこに関しては大丈夫じゃないか? だってそれがわかってもシャーテは人間の姿を保ってるしな」
そう説得すると、シャーテの尻尾が俺の腰に巻き付いてきた。
「そ、それって……私のことは信じてくれる、ってこと……?」
その時、シャーテの尻尾から温もりを感じた。
体温が高くなっている、のか?
「あぁ、信じてる」
「そっ、か……そうなんだ」
そう言ったシャーテの声は少し上ずっていた。
俺の目の前に手を広げ、メラメラと燃え盛る炎を作り出す。
「あなたには、どう見える?」
炎の揺らめき、明るさ、どこからどう見ても本物の炎。
幻影と知っても、俺にはこれが偽物とは思えなかった。
そう思った途端、炎は確かな熱を帯びた。
「恋焦がれる幻影──!」
背後に熱を感じたかと思えば、爆風が背中を強く押す。
爆炎に焼かれた岩喰蟲は悲鳴を上げるが、崩れた岩に押し潰されていく。
俺達が爆風で洞窟から飛び出た頃には洞窟が完全に崩落し、岩喰蟲の断末魔は轟音に描き消えた。
「…………ぶ、無事か、シャーテ」
仰向けに倒れながら、俺は青空を見上げる。
「う、うん……ごめんなさい、少し、加減を間違えた」
「なに、二人とも無事なんだ。謝ることないさ」
声のした方に顔を向けると、シャーテと目が合った。
思ったより顔が近い。さすがに恥ず──。
「──んお? ど、どうしたシャーテ」
恥ずかしさから思わず顔を逸らそうとしたら、シャーテが頬に手を添えてくる。
仕方なく体勢を戻すと、シャーテの頬がほんのり紅くなっていた。
「アインハード……私を信じてくれて、ありがとう」
囁くようにそう告げると、シャーテは顔を寄せ。
──俺は再び、唇を奪われた。




