#06. あなたが信じた私を信じる
あれから他の洞窟に潜って鉱石採掘を終えた俺達は、すっかり暗くなった空を見上げて今夜は野営することに決めた。
適当な開けた場所に寝袋を敷き、焚き火の用意をする。
練習がてら幻影魔法で火を起こしてみたが、俺の幻影はシャーテより粗雑。
三枚だけ描いた火の絵を繰り返し見せて誤魔化しているような不自然さがあり、本物とは程遠い。
雷のような一瞬だけ形を作ればいいものなら、上手く騙せるんだが……まぁ、練習あるのみだ。
火はシャーテに起こしてもらい、俺は持ってきた鍋に水とジャガイモ、大豆、トマトを投入する。
あとはグツグツ煮込んでいけば……。
「──よし、完成。アインハード特製トマトスープだ! 熱いから気を付けろよ」
「アインハードの手料理……じゅるっ……」
木製の器にトマトスープを取り分ける。
シャーテは目を輝かせて、スプーンをグーで握ると慣れない様子でスープを掬い上げた。
「はむっ……はふっ、あちゅい」
「だから言ったろ。ゆっくり食べろよ〜」
「ゴクン……美味しい。トマトの酸味が食欲を引き立てて、お芋とお豆のおかげでお腹にしっかり満足感がある。どんどん口へ運びたくなる味……アインハードは料理も得意なんだね」
「まぁ手先は器用な方だと思うが……そういやシャーテは普段何を食べてるんだ?」
ドラゴンの食性は気になるところだ。
初めて会った時、木の実は普通に食べていたが……。
「私はなんでも食べるよ。お肉も、お魚も、木の実も。その時居た場所で、近くにあったものを食べる」
「へぇ〜、その中だと好きなものはなんだ?」
「アインハードが好き」
「おかしいなその中って指定したはずなんだが」
「だから今夜はアインハードを食べようと……」
「冗談はよして……待ってそれどっちの意味?」
意味深な方の食べるじゃないよな。
口元を木器で隠してるけど、まさか今夜襲うつもりだったとかじゃないよな。
ジーっとこっちを見てるけど、まるで獲物を見る狩人のような視線だけど、違うよな。俺の勘違いだよな?
「……しょ」
「初夜は段階を踏んでくれ」
「シュン……」
落ち込んでしまった。さすがに強く拒否し過ぎたか?
しかしこちらも心の準備というものが必要なのだ。
「……シャーテが嫌いなわけじゃないんだ。ただ、ほら……まだ出会ったばかりだし、もっとシャーテのことを知ってから関係を進めたいと思ってる」
「私の……ことを?」
「そう。互いに想うならば互いを知れ──って、親父の受け売りだけど。ちゃんと向き合いたいんだ」
火を眺めながら、死んだ親父のことを思い出す。
堅物だし短気で頑固だけど、愛妻家だった。
きっと親父は真面目だったんだな。
俺も、それに習うとしよう。
「……じゃあ、少しだけ」
「おう」
そしてシャーテは、静かに語り出した。
「私は、誰からも信用されていなかった」
その時。
炎を見つめる瞳が、俺には少し寂しそうに見えた。
きっと俺が思っているより、その言葉は重いものなのだろう。
「同じドラゴンでさえ、私を偽物だと蔑んだ」
「同族にまで……そいつは、つらかっただろうな……」
「私自身……自分が本当にドラゴンなのか、わからなくなる時がある。ドラゴンのフリをしている何かなんじゃないかって……」
まるで自分の身を守るかのように翼に包まり、シャーテは続ける。
「生きるためには嘘がいる。死にたくなければ、偽らなければならない。いつしか、嘘と本当の区別が曖昧になっていった……私は今、どっちを言ってるんだろう、って」
そう語りながらも、シャーテの声色には不安が混じっているように思える。
これまで、嘘がシャーテを生かしてきた。
だからなのだろう。他のドラゴンからも信用されず、ひとり、孤独に生きていた。
生きるために必要だったことが、重い枷になっているのだ。
「そんな時、ある人間が私を討伐しに来た」
「……竜狩りか」
「うん。あの人は私のことを『故郷を襲った黒い竜』って言っていたけど、私は人里には近付いたことなかったの。でも何を言っても信じてもらえなくて、攻撃されて、逃げて、必死で逃げて……そして……あなたと出会った」
シャーテの瞳が俺を映す。
「助けられたのは、初めてで。嬉しくて……どうしてもお礼がしたくて……あなたを捜した。結構すぐに見つけられたけど」
「え、そうなの?」
「うん、二週間くらい遠くから見てた」
「つまり体力回復して一週間足らずで俺を見つけたのかよ……なら、なんですぐ会いに来なかったんだ?」
「いろいろ、調べたの。お礼には何を渡せばいいのかとか、どんな格好をしていけばいいのか、とか」
そういえば、シャーテの服装はまるで令嬢が着るようなドレスだ。
デザインに上品さがありながら、スカートはやや短く、フリルが付いていて可愛さも兼ね備えている。
恐らく、どこかでドラゴンのシャーテですら目を奪われるほど綺麗なご令嬢を見て、真似たのだろう。
「そこまでしても、この気持ちが本当なのか……わからなかった。もしかしたら、私の想いも嘘なんじゃないかって、不安だった」
「シャーテ……」
「……でも、今日。あなたは私を信じるって言ってくれた。嘘ばかりの私を本当に信じてくれて、幻影の炎は本物になった」
揺らめく焚き火の炎で、紫紺の瞳がきらめいていた。
優しく微笑みながら、見つめてくる。
「だから、あなたが信じた私を、私も信じることにした。この気持ちを嘘だなんて、私にだって言わせない。私は、あなたを愛してる。この気持ちは本物だから……」
木器を置いたシャーテは、頬を擦り寄せてくる。
唇が口に触れたかと思えば、啄むように唇を重ねてきた。
ちょっぴり、トマトの酸味を感じるキスだった。
「その気持ちを、俺は受け止めていくつもりだ。ありがとうシャーテ、話してくれて」
「うん……私もなんだか、すっきりした」
「そうだ。剣のメンテナンスもしとかないとな」
「そっか、今日は大活躍だったもんね」
石蝙蝠を一掃できた礼に、黒剣を軽く整備してやる。
まずは鑑定魔法で状態を調べて──。
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《ヴァールホルン》
種別:片手直剣
剣工:アインハード・シュミット
材質:幻影竜の剛角、闇鉄鉱
攻撃力:47,150
魔力:63,400
能力:幻影魔法
備考:愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してるっ♡♡
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また性能が上がっている……上限は無いのか?
「……シャーテさん。さっきも言ったけど、今夜はダメだからな」
「わ、わかってる……理性は、あるっ!」
本当に大丈夫だろうか。
まぁ本人がそう言うのなら信じて寝袋に入るが……。
──翌朝。
シャーテは自分の寝袋を抜け出し、俺の寝袋に入り込んでいた。
……たぶん、大丈夫。何事もなかった。




