#02. 名前も知られてて逃げ場がないんだが
鍛冶師、アインハード・シュミット。
確かにそれが俺の名前……なんだが。
なんで名前知ってんの!?
俺まだ名乗ってないよねぇ!?
と、内心バックバクで焦り散らかしてる俺を置いてきぼりにして、シャーテは擦り寄ってくる。
人形のように可愛らしい顔が間近に迫り、動悸は高揚感に変えられ、俺の胸は苦しいほどに高鳴っていた。
「名前のことが気になるの? ふふっ……あなたの魔力を辿っていたら、自然と……ね」
「さ、さようで……っ」
首を撫でるような熱い吐息がこそばゆい。
小柄だし胸も小さいが、確かな柔らかい感触が伝わってくる。
工房に篭もりっきりで女性と触れ合う機会なんてなかった俺には少々、刺激が強すぎる。
「アインハード……あなたのためなら私はなんでもやる。この体も、魂でさえも、私が持つ全てはあなたのものだから」
不意に、シャーテの尻尾が俺の腰を抱く。
絶対に逃がさない。
そんな言葉が聞こえてきそうだった。
「うれしい?」
シャーテの紫紺の瞳が、俺の心を覗くようにジーっと見てくる。
「……まぁ、そうだな。嬉しいよ。ツガイは急すぎてまだわからないんだが」
助けられた礼をするため、彼女は自らツノを折った。
その気持ちは大切にしたい。
正直に伝えてツノを受け取ると、シャーテは頬を紅潮させてはにかんだ笑顔を見せた。
「折れた時、つらかっただろ。普通はやろうと思ってもできることじゃない。だから俺は、その覚悟に敬意さえ覚える」
それに、このツノは間違いなく至高の品質だ。
これほど高品質の素材、それも幻影竜のツノともなれば普通は手に入らない。
「あぁっ、参ったな……」
もし、もしもこのツノを素材に、剣を作ったら……?
体が疼いて仕方ない。
鍛冶師の性が、これを剣にしたいと叫んでいる。
「──シャーテ。お前の誇りと想い、礼は確かに受け取った。だけど、俺にできることと言ったら、コイツを良い剣にしてやることくらいだ」
「うん」
「だから……三日くれ。三日間、集中させてくれ。お前のツノは、俺が全身全霊を懸けて最高の剣にする」
必ず応えてみせる。
全てを懸けて、このツノを今までで一番の剣にするのだ。
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そして、俺は四日後の朝日が昇ると同時に剣を完成させた。
「フフッ……っしゃあ! 出来たぞぉぉぉぉッ!!」
雄叫びを上げ、黒刃の片手直剣を掲げる。
あれから三日三晩、寝る間も惜しんで作り続けた結果、満足のいく仕上がりになった。
「まさか成形で砥石を使い切るなんてな……どんだけ堅いんだよ。相当頑張って折ったんだなぁ……」
刃付けに親父の遺品である砥石まで使う羽目になったが、この見惚れるほどに素晴らしい黒刃を見ると、やはり判断は正しかったな。
「アインハード。剣、出来たんだね……!」
ちょうど様子を見に来たシャーテが工房に入ってくる。
「シャーテ! 見てみろ、これお前のツノだったんぞ!?」
三徹目のくせに元気が有り余っていた俺は、嬉々として最高傑作をシャーテに見せようとした。
──その瞬間。
耳をつんざくような破壊音が響き渡った。
音のした方を見てみれば、工房の壁が無惨にぶっ壊れているではないか。
「お、俺の工房が! 何が起きてんだ!?」
急いで外へ飛び出すと、工房の前には冒険者が立っていた。
「──今のは警告だ。出てこい幻影竜! そこ居るのはわかっているぞ!」
そう声を張り上げたのは、真っ白なフル・プレートアーマーを装備した男だった。
「アイツは、竜狩りか……!」
確か、名はアンゼル。
竜狩りの異名を持つ金等級の冒険者だ。
そのアンゼルの背後に居るのは褐色肌の戦士。
こちらも完全装備。やる気満々だ。
その時。
「……ひっ」
アンゼルの姿を見たシャーテが短い悲鳴を零した。
竜狩りが来た時点で察していたが、やはりシャーテを襲った連中のようだ。
「フン……少女の姿をしていようが手加減はしない。今度は確実に討伐する」
こ、コイツ!
工房ぶっ壊しておいて俺のことは眼中無しかよ!
「おい鍛冶師、死にたくなければとっとと去れ」
「……断る。この子は俺の客だし、俺を好きだと伝えに来た。そんな女を見殺しにするような男にはなりたくないんだ!」
黒剣を手に飛び出す。
が、アンゼルを守るように戦士が立ち塞がり、両刃斧を振り下ろした。
俺は振り下ろされた斧を見て避けるが、戦士は斧を手放す。
次の瞬間には腕を掴まれ、俺は投げ飛ばされていた。
──強い。
冒険者と鍛冶師、流石に戦闘経験の差がありすぎる。
その隙にアンゼルは詠唱し、魔法で瞬く間に俺の体を捕らえる。
しかも拘束魔法と重力魔法の合わせ技。
まずい、動けないぞ。
「……軽いな。こんなオモチャで戦おうとしたのか?」
「ぐっ、クソ……返せ……ッ!」
アンゼルに奪われた剣を取り返そうとするが、やはり身動きができず、俺は地面に突っ伏した。
「フン、まぁそこで見ているがいい。お前の剣で幻影竜を討伐してやろう。箔が付くぞ」
「──やめろッ! ンなもんっ、いらねぇ……ッ!」
しかし、アンゼルは躊躇なく黒剣を振り下ろした。
「シャーテ!!」
剣が振り下ろされた直後、シャーテは、俺の顔を見て静かに微笑む。
──まるで、この結末を知っていたかのように。
「……あ? なんだこの剣は……刃が入らない?」
アンゼルは立ち尽くす。
刃はシャーテの首に触れているが、斬られていない。
それどころか、傷一つ付いていなかったのだ。
「そんなはずは……そうだ、鑑定魔法!」
鍛冶師の端くれである俺でも、鑑定魔法くらいは使える。
そこで奪われた黒刃の剣を鑑定してみたのだが──。
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《ヴァールホルン》
種別:片手直剣
剣工:アインハード・シュミット
主な材質:幻影竜の剛角、闇鉄鉱
攻撃力:0
魔力:0
備考:汚い手で触るな
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「こ、攻撃力ゼロ!? そんな馬鹿な……!」




