#01. 助けたドラゴンが自分でツノ折って求婚してきた
鉱山の洞窟奥で、俺は黒いドラゴンと出会った。
全長は尻尾を合わせて十五メートルはありそうだ。
立ち上がれば、立派なツノも含めて全高は五メートルほどだろうか。
「お前、まさか……幻影竜か? 珍しいな……」
漆黒の甲殻に紫紺の眼。四本脚と巨大な翼を持つ姿は、間違いなく幻影竜だ。
正直、こんな狭い空間でドラゴンに出会ってビビっているが……幻影竜は俺の姿を見ても唸ることさえせず、ただぐったりと横たわっていた。
「……なんだ、怪我してるのか?」
松明で照らしてみれば、全身が傷だらけ。
まだ新しいようで、血が滴り落ちていた。
冒険者に狩られそうになったところを逃げてきたのだろう。幻影竜は冒険者ギルドで多額の報酬金が用意されている。
「苦しいのか? おい睨むなよ、俺にドラゴンを狩る力はないって」
紫紺の眼で睨みつけてくるが、声を掛け、落ち着かせながら必死に息をしている幻影竜に近寄る。
「ちょっと染みるぞ。あとで木の実持ってきてやるから、それ食って体力戻ったらここを離れてくれよ。採掘できないからな」
そうして俺は手持ちのポーションや薬草で幻影竜の傷を手当てした後、適当な木の実を与えてやる。
これだけやれば、生命力の強いドラゴンならすぐに飛べるようになるだろう。
こちらをジッと見ている幻影竜に、伝わっているかはわからないが「じゃあな」と別れの言葉を告げ、俺は鉱山を後にした。
■■■
──鉱山で瀕死の幻影竜を助けてからひと月経ったが、俺の日常は変わらない。
俺は街外れの森に工房を構えているしがない鍛冶師だ。
冒険者向けに武器を作っては街で商売しているが、売れ行きはよくない。
だから、きっと良い剣を作れば売れると信じて。
今日も俺は、いつものように鍛造炉の前で全身が焼けそうになりながら鉄を打つ。
──はず、だった。
「────コルルッ」
その日、工房の庭にドラゴンが降り立った。
長い尻尾は地面を叩き、黒い翼は風を孕んで周辺の木々をざわめかせる。
「ど、どうしてこんなところにドラゴンが……」
そのドラゴンは唖然とする俺を睥睨し、夜空を作るかの如く大きく広げた翼が影となって、紫紺の眼が淡く光っていた。
……あれ?
あの眼……この威圧感、その圧倒される美しさ。
その姿には見覚えがある。
「幻影竜……! ま、まさかお前、鉱山に居た奴か!?」
思わず声を掛けると、幻影竜はゆっくりと首を垂らした。
頷いた……のか。
「良かった、傷もすっかり癒えてるな……」
傷もなくなり、こうして陽の下で見ると惚れ惚れするほど美しい。
特にその漆黒のツノが……と、そう思った瞬間。
幻影竜は、おもむろに自身の尻尾で左のツノを掴む。
「……え? おま、何して!!」
ツノはミシミシと音を上げ、しかし幻影竜は構わず尻尾に力を込めて──。
────バギィッ!!
そのまま、勢いよく折ってしまった。
「う、嘘だろ……折りやがった……」
鈍い音を上げて折れたツノは、尻尾を離れて地面に突き刺さり、黒曜石のような光沢のある断面がきらめく。
「お、おい、ドラゴンのツノは魔法の制御器官だろ!? それを自分で折るなんて、何考えてんだ……!」
ドラゴンにとってツノは命の次に大切なものであり、己を象徴する誇りのようなものだ。
それを折ってしまうなんて、正気とは思えない。
しかし、片角を失って甲高く鳴いていた幻影竜は、頭を左右に振って意識を保つと、空に向かって力強く咆哮した。
「────────!」
その声は風に流され、解けていく。
刹那、幻影竜の足元に紫色に光を放つ魔法陣が現れた。
「なっ、まだ魔法を使えるのか!?」
魔法陣の光に包まれた幻影竜は、次の瞬間に姿を消し。
代わりに俺の目の前に立っていたのは──。
「──よかった、上手くいって……フフッ」
どこかの令嬢と見紛うほどに可憐な美少女だった。
ツノを失い痛みもあるはずなのに、まるで静かなそよ風を思わせる声をしていた。
「私、シャーテと言います。あの時は、助けてくれてありがとう」
少女はお礼を言うと、ぺこりとお辞儀した。
腰まで垂れた冬の夜を思わせる艶やかな黒髪は、背中の翼に髪束が幾本か引っかかっている。
尻尾は左右にゆらゆら振っていて、感情が溢れ出しているのが見て取れる。
そして頭には、可愛らしい少女には些か似つかわしくない竜のツノが片方にだけあった。
「お、驚いた……ツノを片方失っても変身魔法を使えるのか」
「どうしても、お礼がしたくて……」
幻影竜──シャーテは地面に突き刺さっていた自分のツノを引っこ抜くと、俺に手渡してくる。
「……このツノを、俺に?」
「…………」
シャーテは無言だが、コクコクと頷いた。
というか、奈落のような紫紺の瞳がジッとこちらを見つめ、「受け取ってください」と強く訴えている。
「お礼って、なんでそこまでして……何もツノじゃなくたっていいだろ?」
「……ううん、これじゃないとダメなの。私はあの時、体も動かなくて……もう死ぬんだと思ってた。あなたを見て……あぁ、私は彼に殺されるんだって、死を覚悟した」
シャーテは両の手を握りこみ、まるで敬愛するかのように瞳を潤ませて、俺を見上げる。
「でもあなたは、私を助けてくれた。討伐すれば、きっと大金持ちになったのに……あなたは迷うこともなく私の傷を手当てしてくれた……」
確かに金は欲しいが。
死闘を繰り広げたならまだしも、弱ってるところを狙うのはフェアじゃないし、だからと言ってあのままにしておくのも後味が悪いと思ったからだ。
「手当てしてくれた時の手がとてもあたたかかった……ゴツゴツしてて、力強くて……」
「お、おう……?」
なんだか妙に、シャーテの声に艶があるような……?
「あなたの声がとても優しかった……あなたの顔が忘れられなかった……だから、あなたの魔力を辿ってここまで来た。私の想いの強さを伝えるために……私の一部をあなたに渡すために……」
あれ。なぜだろう、瞳がどんどん黒くなって見える。
心做しか、圧を感じる。今はもう小柄な少女なのに。
「アインハード・シュミット……だいすき。愛しています。私のツガイになって……♡」
漆黒の瞳から、純粋なる愛の眼差しが向けられていた。




