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七星の戦記 Eランクの女子高生指揮官、最強の落ちこぼれたちを率いての異世界防衛戦 〜私の「戦術眼」には勝利へのルートが見えています〜  作者: 真野真名
第4章:敗北した勝利者たち

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第42話 木の鍬と鉄の剣




 翌朝。


 昨夜の狂騒が嘘のように、泥の盆地には極めて事務的な「日常の回帰」が訪れていた。


 日の出とともに、兎人族たちは泥だらけのくわやスコップを手に、倒壊した家の修復や、濁流に流された畑の泥かき作業を開始していた。


 数日前の「怯えて隠れるしかできない」姿はそこにはない。彼らは生き残るために、自らの生活基盤ルーツを修復するという、生物としての逞しさを取り戻していた。


 千代は、少しでも体を動かして昨夜の徒労感を誤魔化そうと、倒れた柵を直そうとしている若者たちの元へ歩み寄った。


「手伝うわ。そこの丸太、端を持って」


「ひっ! い、いえ! 千代様、とんでもない!」


 若者の一人が、千代が近づいただけでびくっと肩を跳ねさせ、大げさに手を振って後ずさった。


「これは我々の仕事です! 千代様や傭兵の旦那方は、どうか小屋でゆっくりとお休みください! 怪我の治療が終わるまで、何日でも滞在していただいて構いませんから!」


 それは、丁寧な言葉で包装された「お願いだからこれ以上、我々のコミュニティに干渉しないでくれ」という明確な拒絶だった。


 千代の伸ばしかけた手が、空中で行き場を失って止まった。


 無意識のうちに、千代の脳内で『戦術眼タクティカル・ビュー』が起動した。

 視界にデジタルなグリッド線が展開される。


 数日前まで、千代の目に映る村人たちの平時のステータスは、すべて『Yellow(要保護・弱者)』というタグで管理されていた。

 しかし今、網膜に表示された彼らのステータスは、穏やかな『White(一般市民)』、あるいは自ら泥を掻き出す者は『Green(自立)』へと書き換わっていた。


 村の復興計画を示す青い導線ルートが視界に浮かび上がる。

 だが、その美しい未来図のどこを探しても。

 『指揮官コマンダー』である千代が立つべきポジション(マス目)は、完全に消滅していた。


 ――ああ。私のゲームは、本当に終わったんだ。

 

 千代はUIをシャットダウンし、誰にも気づかれないように、そっとその場を離れた。



 ***



 同じ頃、村のはずれの畑。


 獣人の少年カミイは、泥にまみれて折れた麦の穂を拾い集めている兎人族の少女、マイナの前に立っていた。

 彼の背中には、レオハルトから受け継いだ無骨な長剣が、不釣り合いなほど大きく斜めに背負われている。


「……マイナちゃん。怪我は、本当にもう大丈夫?」


「はい。カミイ様……カミイが、あの火事の中から、真っ先に助け出してくれたから」


 マイナは、泥だらけの顔を綻ばせて、純粋な笑顔を向けた。

 カミイの胸が、ぎゅっと締め付けられた。


 彼は、この村に来て初めて、誰かを守りたいという明確な理由を見つけた。それが、目の前で微笑む少女だった。


 英雄になって、彼女の傍で、この村を守って生きていくのも悪くない。昨日の夜まで、カミイの脳の片隅には、そんな甘い少年期特有の幻想があった。


「あのね、カミイ」


 マイナは、泥に汚れた自分の両手をカミイの前に差し出した。


「私、お兄ちゃんたちと一緒に、この畑をもう一度耕すの。泥の村でも、私が大きくなる頃には、きっとたくさん麦が育つようにするから。……私はここで、この土と一緒に生きるよ」


 それは、ただの決意表明ではなかった。

 マイナの瞳には、カミイが昨日見た「戦場」とは全く別の、地に足のついた強さがあった。


「……そっか」


 カミイは、自分の両手を見た。


 弓の弦で擦り切れた指先。剣を握り、他者の命を、肉の塊として切断した生々しい感触が、まだこびりついている手。

 この手は、もう麦を育てる土には触れられない。


 自分がこの村に残れば、いつか必ず争いを引き寄せる。あるいは、彼女の目に「人殺しの英雄」として怯えの影を落とす日が来る。


 土を耕す者と、剣を振るう者。


 その二つの時間は、決して同じ場所では交わらないのだと、レオハルトの死を看取った少年は、残酷なまでに悟ってしまった。


「……僕は、行くよ」


 カミイは、背中の長剣の柄にそっと触れた。


「僕は、もっと強くならなきゃいけない。誰かを、本当に守れる男になるために。……剣聖の、名に恥じないように」


「……うん」


 マイナは、引き留めなかった。彼女もまた、この数日の戦火の中で、子供から一つ大人の階段を登っていたのだ。


 カミイは、泥だらけのマイナの手に、自分の手をそっと重ねた。

 熱い体温。それだけを確かな記憶として心に刻み込む。


 涙は見せなかった。英雄は、振り返らずに去るものだと、あの背中で死んだ不器用な男から教わったからだ。

 二人の幼い恋は、泥の盆地の復興の音にかき消され、静かに終わりを告げた。



 ***



 村の中央広場からは、倒壊した建物の廃材を片付ける音や、泥を掻き出すくわの音が午後になっても絶え間なく響いていた。兎人族たちは、驚異的な適応力で自らの生活基盤ルーツの再建に取り掛かっている。


 そこには活気があった。生き延びたという圧倒的な事実が、彼らの肉体を突き動かしているのだ。


 だが、その活気に満ちたコミュニティの中心から物理的にも心理的にも切り離された、村外れの薄暗い納屋。

 そこが、この村を救った「英雄たち」に与えられた隔離施設ゲストルームだった。


「……外の連中、よく働くこと。昨日まで小便ちびって泣いてたウサギどもとは別の生き物みたいね」


 むしろの上に寝転がった重装歩兵オリエールが、壁の隙間から差し込む光を眩しそうに細めながら毒づいた。

 彼女の傷は、アーレイの応急処置によって致命傷は脱したものの、全身の骨が軋むほどの重傷であることに変わりはない。にもかかわらず、村人たちは「安静にしていてください」という丁寧な拒絶の言葉とともに、彼女たちをこの納屋に押し込め、必要最低限の食事だけを入り口に置いて去っていく。


 腫れ物扱いだ。平和な日常を取り戻した彼らにとって、血の匂いが染み付いた傭兵は、ただの「暴発の危険がある不発弾」でしかない。


 帰るべき日常を取り戻した者たちと、帰る場所を失った暴力装置たち。

 勝者と敗者の境界線が曖昧に溶け合う中、千代たち四人の生存者は、完全な異物として泥の村から弾き出されようとしていた。



 千代は、泥を拭き取って少しだけ本来の色を取り戻した制服の膝を抱え、納屋の隅でぼんやりと虚空を見つめていた。


 視界に『戦術眼』のUIはない。指示を出す相手も、守るべき拠点もない。

 ただの、疲労困憊した、居場所のない女子高生。それが今の彼女の絶対的な現在地だった。



「……感傷に浸っているところ申し訳ないが、指揮官殿。少々、厄介な事実が判明したぞ」


 納屋の入り口が開き、杖をついた老軍師アーレイが姿を現した。


 彼のブーツは、村の広場の泥ではなく、川岸特有の黒く湿ったヘドロにまみれていた。彼は復興作業を手伝っていたわけではない。魔王軍が残していった武器や死体の身ぐるみを剥ぐという、傭兵としての極めて実務的な「戦後処理」を行ってきたのだ。


「ゲンガイが川底に引きずり込んだ敵将ドルゲの死体が、下流の浅瀬に打ち上げられていてな。奴の防水革袋から、魔王軍本隊から発行された『作戦命令書』の原本が出てきた」


 アーレイは、泥水を拭き取られた羊皮紙の束を、千代の目の前に放り投げた。


「どういうこと? 魔王軍の狙いは、この村の備蓄物資と、兎人たちの奴隷化じゃなかったの?」


「わしも、村の連中も、誰もがそう信じて疑わなかった。この村には他に略奪するような価値など微塵も存在しないからな」


 アーレイは、火のついていないパイプを咥え、呆れたように肩をすくめた。


「だが、指揮官殿。お前さんも盤面を回したからわかるだろう。軍事行動には莫大なコストがかかる。ただの貧乏村を焼くために、わざわざオークの重装歩兵を三百も投入し、高価な魔獣や広域魔法部隊まで動員するのは、どう計算しても費用対効果コストパフォーマンスが合わない。……敵の狙いは、村人でも、食料でもなかったのだ」


 千代は眉をひそめ、羊皮紙を手に取った。

 そこには、古代文字に近い魔界の言語で、極めて事務的な軍事目標が記されていた。アーレイの翻訳魔法が、千代の脳内にその意味を直接流し込む。


『作戦目標:座標XYにおいて観測された、特A級の空間魔力異常(特異点)の制圧、および召喚機構の接収。現地生物の処理は一任する』


「空間魔力異常……特異点」


 千代の顔から、さっと血の気が引いた。



「そうだ。……指揮官殿、お前さんがこの泥の村に喚び出された、あの地下の『召喚陣』だ。魔王軍が五百の兵を差し向けた本当の理由は、あのシステムそのものを手に入れるためだったのだよ」




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