第41話 祝宴の暴力装置
血と泥にまみれた防衛戦が終結したその夜。
村の中央広場には、倒壊したバリケードや折れた長槍の残骸を薪代わりにした、巨大な焚き火が焚かれていた。
生き残った兎人族たちは、泥だらけの服を着替えることも忘れ、火を囲んで抱き合い、あるいは泥土にひれ伏して泣きながら、生存の歓喜を分かち合っていた。
魔王軍五百の撃退。
それは、常に捕食される側であった最弱の亜人種にとって、神話に刻まれるほどの絶対的な奇跡だった。彼らは残されていた僅かな備蓄食糧をすべて持ち出し、乏しい酒を回し飲みして、狂乱のようなささやかな祝勝会を開いていた。
しかし、その熱狂の輪から少し離れた暗がり。
崩れかけた食料庫の残骸の影に、この奇跡を物理的に設計し、実行した四人の「英雄」たちの姿があった。
「……なんだって、あいつらあんなに騒げるのかしらね。明日の朝には、死体から沸いたハエと疫病の処理に追われるっていうのに」
オリエールが、包帯代わりに汚れた布を巻いた脇腹を押さえながら、苦々しく吐き捨てた。
彼女の巨大なタワーシールドは完全に粉砕され、今はただの鉄屑として足元に転がっている。彼女にとって、盾の喪失は自身のアイデンティティと商売道具の全損を意味する。祝う気分など微塵も湧かなかった。
老軍師のアーレイも、泥水に濡れて火のつかなくなったパイプを空吸いしながら、冷めた目で焚き火を見つめている。
獣人の少年カミイは、自分よりも大きなレオハルトの長剣を膝に抱え、燃える炎をただ虚ろな目で見つめたまま、一言も発さない。
そして千代は、泥だらけのローファーを投げ出し、膝を抱えて座っていた。
熱も、食欲も、疲労感すらも通り越し、ただ電池が切れた人形のように、物理的な機能だけをかろうじて維持している状態だった。
「千代様! 皆様!」
歓声の輪の中から、村長のブロップと、案内役のルイが、酒の入った木杯と干し肉を持って駆け寄ってきた。
「さあ、皆様もこちらへ! 今日は我らの記念すべき勝利の日です! 英雄たる皆様が火に当たらずして、なんの宴でしょうか!」
「いや、遠慮しておくわ」
千代が口を開くより早く、オリエールが冷たく遮った。
「見てわからない? こっちは三途の川の向こう側から這い戻ってきたばっかりなの。酒を飲んだら内臓の傷が開いて死ぬわ。……あんたらだけで勝手に騒いでな」
「あ……そ、そうですか。それは、配慮が足りず申し訳ありませぬ……」
ブロップは、ひどく狼狽したように後ずさった。
その時、千代は彼らの瞳の奥に、極めて本能的な「ある感情」が揺らめいているのを見逃さなかった。
感謝の言葉を口にしながらも、彼らの耳は後ろにピンと張られ、重心は常に後ろへ傾いている。
それは、恩人に向ける敬意ではなく、制御不能な『暴力』に対する根源的な恐怖だった。
彼らは見てしまったのだ。
ドワーフが自らを炭にして鉄のドームを作り上げる姿を。魔人が巨大な魔獣の角を素手でへし折る姿を。そして、この泥だらけの少女が、味方を爆破してまで敵をすり潰す冷酷な命令を下す様を。
戦争が終わった今、彼らの目には、千代たち生存者が「村を守ってくれた騎士様」ではなく、いつ自分たちに牙を剥くかわからない「血に飢えた怪物」として映っているのだ。
ブロップたちがそそくさと焚き火の輪へ戻っていくのを見送り、オリエールは自嘲するように鼻を鳴らした。
「ほらね。平和になれば、私たちはただの『暴力装置』。……使い終わった猟犬なんて、邪魔で怖いだけなのよ。傭兵なんて、そんなもんさ」
「論理的な反応だ。平時において、圧倒的な武力はコミュニティの秩序を乱すノイズでしかないからな」
アーレイも、極めて客観的に同意した。
千代は、膝に顔を埋めた。
悲しくはない。オリエールやアーレイの言う通り、それが人間社会の冷酷なシステムだと理解しているからだ。
だが、ドーゴンやレオハルト、ゲンガイの命をチップとして消費した結果手に入れた勝利が、この「圧倒的な疎外感」だという事実に、得体の知れない徒労感が胸の奥を重く塞いでいた。




