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七星の戦記 Eランクの女子高生指揮官、最強の落ちこぼれたちを率いての異世界防衛戦 〜私の「戦術眼」には勝利へのルートが見えています〜  作者: 真野真名
第3章:七星、燃ゆ

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第39話 受け継がれる無骨な鉄




 軍隊という巨大な暴力装置は、統制という名の神経系を失った瞬間、ただの脆弱な肉の集合体へと退化する。


 魔王軍の将軍ドルゲが、狂戦士ゲンガイの命と引き換えに氾濫した川の底へと沈んだ直後。泥の盆地を満たしていた異様な「無音の圧力」が、霧散するように消え去った。


 ドルゲのユニークスキル『軍団支配レギオン・コマンド』による精神の強制介入が、術者の死によって完全に解除されたのだ。


 オーク重装歩兵やゴブリンたちの脳髄に、麻痺させられていた「恐怖」と「激痛」が、利子をつけて一気に逆流した。

 腹を竹槍で貫かれたまま無表情で前進していたオークが、唐突に自らの内臓の欠損を認識し、この世のものとは思えない絶叫を上げて泥水に崩れ落ちる。

 隣の仲間が首を飛ばされても前を向いていたゴブリンが、足元に転がる生首を見てパニックを起こし、武器を放り出して後ずさる。


 生存本能の再起動。


 それは、いかなる軍事的な撤退命令よりも迅速で、そして醜悪な敗走をもたらした。

 彼らはもはや、目の前にいる疲弊しきった兎人族の竹槍部隊など見ていなかった。ただ、この死臭と狂気が充満する泥沼から一秒でも早く逃げ出すことしか頭にない。


 彼らは背中を向け、互いを押し退け、泥水を跳ね上げながら村の出口である森の境界線を目指して逃げ惑った。


 その混乱する戦場の最前線、敵の魔導部隊が壊滅した地点に、獣人の少年カミイは立っていた。

 彼の呼吸は限界まで乱れ、握りしめた短剣の刃は脂と血で完全に切れ味を失っている。

 逃げ惑う魔王軍の兵士たちの中で、カミイの視線は、泥濘の真ん中に一本だけ屹立する「無骨な鉄の長剣」に釘付けになっていた。


 虚無の剣聖、レオハルトの遺品。

 主を失い、喉笛を射抜かれたまま立ち往生していた彼の肉体は、オークたちの敗走の波に押されてすでに泥の中に沈み、見えなくなっていた。

 だが、彼が死の直前に自らの体重をかけて泥に突き立てたその剣だけは、押し寄せる人波に蹴られても、泥水に流されることもなく、墓標のようにそこに立ち尽くしている。


 カミイは、震える足を引きずってその剣の元へ歩み寄った。

 彼が剣の柄に手を伸ばそうとした、まさにその時。

 敗走の波に乗り遅れ、完全にパニック状態に陥っていた一体のゴブリン兵が、カミイの背後から迫っていた。


 そのゴブリンは、逃げ道を塞ぐ位置に立っているカミイを排除しようと、恐怖で顔を歪めながら、錆びた曲刀を頭上に振りかぶった。


 カミイの獣耳が、背後の泥を蹴る微かな水音と殺気を捉えた。

 弓に矢をつがえる時間はない。腰の短剣を抜く余裕もない。

 カミイは、泥に突き刺さっていたレオハルトの長剣の柄を、両手でしっかりと握りしめた。


 重い。


 大人の剣士が片手で振るうそれを、少年の細い腕で持ち上げるには、物理的な筋力が圧倒的に不足していた。

 だが、カミイの脳裏に、あの時背中を叩いてくれた、極めて冷たく、そして不器用なほどに優しい声が蘇る。


『……吸って。そして、肺の底からゆっくりと吐き出せ』


 カミイは、肺の奥深くまで雨と血の匂いが混じった空気を吸い込んだ。

 震えが止まる。


『幸運の風』という、自分では制御できない不確かな確率論に頼るのは、もう終わりだ。


 カミイは、泥に深く沈み込んでいた剣を、全身のバネを使って強引に引き抜いた。泥水が円を描いて飛散する。


「う、あぁぁぁぁぁっ!!」


 カミイは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、振り返りざまに、その重すぎる鉄の塊を、遠心力に任せて横凪ぎに振り抜いた。

 洗練された剣技など欠片もない。ただの鉄の棒による、純粋な質量攻撃。


 だが、恐怖で目を瞑りながら突っ込んできたゴブリンの胴体を両断するには、その重量だけで十分だった。

 曲刀を振り下ろすよりも早く、レオハルトの長剣がゴブリンの胸郭に食い込み、肋骨を砕き、内臓を断ち切る。


 ゴブリンの体が、くの字に折れ曲がって泥水の中へ吹き飛んだ。

 痙攣し、やがて動かなくなる最後の一兵。


 カミイは、剣の重さに耐えきれずに膝をつき、そのまま泥の中に突っ伏した。

 呼吸を整えようとしても、喉の奥から込み上げる嗚咽が邪魔をしてうまく息ができない。


 彼が自分の手で奪った命。

 今回は、偶然ではない。明確な自らの意志と筋肉によって奪った命。


 英雄になるということは、こういう重さを一生背負って歩くということなのだと、少年は初めて理解した。


 森の奥へ逃げ去る魔王軍の足音が、次第に遠ざかっていく。

 追撃を行う者など、この村には一人も残っていなかった。

 戦いの音が、泥の盆地から完全に消え去った。


 あとに残ったのは、降り続く冷たい雨の音と、負傷者たちの呻き声、そして、泥水が流れる低い水音だけだった。




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