第10話:Summer
1:突然の提案
【聖百合園女学院・2年A組教室 放課後 16:20】
飛鳥凛太朗(天峰莉子)と氷川璃々花の伝説のデートから数週間が過ぎた。
窓の外では蝉の鳴き声が響き、夏の強い日差しがなおも照りつけている。
莉子は机に突っ伏して、ぐったりしていた。
(暑い……マジで暑い……。女子の制服、夏でも長袖とか拷問かよ……)
【回想:数週間前、都心でのデート】
夜の駅のホームで、璃々花が凛太朗の頬にキスをした。
「おやすみなさい♡」
璃々花は、そのまま去っていった。
凛太朗は、頬を押さえて——呆然と立っていた。
(璃々花さん……)
凛太朗の胸が、温かくなった。
(……俺、璃々花さんのこと、好きだ)
あれから璃々花との関係は、少しずつ変わっていた。
毎日、放課後に生徒会室で一緒に過ごす。
手を繋ぐことも、自然になった。
でも——まだ、告白はしていない。
(いつ、どうやって伝えればいいんだろう……)
莉子が、そんなことを考えていると……
「ねぇねぇ、莉子ちゃん! 一緒に海行かない!? みんな誘って、遊びに行こうよ!」
突然、目の前に元気いっぱいの少女が現れた。
白鳥紗耶。
莉子のクラスメイトで、いつも何かと莉子のことを気にかけている天然少女。
少し明るい髪色の長髪を肩までなびかせ、人懐っこい垂れ目がちの顔に笑みを浮かべている。
紗耶は莉子の机に駆け寄って、その勢いのまま顔を近づけた。
「海!?」
莉子は思わず顔を上げた。
「うん! 夏だし、海に行こうよ! 莉子ちゃんと一緒なら絶対楽しいって!」
紗耶はキラキラした瞳で莉子を見つめた。
「いや……私は……海はちょっと……。水着とか自信ないし……」
莉子は作り笑いを浮かべて——紗耶の前に手を向けた。
(当たり前だろ……。水着なんか着て男バレしたら人生終了だ……)
「えーー!? 莉子ちゃん、かわいくてスタイルいいのに、海に行かないなんて損してるよ! ねぇ、行こうよ〜!」
紗耶が即座に莉子の腕に手を回して絡みつくと、大げさに引っ張るような動きをする。
「さ、紗耶ちゃん……!」
莉子は紗耶のボディタッチにドキッとしつつ、なおも断ろうとした。
「だから私は……無理だってば〜」
その時。
背後から、冷たい殺気のようなものを感じた。
莉子は恐る恐る振り返った。
そこには——
死んだ魚のような目に、漆黒の闇を宿した璃々花が立っていた。
「随分と……白鳥さんと仲が良いようね?」
璃々花の声は、柔らかいようで裏に刃物のような鋭さがあった。
「璃々花さん……! これはその……白鳥さんとはただの友達で……。別に普通の話してただけだし……」
莉子は慌てて弁解した。
紗耶は莉子の腕を握ったまま、無邪気に答えた。
「莉子ちゃんと私で海に行こうって話してたの!」
璃々花は、冷たい笑みを浮かべた——が。
眉の辺りがピクピクと痙攣している。
「それは残念ね……。天峰さんはもう私と一緒に海に行く約束をしているの」
「は!?」
莉子が素っ頓狂な声をあげた。
璃々花は視線を莉子に向けて……
「そうよね、天峰さん?」
と呟き、無言の圧力をかけてくる。
(……これ、断ったら殺される……!)
莉子は仕方なく俯きがちに答えた。
「そう……なの。私、氷川さんと海に行く約束してて……」
紗耶は目を輝かせた。
「えーー? ずる〜い! じゃあさ、私も一緒に行ってもいい!?」
何が「じゃあ」なのかわからないが——紗耶の目には、璃々花の震えるこめかみは映らないようだ。
「なっ!?」
璃々花が反論しようとした、その時。
後ろから、メガネをかけた女子生徒が現れた。
「会長……ちょっと落ち着いて。天峰さんを独占しすぎると、学校内で怪しまれるよ?」
生徒会副会長の高瀬真理。
左右に分けて整えられた黒髪をなびかせ、メガネの奥の目は鋭さを増している。
真理は、璃々花の肩に手を置いた。
「分かってる……。でもこれは私と彼女の問題で……」
璃々花が苦々しい顔で真理に説明しようとすると——真理は、それを遮るように言った。
「では、私と会長、天峰さんと白鳥さんの4人で行くのはどう?」
「ええぇーーー!?」
莉子と璃々花の声が、ハモった。
「それいいじゃん! 人数多い方が楽しいし!」
紗耶はニコニコしながら手を叩いた。
「どう? 会長、それでいいでしょ?」
真理が、うっすらと笑みを浮かべて璃々花に語りかけた。
璃々花は観念したような表情で呟いた。
「分かったわ……。今度の土曜日、湘南のビーチに集合よ!」
ことの成り行きを呆然と見つめていた莉子は、我に帰って独白した。
(……海!? 水着!? マジかよ……布面積の勝負になるじゃん!!)
はしゃぐ紗耶と、冷静に計画を立てる真理を眺め——璃々花は、莉子にしか聞こえないように耳元で囁いた。
「……楽しみね、凛太朗♡」
凛太朗、既に逃げ場なし確定。
2:準備
【その日の夜・寮の自室 20:30】
莉子はベッドに寝転がって——天井を見つめていた。
「水着……海……」
莉子はスマホを取り出して、姉・美玲にビデオ通話をかけた。
プルルル……ガチャッ。
「あら〜? 凛太朗、どしたの?」
「姉ちゃん……今度、海に行くことになって…」
「え!? 海!? 誰と!?」
「璃々花さんと……あと、クラスメイトと生徒会副会長と…」
「へぇ〜! いいじゃん! 楽しそう!」
美玲は画面越しにニヤリと笑った。
「でも……水着、どうすればいいんだよ……」
「あ〜、そっか。凛太朗、水着持ってないもんね」
「っていうか……俺、水着着たら……バレるんじゃ……」
凛太朗は不安そうに呟いた。
美玲は少し考えてから答えた。
「大丈夫大丈夫! 姉ちゃんに任せて!」
「え……?」
「明日の朝、宅配便で送るから! 完璧な水着セット!」
「姉ちゃん……!」
「あ、それと……下は絶対にショートパンツ+パレオで隠すこと! 上は付け胸つけて、タンクトップビキニで!」
「……分かった」
凛太朗は溜息をついた。
「頑張ってね〜! 璃々花ちゃんと、いい感じになれるといいね♡」
「……姉ちゃん」
「ん?」
「ありがとう」
凛太朗が小さく微笑むと、美玲は画面越しにウインクした。
「どういたしまして♡」
通話が切れた。
凛太朗はスマホを置いて——また天井を見つめた。
(俺……生きて帰れるのかな……)
3:水着披露
【湘南・ビーチ 土曜日 11:45】
湘南の海に集合し、着替えを済ました一行。
莉子は布面積多めの守り水着で現れた。
黒髪ショートボブに上は白のタンクトップビキニで、付け胸もしっかり装着。
下はショートパンツ+パレオで、股間を完全にカモフラージュ。
璃々花は黒髪ロングを緩く巻き下ろし、スポーティながら布面積少なめの黒×紫のビキニを着ている。
胸元と腰に細いラインが入った、女王様オーラ全開のスタイル。頭には、スポーツサングラスを乗せている。
紗耶はフリル多めのかわいい系ビキニ。
真理は競泳水着のようなワンピースタイプ。
莉子は周囲の女子たちの大胆水着に、視線が泳いだ。顔が真っ赤。
(やべぇ……みんなかわいすぎて目が離せねぇ……。落ち着け! 落ち着いて素数を数えるんだ……)
そこへ、紗耶が笑みを浮かべながら、莉子と腕を組んできた。
「莉子ちゃんの水着、めっちゃ似合ってる! タンクトップなのにスタイル良すぎ~! 触っていい?」
莉子は紗耶の接近に、さらに顔を赤くした。
「さ、紗耶ちゃん……近いって……!」
紗耶は気にせずに莉子の腰に腕を回して……
「ほら、一緒に写真撮ろ~!」
と、さらに密着してきた。
それを見る璃々花の瞳が——漆黒のダークマター状態に染まった。
低く、地を這うような声で告げる。
「……白鳥さん、ちょっと距離取ろうか……? 天峰さん、嫌がってるんじゃない?」
璃々花の異変を察知した真理が、慌てて璃々花の肩を押さえた。
「会長、笑顔……笑顔で……!」
莉子と紗耶の耳には、璃々花たちの声は入っていないようで——
紗耶が、はしゃぎながら莉子と自撮りを連写している。
カシャカシャカシャ!
「はい、チーズ! ……あ、莉子ちゃん、もうちょっと笑って〜!」
「え、えっと……」
莉子は、ぎこちない笑顔を作った。
璃々花は莉子を見つめた。莉子は紗耶と一緒に、楽しそうに笑っている。
(……凛太朗)
璃々花の胸が、チクリと痛んだ。
4:波打ち際の修羅場
【ビーチ 13:20】
「莉子ちゃーん! ビーチバレーやろーー!」
紗耶の提案をきっかけに、一行はビーチバレーを開始した。
浜辺に近い海の中で、ビーチバレーが始まる。
「それっ!!」
「キャーハハハ」
少女たちの歓声が、響き渡る。
璃々花がサーブを打つたびに水着のラインが強調され、莉子の視線が釘付けになった。
(璃々花さん……スタイル良すぎる……)
璃々花が合間に、小声で莉子の耳元に囁く。
「凛太朗……私の水着、どう? ……ちゃんと見てくれてる?♡」
「え……! すごく……似合ってますけど……」
莉子が顔を真っ赤にして答えた——その時。
紗耶が莉子の背中に突然飛びついた。
「莉子ちゃん、ナイスレシーブ~!」
紗耶の胸が、莉子の背中に押しつけられる。
「紗耶ちゃん……! 当たってるんだけど!」
莉子が、顔を熟したトマトのようにして俯くと——紗耶は悪びれた様子もなく笑った。
「えーー? 女の子同士だから別にいいじゃん!」
璃々花の目が……完全に虚無に包まれた。
微笑みながら、莉子に聞こえるように——
「……海だから、1人ぐらい波に流される人がいてもおかしくないわよね?」
莉子は、璃々花の殺気を感じ取って——なんとかして紗耶から離れた。
(……俺、今日ここで死ぬかも……!)
真理は、そんな様子を見ながら複雑な表情を浮かべていた。
【真理の視点】
真理は、璃々花の横顔を見つめた。
(会長……天峰さんのことが好きなんだ)
真理は、璃々花の生徒会長としての姿をずっと見てきた。
完璧で、冷たくて、誰も近づけない氷雪女王。
でも——
(天峰さんといる時の会長は……違う)
真理は莉子を見た。
莉子は、紗耶と一緒に楽しそうに笑っている。
(天峰さん……あなたは一体……)
真理は、少しだけ……眉をひそめた。
5:休憩のひと時
【ビーチ 14:30】
ビーチバレーの後、一行はビーチマットの上で休憩していた。
紗耶と莉子は並んで座って、かき氷を食べている。
「莉子ちゃん、口元にシロップついてるよ〜」
紗耶が、ティッシュで莉子の口元を拭く。
「あ、ありがとう……」
莉子は恥ずかしそうに俯いた。
璃々花は、その様子を——少し離れた所から見つめていた。
真理が璃々花の隣に腰を下ろした。
「会長、大丈夫?」
「……何が?」
「天峰さんのこと」
璃々花は、真理の方を向いた。真理はメガネを直しながら続けた。
「随分と……白鳥さんにNTR気味だよね?」
璃々花は一瞬だけ……驚いた表情をした。
でも、すぐに——いつもの無表情に戻った。
「……バレてた?」
「長い付き合いだから。会長が天峰さんといる時、すごく……生き生きしてるよ」
真理は穏やかに微笑んだ。璃々花も、珍しく口元を少し緩めた。
「……真理には隠し事できないわね」
「天峰さんは特別なんでしょ。会長の仮面を、簡単に剥がしてしまう人なんて初めて見た」
璃々花は莉子の方をもう一度見て、静かに呟いた。
「……ええ。私、彼女の前だと本当の自分でいられるの。私のことを、まっすぐな目で見てくれるから」
真理は一瞬だけ目を伏せたが、すぐにいつもの冷静な表情に戻った。
「なら、頑張って。……私は、会長の味方だから」
真理は立ち上がり、軽く手を振った。
「ちょっとアイス買ってくる。会長も何か欲しい?」
「……大丈夫よ」
真理が去った後、璃々花は一人、莉子と紗耶の楽しそうな姿を眺めながらフッと微笑んだ。
「私もっと、積極的にならなくちゃね」
6:夕暮れの二人
【同ビーチ 夕方 17:10】
紗耶と真理は、海辺のビーチマットの上で休憩中。
璃々花が、凛太朗を少し離れた岩場に連れ出した。
夕陽を背に濡れた髪を払いながら、璃々花が囁く。
「凛太朗……もう、逃げないで。この夏を、特別なものにしたいの。私のものになって?」
凛太朗はドキッとした——が。
慌ててパレオを直しながら後ずさった。
「り、璃々花さん……。ここ、みんな見てるから……!」
璃々花は引き下がらずに、凛太朗の手を取った。
「じゃあ、凛太朗は私のこと、嫌い?」
凛太朗は赤面しながらも、少し俯きがちに答えた。
「き……嫌いじゃないけど……」
「……けど、何?」
璃々花と凛太朗が、見つめ合う。
傾き始めた日差しが、2人の横顔を照らす。
「俺…… 璃々花さんのこと……」
その瞬間。紗耶が、遠くから——
「莉子ちゃ~ん!」
と手を振って駆け寄ってきた。
璃々花の死んだ魚のような目が復活し——凛太朗は、慌てて手を離した。
「なになに? 2人でガールズトーク中?」
紗耶が無邪気に話しかけると、莉子は手をパタパタさせた。
「うん……。そんな感じかな。そろそろ戻ろっか」
莉子たちはビーチマットの方へと歩き出した。
莉子は、一人独白した。
(……俺の夏、まだ始まったばかりなのに、もう既に限界が近い……)
莉子は璃々花をチラッと見た。
璃々花は、莉子の視線に気付き、微笑んで囁いた。
「私……諦めないから」
(璃々花さんは……俺の全部を知ってる。だから……俺も、璃々花さんに……ちゃんと伝えたい)
凛太朗は決意した。
(次こそ……ちゃんと、告白する)
7:帰路
【電車の中 18:30】
揺れる電車の車内。
紗耶と真理は、疲れたのか——うつらうつらと眠りに落ちている。
璃々花が莉子の隣で肩に頭を預け、静かに微笑んだ。
「次は……花火大会ね。……今度は、絶対に逃がさないから」
莉子は迫り来る新たな危機に戦慄しつつ、電車に揺られながら、内心で呟いた。
(……俺、どうなっちゃうんだよ……)
(でも……楽しかったな)
莉子は璃々花を見た。疲れたのか、いつの間にか璃々花は莉子に頭を預けて眠っている。
(璃々花さん……)
莉子は、璃々花の手をそっと握った。
(花火大会……その時こそ、ちゃんと伝えよう)
電車がゆっくりと駅に近づいていく。
窓の外には、夕陽が沈んでいく。
夏の開放的な雰囲気の中で、彼らの新たな物語が始まろうとしていた。(つづく)




