【第6話】聖女の武器は『メイス』?そんなもの日ノ本にはないわ!
洗礼式の騒動から数時間後。
堺の港を見下ろす静かな丘の上で、お菊は懐から取り出した銀貨の袋をチャリンチャリンと鳴らしてご機嫌に笑っていた。
「ふふふっ、見てや八兵衛! 銀貨がこんなにぎょうさん入っとるで! 大根が何千本買えるやろか〜♪」
「よかったな、お菊ちゃん! お菊ちゃんが笑っていると、まるでそこに春が来たみたいにポカポカするよ!」
八兵衛はニコニコとお菊を見つめながら、その後ろで全力で尻尾を振っている(ように見える)。
『ああ、銀貨を数えるお菊ちゃんの真剣な眼差しも美しい……! 俺も来世は銀貨に生まれ変わって、お菊ちゃんの温かい懐の中でチャリンチャリンと弄ばれたいぞ!』
《実況:フクザワ》「さあ、神社での大立ち回りから一転、ほのぼのとした昼下がり! お菊選手は銀貨に夢中、そして八兵衛選手は相変わらずお菊選手に夢中だーっ!!」
《解説:アベ》「一攫千金を成し遂げたお菊さんでありますが、これからの乱世を生き抜くためには、自身のジョブである『聖女』の能力を正確に把握しておく必要があるわけでありますね」
お菊は銀貨の袋を大事そうにしまうと、ふと思い出したように宙を見つめて『ステータス画面』を呼び出した。
「せやせや、さっきはバタバタしとったから、自分のスキルをちゃんと見てへんかったわ。えーっと、なになに……?」
お菊の目の前に浮かぶ半透明の文字盤には、先ほど使った【極大治癒】【聖なる障壁】【限界突破支援】の下に、ひときわ大きく光る文字が並んでいた。
【固有スキル:鈍器術・極】
【※鈍器装備時、筋力および物理破壊力が十倍に上昇します】
お菊は目をパチクリとさせ、首をかしげた。
「……なあ八兵衛。『どんき』ってなんやろ? カッコして『めいす』って書いてあるんやけど、そんな名前の武器、聞いたことある?」
「ん? どんき……鈍器か? いや、『めいす』なんて武器の名前は、刀鍛冶の家に生まれた俺でも聞いたことがないぞ」
『お菊ちゃんが首をかしげた! 今の角度、黄金比じゃないか!? めいすが何だか知らないが、お菊ちゃんを悩ませるなんてけしからん奴だ!』
お菊が「うーん」と唸っていると、ステータス画面の『めいす』という文字の横に、小さな絵図がピョコッと浮かび上がった。
それは、太い鉄の棒の先に、無数の鋭いトゲトゲがついた鉄球がくっついている、どう見ても凶悪極まりない鉄塊のイラストだった。
「……えっ。なにこれ、トゲトゲのついた鉄の塊やん! なんで癒やしの力を持つ『聖女』の得意武器が、こんな殺意の塊みたいな鉄棒やのん!?」
《実況:フクザワ》「おーっと! お菊選手、ついに西洋ファンタジー最大の矛盾に直面だーっ! 可憐な聖女にトゲトゲの鉄球! これにはお菊選手も思わず関西弁で総ツッコミだーっ!!」
《解説:アベ》「これにはですね、深い歴史的・宗教的な理由があるわけであります。西洋の聖職者と申しますのは、『刃物で敵の血を流してはならない』という戒律があるんでありますね。そこで彼らは考えました。『刃物で切らなければいいんだろう、つまり鈍器で鎧ごと殴り潰せばセーフだ』と。いわば、究極の屁理屈から生まれた撲殺兵器が、このメイスというわけなんであります」
もちろん、そんな西洋の事情を知る由もないお菊は、腕を組んでブツブツと考え込んだ。
『理由はよう分からんけど……このトゲトゲの鉄棒を持ったら、うちの力が十倍になるって書いてあるわ。今は応仁の乱で物騒な世の中やし、八兵衛に頼りっきりになるんも危ないしな。自分の身と、今日稼いだこの銀貨を守るためにも、この武器は絶対に手に入れとかなあかんわ!』
しかし、ここは戦国時代の日本・堺である。
街の武器屋に並んでいるのは、日本刀や槍、薙刀や弓矢ばかりで、西洋のメイスなどどこを探しても売っているはずがなかった。
「うーん、堺の武器屋でもこんな変な形の鉄棒は見たことないし……どないしようかなぁ」
お菊はそこでハッと顔を上げ、隣でデレデレしている幼馴染の顔をジッと見つめた。
「……せや! すぐ隣に、堺で一番の名門刀鍛冶の息子がおったやんか!」
お菊は八兵衛の両手をギュッと握りしめ、潤んだ瞳で下からじーっと見上げた。
「なあ、八兵衛……お願いがあるんやけど。うちのために、この『めいす』っていうトゲトゲの鉄の塊、作ってくれへんかなぁ?」
突然お菊に両手を握られ、ゼロ距離で上目遣いをされた八兵衛の脳内で、ボカーン! と大爆発が起きた。
「へっ……!? お、お菊ちゃんの柔らかくて温かい手が、俺のゴツゴツした手を包んでいる……!? しかも、俺に『お願い』だと……!?」
八兵衛の顔がゆでダコのように真っ赤に染まり、鼻の奥からプシュウウウッと熱い蒸気が噴き出す。
「つ、作る!! 作るとも!! お菊ちゃんが望むなら、トゲトゲの鉄の塊だろうが、空飛ぶ鉄の城だろうが、この八兵衛が命に代えても打ってみせるぞーーーっ!!」
《実況:フクザワ》「ファイヤーーーッ!! お菊選手のあざと可愛い上目遣いが、八兵衛選手の理性を完全に粉砕したーっ! 依頼成立まで、わずかコンマ五秒の即決だーっ!!」
《解説:アベ》「刀匠に鈍器を打たせるというのはですね、本来であれば寿司職人にハンバーガーを作らせるような暴挙であります。しかし、今の八兵衛さんにとっては、お菊さんのおねだりこそが絶対の正義であり、刀匠のプライドなどは塵芥に等しいんだろうと、こう思うわけであります」
「わぁ、ほんまに!? ありがとう八兵衛、頼りになるわぁ♪」
お菊がパッと笑顔を咲かせると、八兵衛は「うおおおっ、今すぐ実家の鍛冶場へ行くぞーっ!」と叫び、お菊の手を引いて堺の職人街へと全力疾走を開始した。
《実況:フクザワ》「さあ、聖女専用武器『メイス』を求めて、二人は八兵衛選手の実家・名門刀鍛冶の工房へと向かう! しかし、そこには最大の障壁が待ち受けているぞーっ!!」
《解説:アベ》「次回、刀に魂を捧げる頑固親父と、お菊さんに魂を捧げたバカ息子による、仁義なき親子喧嘩が勃発するわけであります。どうぞご期待ください、ということであります」




