【第2話】大音量の洗礼式!『SAINT』ってなんやねん!?
翌朝、雲ひとつない青空の下、堺の神社には黒山の人だかりができていた。
今年で数え年十五歳を迎える若者たちと、その行く末を見守る町人たちで、境内は熱気に包まれている。
《実況:フクザワ》「さあ、やってまいりました運命の洗礼式当日! 堺の神社は超満員札止め! まさに一世一代のガチャイベント、緊張のゴングが今、鳴り響いたーっ!!」
《解説:アベ》「ええ、この洗礼式におきましては、神前に置かれた『神鏡』に手をかざすことで、天照大神からの加護が境内に大音量で響き渡るシステムになっているわけであります。いわば、プライバシーゼロの公開処刑スタイルと言っても過言ではないわけでありますね」
きらびやかな装束を着た神主・権太夫が、神前の階段の上から傲慢そうに町人たちを見下ろした。
「ふぉっふぉっふぉ! これより洗礼式を執り行う! まずは我が堺が誇る名門刀匠の次男、八兵衛殿! 前へ進まれよ!」
町人たちから「おおっ、鍛冶屋の八兵衛ぼっちゃんだ!」「きっとすごい加護が出るぞ!」と期待の歓声が上がる。
しかし当の八兵衛は、列の後ろにいるお菊を振り返り、全力で手を振っていた。
「お菊ちゃーん! 見ててくれよ! 俺、お菊ちゃんを守るために、すごい加護を引いてくるからなーっ!」
『お菊ちゃんの朝日を浴びた横顔も、まさに女神……! ああ、神前だというのに俺の心はお菊ちゃん教に入信しているぞ!』
お菊は周囲の視線にちょっぴり恥ずかしそうにしながらも、八兵衛に小さく手を振り返した。
「うん、頑張りやー、八兵衛! 頼りにしてるで!」
『ほんまに頼むで八兵衛! あんたが強い加護を引いてくれたら、うちの用心棒として百人力やからね!』
《実況:フクザワ》「おーっと! 八兵衛選手、神様の前でもブレないお菊ファースト! さあ、そのまま神鏡の前に歩み寄り、右手を高々とかざしたーっ!」
八兵衛が鏡に手をかざした瞬間、神殿の奥から黄金色の光が噴き出し、境内の空気がビリビリと震えた。
直後、天から厳かにして凄まじい大音量の声が響き渡る。
【天照大神の加護を授ける――『妖術師』!!】
一瞬の静寂のあと、境内が割れんばかりの大歓声に包まれた。
《実況:フクザワ》「で、で、出たーーーっ!! 『妖術師』だーっ! 数万人に一人と言われる超特大ホームラン! これには堺の町人たちも総立ちだーっ!!」
《解説:アベ》「これはですね、大変なことが起きました。妖術師と申しますのは、一騎当千の攻撃魔法と召喚術を操る、いわばSSR級の最上位ジョブであります。応仁の乱を戦う細川家や山名家といった大名たちが、喉から手が出るほど欲しがる人材でありますね」
権太夫の目が小判の形になり、ヨダレを垂らさんばかりの笑顔で八兵衛に駆け寄った。
「ひょ、ひょえええ〜っ!? よ、妖術師様でございますか!? さすがは八兵衛様! いや、八兵衛大明神様! ぜひとも我が神社を末永くごひいきにぃ〜っ!」
『うひょーっ! 大当たりも大当たりじゃ! 八兵衛をおだてて大名家に紹介すれば、わしの懐にも莫大な紹介料が転がり込んでくるぞい!』
しかし八兵衛は、すり寄ってくる権太夫をヒョイッと脇へ押しやると、目を輝かせてお菊のもとへ駆け戻った。
「聞いたかお菊ちゃん!『妖術師』だってさ! これでいつでもお菊ちゃんの畑の大根を、害虫から守ってあげられるぞ!」
「わぁ、すごいわ八兵衛! さすがやね、ほんまにおめでとう!」
『害虫駆除に妖術師を使うのは贅沢すぎるけど……まあええわ! これで八兵衛には権太夫も逆らわれへんし、うちも続いてええ加護を引くだけや!』
権太夫は押しやられたことも気にせず、ゴホンと咳払いをして帳面に目を落とした。
そして、意地悪く口角を歪める。
「えー、コホン! 次は……農民の娘、お菊! お布施を大根で済ませた貧乏人は、さっさと前へ出るがよい!」
周囲からクスクスと笑い声が漏れる中、お菊はムッとした表情を隠して凛と胸を張り、神鏡の前へと進み出た。
『笑いたければ笑うてなさい! うちがここで『巫女』か『豪商』の加護を引いて、あんたら全員の度肝を抜いてやるんやから!』
お菊は深呼吸を一つすると、神鏡に向かって小さな両手をピタッとかざした。
《実況:フクザワ》「さあ、注目のヒロイン・お菊選手のターンだ! 大根の恨みを晴らすため、いざ神鏡へタッチ! どんな加護が飛び出すのかーっ!?」
その瞬間だった。
黄金色ではなく、まるで教会のステンドグラスのような七色の極彩色が、神社の境内をド派手に照らし出した。
「な、なんじゃこの奇妙な光は!?」
権太夫が目を剥いた直後、どこからともなく「ファーーー♪」と壮麗なパイプオルガンの爆音が鳴り響き、天からネイティブすぎる発音の声が轟いた。
【GOD BLESS YOU! ――『SAINT』!!】
パイプオルガンの余韻が消えると、境内には今日一番の、氷りついたような沈黙が降りた。
お菊は手をかざしたまま、ポカンと口を開けて空を見上げる。
「……え? せ、せいんと? なにそれ、どういう意味やのん!?」
《実況:フクザワ》「ジャストミーーーート!! ……しかし、なんだこれはーっ!? 突然のパイプオルガン! そして謎の横文字『SAINT』!! 会場の誰も、そして本人すらも、英語がまったくわからなーーーいっ!!」
《解説:アベ》「ええ、まさにですね、前代未聞の事態であります。本来、ここは天照大神の管轄エリアなのでありますが、何らかのシステムエラーにより、はるか西洋の神様から『SAINT』、すなわち『聖女』という最上位ジョブが誤配送されてしまったわけであります。しかし、戦国時代の日本人に英語が通じるはずもなく、これは非常にまずい状況と言わざるを得ないわけでありますね」
静まり返る境内で、お菊の頭の中にだけ、キラキラと輝く半透明の『文字盤(ステータス画面)』が浮かび上がった。
そこには、幸いにも日本語に翻訳された文字が並んでいる。
『えっと、なになに……? ジョブ:聖女。スキル:【極大治癒】【聖なる障壁】【限界突破支援】……それに【鈍器術・極】? なんかよう分からんけど、これ、とんでもなく凄そうやん!!』
お菊が内心でガッツポーズを取った、その時だった。
ブルブルと震えていた権太夫が、お菊を指差してヒステリックに叫び声を上げた。
「お、おのれお菊ぅぅっ!! 今の気味の悪い音と、意味不明な呪文はなんじゃ!? 天照大神様の言葉ではないぞ! さてはお前、神に見放された『鬼の子』じゃなーっ!?」
その言葉に、事情のわからない町人たちも「鬼の子!?」「た、たしかにあんな不気味な声、聞いたことがないぞ!」とざわめき始める。
《実況:フクザワ》「おっと、これはいけません! 無知とは恐ろしいものだ! 最高峰の癒やし職である『聖女』を授かったお菊選手、まさかの『鬼の子』認定を受けてしまったーっ!!」
《解説:アベ》「人間というのはですね、理解できない未知のものに遭遇しますと、それを恐怖し、排除しようとする傾向があるわけであります。権太夫氏にとっては、お菊さんを追い出す絶好の口実ができた、ということなんでしょうね」
「ええい、穢らわしい! 鬼の子を神聖な境内に置いておけるか! 者ども、この娘を今すぐつまみ出せーっ!」
権太夫が叫ぶと、神社の警備として雇われていた人相の悪い浪人たちが、ニヤニヤと笑いながらお菊を取り囲んだ。
しかし、お菊は怯えるどころか、自分のステータス画面に表示された『ある文字』を見つめて、ゆっくりと口の端をつり上げていた。
《実況:フクザワ》「絶体絶命のピンチかと思いきや、お菊選手の顔に不敵な笑みが浮かんでいるぞーっ!? さあ、ここからどう出るお菊選手!?」
《解説:アベ》「次回、鬼と呼ばれた聖女お菊さんと、ブチ切れた忠犬・八兵衛さんによる、文字通り『鬼のような倍返し』が始まるわけであります。どうぞご期待ください、ということであります」




