【第1話】洗礼式の前日〜強欲神主と大根の恨み〜
夕暮れ時の堺の街。
潮風と鉄を打つ音が混じる神社の石段で、農民の娘・お菊は深いため息をついていた。
《実況:フクザワ》「さあ、始まりました戦国ファンタジー! 舞台は黄金と商人の街・堺! 明日に『洗礼式』を控えたお菊選手の前に、幼馴染の八兵衛選手が駆け寄っていくーっ!」
《解説:アベ》「ええ、まさにですね、この世界におきましては、数え年で十五歳になりますと、天照大神から『加護』、いわばジョブを授かるわけであります。明日の洗礼式は、彼女たちの人生を決める極めて重要なイベントと言っても過言ではないんだろうと、こう思うわけであります」
お菊はぷくっと頬を膨らませ、駆け寄ってきた八兵衛を見上げた。
「はぁ……ほんまに腹立つわぁ! なあ八兵衛、聞いてくれる!?」
「どうしたんだ、お菊ちゃん! そんなに可愛い眉間にシワを寄せて!」
八兵衛は心配そうに身を乗り出しつつも、その頬をだらしなく緩ませる。
『はぁぁぁ……怒っているお菊ちゃんも、たまらなく愛おしい……! その眉間のシワに挟まれて死にたい……!』
《実況:フクザワ》「おーっと! 名門刀匠の次男・八兵衛選手、開始早々、脳内がお花畑にジャストミートだーっ!!」
《解説:アベ》「彼はですね、幼少期からお菊さんにベタ惚れでありまして、思考回路の百パーセントがお菊さんに支配されているわけであります。いわば、重度の恋愛脳でありますね」
お菊は腰に手を当て、神社の本殿を忌々しそうに睨みつけた。
「明日の洗礼式で、神主様に納める『お布施』のことやねんけどな! うちみたいな貧乏農家に、銅銭百枚も出せって言うてきたんよ! 払われへん言うたら、うちの畑の大根を半分も持っていきよってん!」
『あのおっさん、神主のくせに絶対に懐に入れて、堺の遊女屋で豪遊しとるに決まっとるわ! うちがどんだけ苦労して育てた大根やと思っとんねん! 明日の洗礼式でええ加護をもろたら、きっちり大根代を倍にして返してもらうからな!』
《実況:フクザワ》「泣く子も黙る堺のちゃっかり娘・お菊選手! 強欲神主への倍返しを心に誓っているーっ! しかし、怒りの理由が『大根』というのが実に庶民的であります!」
《解説:アベ》「やはりですね、一所懸命に育てた農作物を不当に搾取されるというのは、これもう、由々しき事態であります。お菊さんが『倍返しだ』と、こう考えるのも、ある意味では当然の防衛本能なのかなと、思うわけであります」
八兵衛は鍛え上げられた胸をドンと叩き、お菊の前で力強く拳を握りしめた。
「なんだって!? お菊ちゃんが丹精込めて育てた大根を奪うなど、万死に値する! お菊ちゃん、安心しろ! 明日の洗礼式でどんな加護が出ようとも、刀匠の次男であるこの俺が、一生お菊ちゃんに極上の大根を食べさせてみせる!」
その熱苦しい宣言に、お菊はパッと華やかな笑顔を咲かせ、小首をかしげた。
「ふふっ、大げさやなぁ八兵衛は。でも、そう言うてくれるだけで嬉しいわ。ありがとね、八兵衛」
『まあ、八兵衛は昔からうちのこと好きやもんなぁ。ちょっとおだてとけば、いざという時に頼りになるし、用心棒代わりに使わせてもらおっと♪』
八兵衛は雷に打たれたように硬直し、顔から湯気を噴き出した。
「お、お菊ちゃんが笑った……! 俺に『ありがとね』と微笑んでくれたぞーっ!!」
『ぐはっ! 今の笑顔で寿命が百年延びた! いや、むしろ尊すぎて今すぐ心臓が止まりそうだ! お菊ちゃんのためなら、俺は火の中、水の中、鍛冶場の炉の中にだって飛び込んでみせるぞーっ!』
《実況:フクザワ》「ファイヤーーーッ!! お菊選手の小悪魔スマイルが、八兵衛選手のハートを直撃だーっ! チョロい! あまりにもチョロすぎるぞ八兵衛選手ーっ!!」
その時、神社の奥から砂利を踏みしめる音が響き、恰幅のいい男が太鼓腹を揺らしながら歩いてきた。
《実況:フクザワ》「おっと、そんな二人の前に現れたのは、ここの神主・権太夫だーっ!」
《解説:アベ》「この権太夫という男はですね、天照大神の洗礼式を取り仕切る立場を悪用し、堺の町人たちから法外なお布施を巻き上げている、いわば悪徳神主であります」
権太夫は扇子で顔を仰ぎながら、お菊を鼻で笑った。
「ふぉっふぉっふぉ! なんじゃお菊、まだそんなところで油を売っておったのか。明日の洗礼式、お前のような貧乏人の娘にまともな加護が授かるとは思えんがな!」
『けっ、あんな泥だらけの大根しか納められん貧乏農家め。どうせ明日も『農民』か『雑用係』のハズレ加護が出るに決まっておるわい!』
八兵衛の眉がピクリと跳ね上がり、腰の刀の柄に手をかける。
「なっ……! 権太夫、貴様! お菊ちゃんに対するその無礼な口を閉じろ!」
お菊は慌てて八兵衛の袖を引っ張って制止すると、権太夫に向かって満面の営業スマイルを向けた。
「まあまあ八兵衛、落ち着きって。……神主様、明日はどうぞよろしくお願いしますね。うちの畑で一番甘くて太い大根を納めさせていただきましたから、天照大神様もきっと喜んでくださいますやろ?」
『今だけやぞ、その丸々と太ったお腹で笑うてられるんは……! 明日、うちがすごい加護を授かったら、あんたが今まで町のみんなから巻き上げたお布施、ぜーんぶ吐き出させてやるからな! 大根の恨み、思い知れやーっ!』
お菊の笑顔に少し気圧された権太夫だったが、すぐに咳払いをして八兵衛へと向き直り、揉み手を始めた。
「ほ、ほう……ま、まあ、せいぜい楽しみにしているがいい! おお、そっちの八兵衛殿! 名門刀匠の次男坊であるあなた様には、きっと素晴らしい加護が授かりますぞ! その暁には、ぜひ当神社にも多額のご寄付を……ふぉっふぉっふぉ!」
《実況:フクザワ》「おっと、これはいけません! 権太夫、お菊選手には冷酷非道、金持ちの八兵衛選手には手のひらクルックルのゴマすり攻撃だーっ!」
《解説:アベ》「まさにですね、権力と金に弱い人間の典型例であります。しかし、お菊さんのあの笑顔の裏にある『ちゃっかりとした闘志』に気づいていないあたり、彼もまだまだ危機管理能力が足りないと言わざるを得ないわけでありますね」
高笑いを残して去っていく権太夫の背中に、八兵衛が悔しそうに歯噛みする。
「くそっ、あのタヌキ親父め……! お菊ちゃん、あんな奴の言うことなんか気にするなよ!」
お菊は夕日に照らされた神社の鳥居を見上げ、不敵に口の端をつり上げた。
「うん、全然気にしてへんよ! それより八兵衛、明日の洗礼式、うちは絶対に『大当たり』を引いてみせるから、一番近くで見ててな?」
『よっしゃー! 明日は一発逆転して、この堺の街で一番のお金持ちになったるねんから!』
「ああ! 俺の目は明日も明後日も、死ぬまでお菊ちゃんしか見ていないぞ!!」
《実況:フクザワ》「さあ、役者は揃った! 果たして明日、お菊選手に授けられる加護とは一体何なのか!? 波乱の洗礼式、ゴングはもうすぐそこだーっ!!」
《解説:アベ》「次回、神社の境内に謎の横文字とパイプオルガンが鳴り響くわけであります。どうぞご期待ください、ということであります」




