第7話 舞踏会へ行く
日本で暮らしていたときのことだ。
私は、料理と掃除が大好きな、平凡な会社員だった。平凡と言っても、働いていた環境は決して恵まれたものではなかった。サービス残業は当たり前、人の入れ替わりは激しく人間関係は最悪、特に上司の男性は人の好き嫌いが激しく、陰口が大好きなタイプだった。そして私は、そんな上司に嫌われていた。
毎日が最悪だった……。日々疲れ果てながら、何とか一日一日を過ごしていた……。
そんな私が異世界に転生し、斬首刑に処せられるアメリアとして生きるだなんて。どこまでもついてない私の人生……。不幸な結末を迎える二つの人生が、一つに重なったような感覚だった。そんなことを考えていた時、私の頭にスッとゼノンの声が届いてきた。
「本当にあんな場所に行かれるのですか?」
ゼノンが言っている『あんな場所』とは、王宮のことである。ミランダ王妃の回復を祝した舞踏会が、今から開催されるのだ。
「仕方がないじゃない」
「ドレスはどうされるのですか?」
そう、私はドレスなど持っていない。正確に言えば逃げる時に着ていたドレスが一着だけあるのだが、アリアとして行く以上、そんなものを着られるはずがない。前回、王妃を助けるために王宮を訪ねた時は、オズワルドの妻から借りた町民の服を着たのだが、今回もそうするしかなく、同じ服を着ている。
「別に、隅っこの方で座っているだけだから」
「いらぬお節介ですが、アメリア様は重罪人扱いされているのですから、できるだけ目立たぬようにしてくださいね」
こんな忠告をしてくれるのも、私を心配してくれてのことだろう。
悪い気はしないが、四つも年下の男の子に心配されるのもいかがなものかと思った。
「用が済んだら一刻も早く帰ってくるから、安心して待っていて」
「安心などできません。ずっと祈って待っていますので、必ずやご無事でお戻りください」
「大げさな、大丈夫よ」
そう強がってみたものの、ゼノンの言葉通り私も不安でいっぱいだった。老け顔メイクにカツラとメガネ、姿だけは三十代半ばのアリアだが、中身はもちろん二十一歳のアメリアなのだ。いつか正体がばれるのではとハラハラする。
とりあえず長居は無用だわ。ゼノンが言うように、目立たぬようにするのが一番。
そう自分に言い聞かせていると、玄関先が何やら騒がしくなってきた。馬の蹄の音が聞こえてきたので、迎えの馬車が到着したに違いない。
王宮の立派な馬車が街外れの民家に止まる光景は、あまりに不釣り合いなものだった。近所の人たちがわざわざ家から出てきて、物珍しそうな顔をして馬車の周りを取り囲み始めた。数多の好奇な目にさらされながら、私は王宮補佐官のシビルに案内され、馬車へと乗り込んだ。
もうすでに、目立ってしまっている……。
馬車の客室で、私は小さくため息をついたのだった。
※ ※ ※
城に着き、シビルに案内され王宮内を歩いてると、令嬢たちがこちらを見ながらひそひそと話す声が聞こえてきた。
「ほら、あの人よ」
「何でもネリ公国出身の魔法使いらしいわよ」
「でも、聖女セレナ様を差し置くなんて……」
私は聞こえないふりをしながら、ドレスで着飾った令嬢たちの前を通り過ぎていく。もうすでに、ネリ公国出身だという話も広まってしまっている。こんなウソ、そのうち暴かれるに決まっている⋯⋯、そう考えると足が震えてきた。
「それにしてもアレクシオ王子は、舞踏会での二曲目、一体誰と踊るのかしら?」
「一曲目は社交辞令、二曲目こそ本命よね」
「決まってるじゃない、二曲目は聖女セレナ様よ」
「そうよね。王子はセレナ様にご執心だから」
令嬢たちの会話を小耳に挟んでいる時、廊下の向こうから、見慣れた女性が歩いてきた。その女性は、ひときわ目立つ赤いドレスを身にまとった聖女セレナだった。彼女はツカツカと高いヒールを鳴らしながら、こちらへと向かってくる。すぐにシビルは道を開け、それに倣って私も脇へ寄った。セレナが私たちの横を通り抜けようとした時、シビルが頭を下げながらこう述べた。
「こんにちはセレナ様、今日もなんとお美しいことか」
「そう、ありがとう」
セレナはにっこりと微笑んだ。
私も正体がバレないように低い声色を出して挨拶した。
「こんにちは、セレナ様」
するとセレナは、きつく私を睨むと、何も返事をせず、代わりに聞こえよがしに「はぁ」と不満そうなため息をつき通り過ぎてしまった。
あからさまなセレナの態度に不快感を持った私は、気を取り直すため、思ったことをそのまま口にした。
「セレナ様は私のことがお嫌いなようですね」
「確かに……、冷たい態度でしたね。セレナ様は、アレクシオ王子のお気に入りですので、最近特に我が物顔での振る舞いが目立ちます」
そう述べるとシビルは、まずいことを言ってしまったという顔をした。
「どうか今言ったことは内密にしておいてください」
「もちろんです」
意外な気がした。小説の中でのセレナは、主人公の聖女らしく誰からも愛される女性だった。明るく純粋で、困ったことがあってもくじけない聖女、つまりは皆が応援したくなるような女性だったのだ。けれどそれは、小説で描かれている上辺だけの姿なのだろうか。実際には、シビルのようにセレナのことをよく思っていない人もいるようだった。




