第6話 王子からのお届け物
(アメリアside)
私が宮廷から帰ってくると、オズワルドの息子、ゼノンが心配そうに尋ねてきた。
「アメリア様、正体がバレずに済みましたか?」
玄関ドアからすぐの台所にある古びた椅子に座った私は、こう返事をした。
「大丈夫だったと思う」
疲れ果てた私はカツラを取りながらそう答えた。老け顔メイクにメガネ、それとこのカツラ……。本に書いてあるとおりだった。
「なんとか別人のアリアになりすますことができたはずよ」
それにしてもこんなカツラ、よく店に置いてあったものだ。なかなかこの手のものは売っていない。ちょうどいい具合に白髪が混じっているカツラなんて……。
本当にラッキーだった。
「それで、ミランダ王妃は無事に助かったのですか」
「ええ」
「王妃が死ななかったということは、これでアメリア様が処刑されることなどなくなったのですね」
ゼノンの若くて整った顔は真剣そのものだ。おそらく本当に私のことを心配してくれているのだろう。年下の男の子が、私のことを気遣ってくれるなんて、どことなくこそばゆい。
「だといいんだけど、まだ毒を盛ったのは私だと思われてるみたいだから」
「真犯人は一体誰なんでしょうか」
「分からない、全く分からないわ」
今私は、ゼノンの家で身を隠している。お金がなくても身を隠せるところということで、オズワルドに紹介をしてもらったのだ。オズワルドからは、息子は絶対に信用のできる男だから安心してほしいと言われた。その言葉通り、ゼノンは誠実そうな青年だった。歳はまだ十七歳と聞いているので私より四歳も若い。魔法高等学校の三年生で、成績は首席だそうだ。
「ねえ、ゼノンはそんなに勉強もできて、さぞかし女の子にモテるでしょ」
急な私の質問に、ゼノンははにかんだ顔をした。
「そんな、全くモテません」
嘘に決まっている。もし私がゼノンの同級生だったら、ほっとけないくらいのイケメンなのだから。
「彼女はいるの?」
「おりません」
「だったら好きなタイプは」
「……」
本当に可愛い男の子だ。でもこれ以上思春期の男の子を刺激するのはやめておこう。私も二十一歳、ゼノンとは四つしか違わない。当分の間は、同じところに住むわけだから、万が一変な気を起こされても困ってしまう。まあ、信用できるオズワルドの息子だから、大丈夫なのだろうけど。
そんなことを考えている時だった。入口の呼び鈴が鳴った。
「ここに人が訪ねてくるなんて、誰だろう」
ゼノンが首を傾げながら玄関に向かう。そしてすぐに慌てた様子で戻ってきた。
「アメリア様、大変です」
「どうしたの?」
「アレクシオ王子の使いと名乗る男が来ています」
「何ですって」
私は焦った。
「私の居場所がどうして分かったのかしら」
捕らえられるしかないのか……。
将来のこと、すなわち斬首刑に処せられることを想像すると、目の前が真っ暗になってきた。
そんな私の不安を感じ取ったのだろう。ゼノンは慌ててこう言った。
「使者はアメリア様に会いに来たのではないようです」
「どういうこと、それなら誰に会いに来たと言うの?」
「男は、アリア様に会いたいと言ってきています」
何ということだろう。城からここに戻る際、居場所が特定されないように、慎重に回り道をして帰ってきたはずなのに。こうも簡単にバレてしまっているなんて。
「どうしましょう」
「とりあえず男を通すしか……」
「じゃあ、時間を稼いで。アリアに変装するわ」
「変装ですか?」
「そうよ。このままだとアメリアだとバレてしまうじゃない」
ゼノンは私の顔を見つめこう言った。
「今、アメリア様は、まだ老け顔メイクをされたままですよ。王宮から戻ってきたところですから」
言われてやっと気づいた。それほど焦ってしまっていたのだ。
「そうだったわ。とりあえずはラッキーが続いてるわね」
私はあわてて白髪交じりのカツラをかぶり、メガネをかけ、アリアの姿になった。
「では、使者を招き入れますね」
「お願い」
「万が一の時は、僕が命にかえてでも何とかしますので、安心してください」
「ありがとう」
そう言ったが、ゼノンに迷惑をかけるわけにはいかない。もし私がアメリアとバレたら、私だけでなく、匿っているゼノンにも迷惑をかけてしまう。そう考えると、ことの重大さに体が震えてきた。
女優よ。私は女優なのよ。
心のなかで呪文のようにそんな言葉を唱え続けた。
「お姉さん、入ってもらいますね」
こういう時のために、ゼノンは私の弟だということにしている。彼にも演技をさせるのだから、色々と不安要素は尽きない。
「どうぞ」
姿を見せたのは、先ほど王宮でも会ったアレクシオ王子の側近、シビルだった。
「王妃を救ってくださり、本当にありがとうございました」
部屋に入るなりシビルは深々と頭を下げた。
「実は王子からアリア様にお届け物がございます」
「お届け物?」
「はい」
そう言うとシビルは小さな箱を私に差し出した。
「何ですかこれは」
「開けてみてください」
言われるがままに箱を開けると、中には驚くものが入っていた。
「どうぞ手に取ってください」
「これは……」
「王家に伝わる秘宝のネックレスでございます」
「……」
「こんな高価なもの受け取れません」
「これは、アレクシオ王子のご指示です。受け取ってもらわなければ私が困ります」
「けれど……」
私は目の前にある宝石を見て困惑していた。その宝石が大粒のルビーだったからだ。
ここグランデ王国では、男性が女性にルビーを送る場合、愛の告白として使われる事が慣例なのだ。王子はその慣例を知っているのだろうか。いや知らないわけがない。ルビーを受け取るということは、その女性は男性の愛を受け入れたという意味になる。
「ごめんなさい、何とかお返しする方法はないのでしょうか」
「何度も申しますが、お断りされると私の立場がありません。どうか……」
シビルは差し出した手を引っ込めようとしない。
「何としてでも受け取ってもらいます」
私は渋々、シビルからネックレスの入った箱を受け取るしかなかった。
「ありがとうございます。それから……」
「まだ何かあるのですか」
「はい、近々王妃の回復を祝した舞踏会が開かれる予定です」
「舞踏会?」
「もちろんそこにはアリア様も出席していただきます。是非、そのネックレスをお付けになっていただければと思います」
身の安全のため、アレクシオ王子とは、関わらない方が……。
でも、断れる雰囲気ではない……。
「具体的なことが決まりましたら、また打ち合わせに参ります」
そう言い終えたシビルは、特に不可解な様子も見せずゼノンの家を後にしてくれた。
「ふぅー、何とか凌いだわ」
私は大きなため息をついてシビルを見送った。
王家の紋章が入った箱に収められているルビーのネックレスが、私の横で輝いていた。




