第8話 王妃から母の話が
もしかして……。もともと愛されキャラの主人公だったはずのセレナが、そうでなくなってきているのだろうか。だとすれば、小説の世界観が変わりつつあるのでは……。もしそうなら、私が斬首刑になるという結末も、変えることができるかも……。本当にそんなことが可能かどうかは不明だけれど……。
わずかだが、遠い先に光が見えてきたような気がする。けれど私はまだ、王妃毒殺を試みた犯人のままでいる。今はただ、変装して逃げているだけなのだ。今日の舞踏会でも、正体がバレないように、目立たないように過ごすことが何よりも大切。
注目を浴びるようなことなど、絶対に避けなければ……。
「さあこちらです」
シビルが私を、立派な彫刻が施されているドアの中へ招き入れようとした。けれど私は、その部屋に入ることをもちろんためらった。なぜならそこは、ミランダ王妃の私室だったからだ。王妃の私室に入るなど、王族にしか許されていないこと。そんなところに、他国から来た素性の知れない平民の私が入るなんて。
「さあどうぞ、ずっとアリアさんが来るのを、王妃はお待ちになっていたのですよ」
そう言われると、断るわけにもいかない。自分の身を守るためにも、平和に穏便に、そして目立たないように……。私はそう心に誓いながら、ミランダ王妃の部屋に入った。
「失礼します」
「どうぞ」
ミランダ王妃は満面の笑みで出迎えてくれた。思った通り部屋は広く華やかで、鮮やかな琥珀色のテーブルが中央に置かれていた。そんなテーブルの横を王妃は通り過ぎ、彼女から私に近づくと、両手で私の手を握ってきた。
「本当にありがとう。あれから色々と聞きましたよ。アリアさんは奇跡を起こして私を助けてくれたのね」
「奇跡だなんて……。回復魔法を行っただけです」
「みんなびっくりしていましたよ。特に息子のアレクシオときたら、このところずっとアリアさんの話ばかりしている始末ですから」
そう言いながら、王妃は私の服に目をやった。
「あら、ドレスではないのね」
「はい。踊れませんので」
もちろん嘘だった。グランデ公爵家の私は、ダンスが大好きで、屋敷には何着もの新作ドレスを揃えているほどだ。
「それは、いけないわ」
王妃はそう言うと、部屋の入り口に立つ女性に声をかけた。
「メアリーすぐにアリアさんにドレスを準備してちょうだい」
「はい」
「私のドレスを使ってくださいね。もちろん、まだ着ていないものを」
「お、王妃のドレスを、このお方にですか?」
メアリーは驚いた顔をした。
「そうよ。サイズも変わらないようだし」
「ちょっと、お待ちいただけますか」
私は慌てた。
「王妃様のドレスなど、滅相もございません」
「いいえ、ダメよ。今日の舞踏会は、アリアさんが主役なのだから。あなたには思いっきり目立っていただかないと」
結局私は、メアリーが持ってきたドレスに着替えることとなった。
ドレスの色は上品な薄紫……。
薄紫はミランダ王妃のお気に入りで、皆が色被りしないように避けている色だ。
「素敵よ。こうやってアリアさんを見ると、なんだか昔のお友達を思い出してしまうわ」
「お友達ですか」
「ええ、グランデ公爵家のソフィアよ。こうして見ると、どこかあなたと似ているわ」
「……」
私は絶句してしまった。なぜなら、ソフィアとは亡くなった私の母の名前なのだ。確かに母は、ミランダ王妃と懇意にしていたことは知っていた。けれど、ここで急にその名前が出てくるとは予想もしていなかった。しかも、今の私に似ているだなんて。
「ソフィアとは楽しい思い出がたくさんあるわ。彼女は精霊と話ができたので、面白い話をたくさん聞かせてくれた」
母が精霊と話ができた?
そんなこと、聞いたこともなかった。精霊と話ができるということは、母は魔力を持っていたということ?
魔法が使えないはずの母が……。そんなことあるはずが……。一体どういうこと?
「アリアさんも精霊と話したりできるの?」
「あ、はい」
「やっぱりそうなのね。では、魔の森に行ったこともあるの? あそこには精霊がいるのでしょう」
「はい……」
「実は息子のアレクシオが、魔の森で精霊に会っているらしいの」
「王子も精霊が見えるのですか?」
「いえ見えないわ。正確に言うと、精霊は見えなかったけど、そこにいるのが分かったと言うのよ」
「どういうことでしょうか?」
「実はね……」
王妃が話し出した内容は、私にとって衝撃的なものだった。アレクシオ王子は、十歳の時に魔の森で迷い、そこで精霊と話すことができる少女に助けられたというのだ。
私は六歳の時、魔の森で瘴気に侵された少年を助けている。その少年は、ちょうど十歳くらいだった。まさか……。
「アレクシオ王子は、魔の森で瘴気に侵されてしまったのでしょうか?」
「瘴気? いえ、そんな話は聞いたことがありません」
アレクシオ王子が瘴気に侵されていないのなら、私が助けた男の子と王子は別人だ。私はどこかすっきりとしない気持ちで当時の少年の姿を思い返していた。どことなく、あの少年の顔がアレクシオ王子と似ているようにも思えた。
「さあ、そろそろ舞踏会が始まる時間だわ。会場に行きましょうか」
「はい」
私はそう返事をすると、ミランダ王妃から借りた薄紫色のドレスを着て、会場へと向かった。
どうか、目立ちませんように……。私は心の中で、そう唱え続けた。




