第45話 お墓参り、そして……
翌日、私は母のお墓へと向かった。今日が命日だったこともあるし、母に報告しなければならないこともあったからだ。
お供えの花を墓前に手向け、まずは母の隣に新しく立てられたお墓に手を合わせた。
「ミレーヌ聖女、どうか安らかに⋯⋯」
じっと目をつぶっていると、後ろから声を掛けてくる人がいた。
「ちょっと、縁起でもないことをしないでよ!」
そう述べたのはネリ公国の聖女、ミレーヌだった。
「私はこうしてまだ生きているのだから、変なことはやめてよね!」
ミレーヌは、私の悪い冗談を分かってくれた様子で、怒りながらも笑顔を見せている。
ビッグラプチャーを修復し、力尽きて倒れてしまったミレーヌだったが、その後彼女は奇跡的に命を取り留めていた。そして、今ではすっかり元気になっている。
「きっとソフィアが助けてくれたのよ」
ことあるごとに、ミレーヌはそう言っていた。そんな彼女は、母にお礼を言うため、命日に合わせて私と一緒に墓参りをすることとなったのだ。ちなみに、母の横にある新しいお墓は、九死に一生を得たミレーヌがいつ亡くなってもいいようにと、自分で事前に建てたものだった。
「さあ、ソフィアにちゃんと手を合わすのよ」
ミレーヌに促され、私は母の墓前にひざまずいた。
母に報告をしなければ……。目をつぶり、じっと心のなかでこう伝えた。
『お母さん……、私、お母さんが願ってくれた幸せな道を歩めないかもしれません。お母さんはきっと、私が大聖女としてではなく、平凡な女性として、幸せに結婚することを願ってくれていたのだと思います。けれど、今の私は皆から大聖女だと崇められ、時に命をかけて結界を修復しなければならない立場になっています。ですから、おそらく私は、お母さんと同じように早死にする運命にあると思います。それに私は、お母さんが望んでいた幸せな結婚にも縁がありません。昨日もゼノンから結婚を申し込まれましたが、断ってしまいました。私にはどうしても気になる人がいるからです。そんな自分の気持ちに嘘をついてまで、他の人と結婚する気にはなれないのです。でも、その気になる人は、私のことなどなんとも思っていません。そんなつらい状況から逃れるため、私は別の場所で暮らそうと思っています。そのことをご報告したくて、今日はこの場所に参りました。お母さんは、私が修道院へ行くことに賛成してくれますか?』
そう念じていると、後ろに人の気配を感じた。そっと目を開けて後ろを振り向いた。するとそこには、母の墓前で私が頭に思い浮かべていた男性が立っていた。
一つ大きく息を吸い、やっと言葉を発することができた。
「アレクシオ王子、どうしてここにおられるのですか?」
「アメリアの母上にお願いしたいことがあって来たんだ」
「お母さんに、お願いしたいこと?」
「私がアメリアにどうしても会いたくなってしまい、まずは母上にその許しを頂こうと思って……」
王子はそう述べてから付け足した。
「それに、アメリアに対する非礼の数々を……、君の幸せを天から願っている母上に謝りたくてここへ来たんだ。すると、偶然ここで君に会ってしまった……」
「偶然……」
「ね、前に言ったでしょ」
割って入ったのは、ミレーヌ聖女だった。
「これは偶然ではないわ。ソフィアが出合わせたのよ。ソフィアは間違いなくあなたのことを見守っているのよ」
そう言えば、ここで偶然ミレーヌ聖女と会ったこともある。その結果、私は呪いの橋渡しを手に入れることができた⋯⋯。
「君は変装し、危険を冒してまで、王妃の命を救ってくれた。そして、こんな私を何度も救ってくれた……」
「……」
「最後に私は、君から呪いを解くおまじないを受けた。変わった指輪をはめた時、頭の中を電流が駆け巡った。その後、どうしてだか分からないが、私の呪いは解けてしまっていた」
やはり……。少しセレナのことを憐れんだが、これで良かったのだと思い直した。結局セレナは自分の道を自分で選んで死んでしまったのだ。
「いったいアメリアは、何をして私の呪いを解いてくれたのだ?」
「それは……」
自分の身代わりで誰かが死んだなんて知ったら、良い気がしないに決まっている。
「私がしたのは、単なるおまじないです。だから、もし呪いが解けたのであれば、それは私の力ではなく、神様が導いてくれた結果だと思います」
「そうか、言えない理由なのだな。おそらく私のことを思ってのことだろう。私の目は節穴だ⋯⋯。セレナの言葉を信じてしまい、アメリアの本当の姿を見ていなかった⋯⋯。君は本当に優しい人だ……。私は今までそんなことも気づかずに⋯⋯、ひどい事を君にしてしまった⋯⋯」
「そんなこと……」
しばらくの沈黙の後、アレクシオ王子は突然こんな言葉を口にした。
「……どうか私に、償わせてほしい」
「え?」
「これまでの無礼を、私の一生をかけて、償わせてくれないか?」
「償いなんていりません」
「いや、一生をかけて償いたい……」
「一生だなんて……」
「一生だ……。だから……」
王子はここで言葉を止め、大きく息を吸いながら私を見つめてきた。
「だからアメリア、どうか私のそばに一生いてくれないか?」
「え?」
「一生をかけて君を守り抜く。大聖女は、人々の犠牲になり、不幸な人生を歩んでしまう人がほとんどだ。でも、そんな大聖女であるアメリアが決して不幸にならないように、どんなことをしてでも⋯⋯、自分の立場を利用してでも⋯⋯、人から何と言われようが、王族の権力を使ってでも⋯⋯、大切な君を守り抜く。だからアメリア、私と結婚してほしい」
「償いで結婚だなんて……、私に恩返しなど必要ありません。王子は本当に好きな人と結婚してください」
「恩返しで結婚を申し込んでいるのではない。そんな気持ちではない」
「……」
「天国にいるアメリアのお母さんの前で誓う。何があっても必ず君を幸せにする。だから私と結婚してほしい」
なんと答えればいいのだろう……。アレクシオ王子が好きだったのはアリアであって、アメリアではないはず。
お母さん、どうしよう⋯⋯。
すると、雲の間から太陽が姿を現し、明るい光が二人を照らし始めた。
「ちょ、ちょ、ちょっと」
突然そう声を出したのはミレーヌ聖女だった。あまりのことでミレーヌの存在を忘れてしまっていた。
「ちょっと、私、急用を思い出したので、先に⋯⋯、先に、帰ります!」
そう言うとミレーヌは、慌ただしくこの場を去っていった。
頭上にある太陽が、光を絞り、舞台を灯すかのように残された二人だけを照らしている。そんな中で、アレクシオ王子が真っ直ぐ視線を向けながら口を開いた。
「正直に言う⋯⋯。私はいつも、目をつぶると、自然とアメリアの笑顔が頭に浮かんでくる⋯⋯。その顔が笑っているだけで、私はこの上もなく幸せな気持ちになる⋯⋯。実は⋯⋯、恥ずかしい話だが⋯⋯、眠りにつく前に毎日願っていることがある⋯⋯。アメリアが⋯⋯、夢に出てきてくれないかと⋯⋯。だが、願いに反して、君はあまり出てきてくれない⋯⋯。それでも、たまに君と夢で会えた朝は、とても幸せな気持ちになる⋯⋯。けれど、その後に必ずこう思う。夢ではなく、現実の世界でアメリアと会えたなら、どれほど幸せだろうかと⋯⋯」
ここまで話したアレクシオ王子は、いったん口を閉じた。呼吸を整えているように見える。
「君を誰かに渡すつもりはない⋯⋯。ずっと、ずっと私のそばにいてほしい」
「⋯⋯私は、アリアではなく、アメリアですよ。王子が愛しているのはアリアです⋯⋯」
そんな私の言葉に対し、アレクシオ王子ははっきりと言った。
「私の夢に出てくる女性はアリアの顔ではない。いつも出てくるのは、アメリア⋯⋯、君の顔だ、君の姿だ」
「⋯⋯」
固まってしまった私に王子は接近すると、私の体に腕を回してきた。私の腕も王子の体に自然と伸び、気づけば私たちはお互いを強く抱きしめ合っていた。
そしてアレクシオ王子は、アリアにではなく、アメリアの姿をした私に初めて唇を重ねたのだった。お母さんの見ている前で⋯⋯。




