第42話 王子とアメリア
人々があっけに取られながら、私の本当の姿を見つめている。そんな中、セレナは勝ち誇った顔で言い放った。
「皆様、見ての通りこの女はアリアではありません。王妃の食事に毒を入れたアメリアなのです!」
私は下を向いていたのだが、セレナが私の髪を掴みながらひっぱり上げ、皆に私の顔をさらした。
「アレクシオ王子、この女は王妃を殺そうとしたばかりではなく、王子をも騙していた極悪人です。今この場で処刑してはどうでしょうか」
アレクシオ王子は、じっと私の顔を見つめていた。
「アリアが……、アメリアだったなんて……、そんな……」
王子のこわばった顔を見て、私は確信した。結局、物語のストーリーは変えられなかった⋯⋯。最後に私は、何も変えることができず、斬首刑に処せられる運命だった……。だったら、あの『呪いの橋渡し』を使うのは、今なのかも⋯⋯。私があの指輪をはめれば、少なくとも王子の命は救われる⋯⋯。
「王子、ちょうど皆様もお集まりのことですし、良い見せしめになりますわ。王妃の命を狙った罪人なら、斬首刑が当然ではないでしょうか」
ミレーヌ聖女に救っていただいた私の命……。でも、その結果、こんなことになってしまうなんて……。
「さあ処刑台を持ってきて!」
セレナの言葉で王宮職員たちが動き出し、私が上着の左ポケットから『呪いの橋渡し』を取り出そうとした時だった。
「待て」
声を出したのはアレクシオ王子だった。
「王子、待つ必要などありません、この女をさっさと葬ってしまいましょう」
「黙っていろセレナ!」
王子の強い言葉を受けて、セレナは固まってしまった。
「王妃の事件については、まだまだ調べる必要がある」
「……」
「昨日確認したところ、毒を入れた人物はアメリアになりすましていた可能性が高い」
「なりすましですって、そんなわけありません!」
「いや……、毒を入れた犯人は、アメリアの靴ではなく別の真っ赤な靴を履いていたのだ」
明らかにセレナの目が泳ぎはじめた。
「しかも仕立て屋を調べると、アメリアのドレスが、二着作られていることも分かった」
確かに昨日、私は王子にしっかりと調べてほしいとお願いした。でも、たった一日でここまで調べてくれていたなんて……。
「それとセレナ、君からアメリアに対する悪い噂を聞かされていたが、それも真っ赤な嘘だったことも確認できたよ」
セレナは下唇をかみ、眉間にシワをよせている。
人々の注目は、今や私ではなく、セレナへと移っていた。
「だから何? まるで私が犯人とでも言いたいのでしょうか? 証拠はあるのですか? 証拠もないのに犯人扱いしないでもらいたいわ!」
セレナは開き直ったかのように激昂していたが、逆に人々はこうつぶやき始めた。
「赤い靴って……、セレナ様しかはかない靴よ……」
「それに、ドレスが二着もあったなんて……」
「アメリア様は命をかけて結界を修復してくれたお方。王妃に毒を盛るなんて考えられないわ……」
そんな周囲の声に押されたのだろう。セレナは、頬を引きつらせながら吐き捨てるように言った。
「ふん、このままでは私が犯人に仕立て上げられそうですわ! でしたら私にも考えがあります! 聖女を欲しがる敵対国など山ほどあるのよ! 今にあなたたち全員が後悔することになるわよ!」
そう息巻くと、セレナはくるりと背を向けた。彼女の背中は私からどんどんと離れていく。そして、セレナは足早に空中庭園から姿を消してしまった。皆、セレナの行動にただただ驚くばかりで、彼女を引き止める者は誰もいなかった。
その場で一人残された私に、アレクシオ王子が近づいてきた。もう私は、アリアではなくなってしまった……。今まで王子が、何の興味も示してこなかったアメリアに戻ってしまった……。しかも、事情はどうであれ、私は王子を騙していた……。そんな私に、王子が良い感情を持っている訳がない。昨日もアメリアの名前を出しただけで、あれほど不機嫌になっていたのだから⋯⋯。何かお咎めを受けてしまうに違いない⋯⋯。
ずぶ濡れの私は、無理やりメイクを剥ぎ取られ、ボロボロになった顔で地面にへたり込んでいる。そんな姿の私に、王子は膝をつき、視線の高さが私と同じになるように身をかがめた。
王子は、じっと私の汚れた顔を見ている。その目は何かを確かめようとしているようだった。それからいったん目をつぷり、そして目を大きく見開いた。
「アリアさんの本当の姿を知り、私もやっと謎が解けました」
王子の手が、私の肩に触れた。
「アリア……、いやアメリア……本当の君の年齢は⋯⋯」
王子が息を吸い込み、こう続けた。
「魔の森で私を救ってくれた少女は、君だったんだ……」
私はなんと返事をすればいいのか分からなかった。もう、この姿になってしまったのなら、アメリアではないと装う必要もなくなったのだろうけど⋯⋯。でも、私は、王子に嫌われているアメリア⋯⋯。王子いわく、根性が腐っている女⋯⋯。
アレクシオ王子が目をつぶり頭を垂らしながらつぶやいた。
「私は⋯⋯、自分の大恩人に何ということをしてしまったのだろうか⋯⋯。今までの数々の非礼⋯⋯、すまなかった⋯⋯。謝って許されるものではないが⋯⋯、今はこれしか言えない⋯⋯、本当に、すまなかった」
王子の頭が、地面に付きそうなほどに低くなった。
「アレクシオ王子、どうかお顔を上げてください」
王子は顔を上げ、私をまじまじと見つめてきた。そんな王子の姿を見ていると、私にとって何か嬉しいことが起こる予感がした。一度は壊れてしまった二人の関係も、誤解が解けたことで修復できそうな気がしてきた。
だけど、そんな明るい未来に反するように、王子の顔が急に歪むと、胸を押さえながら咳き込み始めた。
「大丈夫ですか?」
王子の状態を見て、『呪い』という言葉が、真っ先に私の頭に浮かんできた。まさか、また瘴気に侵され始めたのでは⋯⋯。
しばらくすると、ようやく王子の咳が止まる。そして、王子の口からは、こんな言葉が出てきたのだった。
「アメリア、君とは今日でさよならだ」
アレクシオ王子はそう言うと、私の濡れた髪をそっとなでたのだった。




