第37話 アンコロさんだ!
(アメリアside)
ネリ公国に来て一週間が過ぎた。アレクシオ王子はまだ元気にしているのだろうか……。ゼノンはちゃんと魔法学校に行ってるのだろうか……。
私は今、一時的にミレーヌ聖女の家に居候させてもらっている。落ち着くまでの間、置いてもらえることになったのだ。
「アメリア、今日はいったい何を作ってくれたの?」
ネリ城から戻ってきたミレーヌが、皿の上にあるものを見て尋ねてきた。
「あんころ餅よ」
「あんころ餅? 変わった名前ね」
「とても美味しいから食べてみて」
ミレーヌはじっと皿の上に乗っている濃い小豆色をした楕円形の物体を見ている。しばらくして、すっと手を伸ばしてそれを手で持つと、口へと頬張った。卵ほどの大きさのものを一口で入れてしまったため、ミレーヌは頬を膨らませながら噛み続けている。ようやく彼女はあんころ餅を飲み込むと、じっくりと味を確かめるように目を閉じた。そして、目を見開いた時、ミレーヌはパッと電気を灯したような笑顔を見せた。
「なにこれ? 中に別のものが入っている……。おいしい!」
ミレーヌはあんころ餅を絶賛し続けながら食べてくれた。二人でお腹いっぱいに食べ終えたとき、彼女がこんな話をはじめた。
「今この国ではね、ファン王子の妹のことで話が持ちきりなのよ」
「へえー」
「王子の妹は、呪いで目が見えなかったのだけど、急に見えるようになったの」
「え?」
呪いで目が見えない⋯⋯もしかして、あの子のことでは⋯⋯。
「王子の妹の名前は、何と言うの?」
「ロゼよ」
ロゼ……。あの子、ファン王子の妹だったんだ……。それにしても良かった。しっかりと見届けていなかったから心配していたのだけれど、ちゃんと目が見えるようになったんだ。
「治癒魔法使いのマリアーヌが、ロゼを治癒したのよ」
「マリアーヌが治癒した?」
「今やマリアーヌの株は急上昇中よ。もう私の居場所はないくらいだわ」
そう言ってミレーヌは複雑な顔をしながら笑った。
それにしても、なぜマリアーヌがロゼを治したことになってるのだろうか……。まあ、ロゼの目が見えるようになったのなら、そんなことはどうでもいいけど……。私はとにかく、自分の命を守るため、目立たないようにしなければならない身だし……。
「それとアメリア……」
ミレーヌは表情を引き締めた。
「明日、私と一緒にネリ城へ行ってくれる? ファン王子が、私たちに話しがあるそうよ」
「王子が?」
「ええ、何やら重要な話らしいわ」
何だろう……、悪い予感しかしない……。なにしろ私は、『呪いの橋渡し』が欲しいなんて言ってしまい、かなり王子の機嫌を損ねてしまったのだから。
※ ※ ※
翌日、ミレーヌと私は、言われるままにネリ城へと赴いた。広間に通されると、ファン王子とマリアーヌが並んで座っていた。それに王子の左隣にもう一人女の子が座っている。ロゼだった。
ロゼはしっかりと目が見えているようで、ちゃんと私に視線を合わせてきた。けれどロゼは、私がアンコロだとは気づいていないようだ。あの時、顔を見られる前に部屋を出て行ったので、当然といえば当然なのだが。
「ミレーヌ聖女、エルフィンド王国の結界に小さな穴ができたそうだ」
ファン王子は不機嫌そうな顔をしている。
「あちらの聖女が魔力を弱めているらしく、ミレーヌに助けを求めてきている」
「私にですか?」
「ああ、小さな結界だ。修復に行ってくれるか?」
「……分かりました」
「それでミレーヌ、お前はそのままエルフィンド王国に留まってくれ」
「留まる?」
「これからもエルフィンド王国では、お前の力が必要なはずだ。当分の間、向こうで暮らすがいい」
「私がネリ公国を離れれば、この国の聖女が不在になってしまいますが……」
「それなら心配はいらない。ネリ公国にはマリアーヌがいる」
「……」
「マリアーヌは、呪いをも解くことができる大聖女クラスの魔法使いだ。聖女の代わりなど充分に務まる」
「……私はもう、この国には必要ないということですね……」
「まあ、隠しても仕方がない。はっきり言えばそういうことだ」
ファン王子はそう言い終えると、私に目を向けた。
「それとお前、お前もミレーヌと一緒にエルフィンド王国へ戻れ」
有無を言わせぬ言い方に、私は何も答えることができなかった。ふと王子の隣を見ると、マリアーヌが目を細めながら笑っていた。私たちが追いやられていることが嬉しくて仕方がない様子だ。本当に、どこまでも嫌な感じのする女だ。
ただ、私としては、ファン王子の言う通り、エルフィンド王国に戻るなんてもってのほかだった。私の正体はバレる寸前で、今帰れば自ら進んで斬首刑に処せられに行くようなものだ。どうすればいいのだろうか⋯⋯、そう考えていた時、宰相のアブドルが現れた。アブドルは足早に王子の前へ来ると、直立不動で一礼した。
「エルフィンド王国から、使者が参りました」
「通せ」
アブドルは頭を深く下げ、すぐさま部屋を後にする。
それにしてもエルフィンド王国の使者とは、誰なのだろうか? 私を知らない人ならいいのだけれど⋯⋯。もし、知っている人なら、その場で私は捕り押さえられるかもしれない。
再びアブドルが部屋に戻ると、後ろに男が一人付いてきている。その男を見た瞬間、私はあまりのことに心臓が止まりそうになってしまった。アブドルと一緒にやってきたのは、アレクシオ王子の補佐官、シビルだったからだ。
私はできるだけシビルに目を合わさないように下を向いていたが、そんなことでこの身を隠せるわけがなかった。シビルはすぐに私に気づいたようで、向こうも唖然としながら私を見つめ始めた。
「アリアさん、ネリ公国にいたのですか?」
「……」
「アレクシオ王子が、どれほど心配されていることか……」
王子が心配してくれているということは、まだ私がアメリアだと気づかれていないということか……。ほんのわずかだが、ほっとした。
「シビルさん、あなたはこの女と知り合いなのですか?」
マリアーヌが初めて口を開いた。
「はい。アリアさんは我が国の魔法使いです」
「魔法使いですって? この女は魔法が使えないと言っていましたわよ」
「いえ、使えますが……」
「……私たちを欺いていたのね。アリア、どういうことなのか説明してくださるかしら」
「申し訳ございません」
今まで黙り込んでいた私は、この場で初めて声を発した。
「その……、あまり目立ちたくなかったのです」
「目立ちたくないとは、どういうことなの!」
「えっと、何と言うか……」
私がシドロモドロになってしまっていると、思いもよらない人物が声を上げた。
「この声は! アンコロさんだ!」
目を向けると、そこにはぼう然と私を見つめるロゼの姿があった。




