第38話 ファン王子のお礼
「アンコロ?」
ファン王子が首をひねり、何かを思い出そうとしていた。
「ロゼ、もしかしてアンコロというのは、お前の呪いを解いたという魔法使いのことか?」
「そうよ。この声に間違いないわ」
ファン王子は、あ然としながら私を見た。
「お前の本当の名前は、アンコロというのか?」
「え、あ、あだ名です。なので、そう呼ばれるときもあります」
「それで、妹の呪いを解いたというのは、本当か?」
もう、これ以上隠し通せる雰囲気ではなかった。
「……はい。でも、たまたま、うまくできただけなのですが……」
「たまたまですって!」
声を張り上げたのは、マリアーヌだった。
「この嘘つき女が!」
「……」
「ファン王子、だまされてはいけません。この女はロゼ様をたぶらかしているだけです。呪いを解くなんて、こんな聞いたこともない年増な女にできるわけがありません」
「確かに……。国中の、いや周辺国を含めた名だたる魔法使いたちでさえ妹の呪いを解くことはできなかった。それを、この女はたまたまできたと言っている。そんな言葉、すぐに信じろと言われても信じられることではない……」
「ロゼ様の目を治したのは、この私よ。アンコロだかなんだか知らないけど、どうせ大したことのない魔法使いなはずよ」
ひどい言われようだったが、別に私は自分の力をひけらかすつもりなど全く無い。今は逃げ回っている身なのだし、むしろ地味に目立たないようにして生きていくつもりだ。なので、マリアーヌの挑発的な言葉には乗らず、じっと黙って彼女の話が終わるのを待っていた。でも、このだんまりがいけなかったようで、ますますマリアーヌは語気を荒げてきた。
「ふん、都合が悪くなったら黙り込むわけね! 呪いを解くなんて、簡単にできることではないのよ! 伝説の大聖女にでもなったつもり!」
「⋯⋯」
「まだ、黙っている気ね! そういえばエルフィンド王国には、毒を盛られた王妃を救った魔法使いがいると聞いているわ。聖女セレナでも救えなかったのに、その魔法使いは簡単に救ったそうじゃない。あなたもそんな魔法使いに憧れているのでしょ。だから、このような嘘をついてしまったのね。ふん、可哀想な人だわ!」
目立たない、目立たない⋯⋯。私がそう心のなかでつぶやいている時だった。
「あのー」
申し訳なさそうな顔をしながらシビルが口を開いた。
「アリアさんのお力を見誤れているようですのでお伝えしておきます。今、貴方様が話しておられた王妃を簡単に救った魔法使いというのは、ここにおられるアリアさんですよ」
「えっ?」
血相を変えて怒っていたマリアーヌの顔が冷たく固まった。
だが、正直言って私はここで自分の魔法自慢などするつもりはない。今私が一番願っていることは、平穏無事にこの難局を乗り切ることだけ⋯⋯。だからお願いシビル、もうこれ以上不必要なことは言わないで⋯⋯。そう心の中で祈っていたのだけど⋯⋯。そんな祈りも届かず、シビルは聞かれてもいないのにこんなことまで話しだした。
「それと、アレクシオ王子が瘴気に侵された時も、簡単に浄化したのはここにいるアリアさんです」
「瘴気を⋯⋯、簡単に浄化ですって⋯⋯、本当なの?」
「本当です」
なぜかシビルが自慢げな顔でそう答えた。
「そんなこと、大聖女にしかできないことよ⋯⋯」
マリアーヌの顔はすっかりと青ざめてしまっている。これまでの会話で、やっとマリアーヌも、ロゼの目を治したのは自分ではなかったと気づいたのだろう。今までの勢いが嘘のようになくなり、今はただ唇を噛みしめじっと下を向くだけになってしまった。
そんなマリアーヌに追い打ちを書けるようにロゼが口を開いた。
「アンコロさんの魔法はすごいんだよ。体の中がすごく気持ちよくなって、そしたら急に、目の中に光が入ってきたの。そして目が見えるようになったのよ。⋯⋯でも、マリアーヌさんの魔法は全然気持ちよくなかった。それに、目に光も入ってこなかったわ」
そんなやりとりをじっと聞いていたファン王子が、目を見開き私を見つめだしたかと思うと、こんな言葉をつぶやいた。
「やはり……、妹の呪いを解いたのは、アリアさん、あなただったのか……」
やはり? 私は思わず吹き出しそうになってしまった。今までそんなこと、一切思ってなかったはずなのに。ただ、ファン王子の言葉でどことなく穏やかになってきた空気も、次のロゼの言葉で一変してしまう。
「でもね」
ロゼは不思議そうに私を見ている。
「アンコロのお姉ちゃんは、二十一歳だったはずなんだけど……」
これには正直、生きた心地がしなかった。ロゼの耳が確かなことは、誰もが知っているはず⋯⋯。そして私は、確かにロゼの言う通り二十一歳だ⋯⋯。こんな老けた二十一歳はいない⋯⋯。そう、このロゼの言葉の意味していること、それは私が三十五歳に見えるように老けメイクを施し、変装しているという事実が明らかになってしまうということ⋯⋯。もし変装がバレてしまえば私は捕らえられ、その先に待つのは言わずもがな斬首刑⋯⋯。こんなところで、私の実年齢が暴かれてしまうことになるとは⋯⋯。やはりストーリーを書き換えることなど、無理だったということか⋯⋯。そう思い、捕らわれることを覚悟をしている時だった。先ほど、私への態度を急に変え始めたファン王子が、こんな言葉を口にしたのだ。
「年齢などは、どうでもいい。そんなことを調べるより、誰がロゼの目を見えるようにしてくれたのか、それが分かれば充分だ」
ファン王子の偉そうな態度にはさんざん嫌な思いをしてきたけれど、このときだけは王子の姿が輝いて見えた。そういえばロゼがこんなことを言っていた。『私の推しはお兄ちゃんで、とても優しい人』だと。もしかしたらファン王子は、私に何か事情があると勘づいて、あえて私の年齢に踏み込まなかったのかも⋯⋯。さすがにそれは考えすぎだろうか⋯⋯。真実はわからないが、ファン王子の言葉に救われたことは間違いなかった。
多少の感謝の意を込めてファン王子の姿を眺めていると、王子は椅子から立ち上がり、私に近づいてきた。なんだろうと構えていると、王子は私の眼の前で立ち止まり、そのまま膝をついて座り込んだ。
「何をなさるのですか」
王子の姿を見て、宰相のアブドルが声を上げた。なんとファン王子は、両ひざを床につけたまま、私に向かって自分の頭を深く下げ始めたからだ。
「どうか俺を許してくれ。アリアさんに対する無礼の数々、大変申し訳ないことをした」
私は当然ながら、王子の姿にびっくりし、慌ててこう言った。
「頭をお上げになってください」
「いえ、ロゼの恩人であるあなたに対して、俺はとんでもないことをしてしまった……」
ファン王子は、ひざをついたまま振り返ると、椅子に座るマリアーヌに向かってこう告げた。
「お前もアリアさんにしっかりと謝るんだ!」
「私は謝らないわよ。何も間違ったことはしていないもの」
「無礼な言葉遣いをしていただろ」
「自分の気持ちを正直に述べただけです!」
「そうか……。だったら仕方がない。マリアーヌは強制労働に赴いてもらうことにする」
「強制労働ですって!」
マリアーヌの顔が青ざめた。
「たったこれだけのことで、どうしてそんな大げさなことになるのですか!」
「これだけのことだと? ロゼを救い、アレクシオ王子の恩人でもあるアリアさんをお前は侮辱したのだぞ! このままでは我が国の一大事になるところだ。なので、お前はそれなりの罰を受けてもらう必要がある」
「嫌よ! 強制労働なんか絶対に嫌!」
「だったらアリアさんにしっかりと頭を下げ、お許しを乞うんだ。お前が謝らないのなら、俺はお前を罰するだけだ」
マリアーヌは唇をかみしめ、悔しさいっぱいの顔をしている。けれど椅子に座りながら彼女は口を開いた。
「……すみませんでした」
マリアーヌの、蚊が鳴くような声が聞こえてきた。
「ここに来て、しっかりと、膝をついて謝れ!」
ファン王子のイラついた声が響いた。
しばらくじっとしていたマリアーヌだが、王子の視線に何かを察したのだろう。椅子から立ち上がり王子の隣に来ると、顔を真っ赤にしながらその場に膝をついた。そして唇を震わせ、こう言った。
「アリア様、申し訳ありませんでした。どうか愚かな私をお許しください」
その言葉を聞き、ようやくファン王子が顔を上げた。
「どうだろう。これで許していただけないだろうか」
私はすぐに答えた。
「もちろんです。ですから、どうぞお立ちになってください」
「ありがとう。アリアさんの寛大な心に感謝します。では、次はロゼに対するお礼をさせてほしい。俺にできることなら何でもする。何か欲しいものを言ってください」
「別にお礼はいりません。ただ、気になることがあります」
「なんですか?」
「どうしてミレーヌ聖女が、この国から追い出されるようなことになっているのですか?」
「それは……、俺が愚かでした。もちろん発言は撤回します。許してくれミレーヌ」
そう述べた時のファン王子の視線が、ほんのわずかだがマリアーヌに向けられたのを私は見逃さなかった。マリアーヌは、冷や汗をかきながら下を向いていた。その一連の行為で、誰の望みでこんな話になったのかは、充分すぎるくらいに分かった。
「アリアさん、このまま何もお礼をしないのであれば、俺には立つ瀬がありません。頼む、何か欲しいものを言ってください」
「それでは……」
私はずっと頭にあった物を、思い切って言ってみた。
「呪いの橋渡しが欲しいです」
前に欲しいとお願いし、こっぴどく怒らせてしまったものだ。けれど、今度は違った。私の願いに対しファン王子は即答した。
「わかりました。ロゼの目が治れば、俺にあの魔道具はもう必要ありません。あの魔道具はあなたに差し上げます」
「ありがとうございます」
やった! 思わず私は、心の中でそう叫んでしまった。これで、アレクシオ王子の呪いを解く道が開けたからだ。けれど、まだまだ乗り越えなければならない問題がある。指輪を使い、王子から呪いを移された人物は、その後必ず死んでしまうことになるのだから……。まだ今の時点では、安易にこの魔道具を使うことなどできない……。何とか他人を犠牲にせずに、王子の呪いを解く方法はないのだろうか⋯⋯。そんなことを考えていると、ロゼの声が聞こえてきた。
「アンコロお姉ちゃん、このままエルフィンド王国に行っちゃうの?」
私がミレーヌ聖女に顔を向けると、ミレーヌは小さく頷いた。エルフィンド王国の結界を破れたままにしておくわけにはいかない⋯⋯、それに指輪を手に入れた今、アレクシオ王子に会う必要もある……。シビルの様子から判断すると、まだ私がアメリアだとは気づかれていないようだし⋯⋯。
私は、うつむき加減のロゼに答えた。
「うん、ちょっと用事ができたの」
「そうなんだ。寂しいな」
ロゼはそう言うと、ファン王子に向ってびっくりするようなことを話し始めた。
「アンコロお姉ちゃんにはね、エルフィンド王国に推しがいるのよ」
「おし?」
ファン王子は、何のことだかわからない様子だった。
「お姉ちゃんの推しって、アレクシオ王子なの?」
「うん……」
否定することなどできなかった。なぜなら、推しに失礼な気がしたから……。
「お姉ちゃんはね、推しのアレクシオ王子とキスをしたんだって。それに、それ以上のこともしたんだよね」
「し、してません」
私の血液は逆流し、めまいを起こしそうになってしまった。心臓がドキドキして、体中が熱くなってきた。
「アレクシオ王子と……。キス……。それ以上のこと……」
気がつけば、なぜかシビルが虚ろな目でそう呟いていたのだった。




