第36話 アンコロはどこに?
(ファン王子side)
執務室の椅子に座るファン王子は、頭を垂れながら一つ大きくため息をついた。あれほど期待していたマリアーヌの治癒魔法も駄目だったなんて⋯⋯。やはり古書にある通り、伝説の大聖女でも現れない限り、どうすることも出来ないのだろうか⋯⋯。そう考え、うなだれている時だった。執務室に宰相のアブドルが駆け込んできた。かなり慌てており、言葉がうまく出てこない様子だった。
「フ、ファン王子、た、た、大変です」
「どうした?」
「そ、そ、それが」
「落ち着いて話せ」
「いえ、落ち着いてなんていられません。ロゼ様が……」
「ロゼがどうしたんだ?」
「ロゼ様の目が、見えるようになっております」
「な、なんだと! 確かなのか!」
「はい。こちらをご覧ください」
アブドルが示す執務室の入り口に、ロゼが一人で入ってきた。手にはもう杖を持っておらず、目をしっかりと見開きファン王子に焦点を合わせている。
「お兄様……」
「ロゼ、見えるのか? 本当に見えるのか?」
反射的にファン王子が勢いよく立ち上がり、おかげで椅子は後ろに倒れてしまった。
「ええ。お兄様のお顔、思っていた以上にステキよ」
ファン王子はロゼに駆け寄ると、膝を床につけながら抱きしめた。
「どうしてだ? どうして急に見えるようになったんだ?」
「アンコロさんに治してもらったのよ」
「アンコロ?」
「うん、一人で展示室にいたら、アンコロさんが来て、私に魔法をかけてくれたの」
「魔法? 魔法で目が見えるようになったのか?」
「そうよ」
ロゼの呪いを、魔法で解いたというのか……。この国に、そんなことのできる魔法使いがいたのか?
いや、いない。
今までどれだけ探しても、そんな魔法使いなど、この国どころか他国でも見つけることはできなかった。
では、誰が?
「アンコロというのは、名前か?」
「うん」
「そのアンコロは、今どこにいる?」
「それが分からないの。目が見えるようになった時には、もういなくなっていた」
「顔は見たのか?」
「見ていない。……けど、歳は二十一歳だと言っていた。分かっているのはそれだけ」
ファン王子は、すぐさまアブドルに命じた。
「アンコロという名の魔法使いが、この国にいるのかどうかすぐに調べてくれ。歳は二十一歳だ」
「かしこまりました。登録名簿がございますので、すぐにわかると思います」
だが、アブドルが調べた結果、ネリ公国にアンコロという名の魔法使いは存在しなかった。魔法使いばかりでなく、アンコロという名の国民など一人もいなかった。他国に関しても可能な限り調べてみたが、そのような名の魔法使いを見つけることはできなかった。
「アブドル、とりあえずはロゼを医務室に連れて行ってくれ。そしてロゼの視力がどのくらい回復しているのか、詳しく調べてくれ」
「かしこまりました」
「それと、マリアーヌをここへ呼んでくれるか」
治癒魔法使いの第一人者であるマリアーヌなら、アンコロに心当たりがあるかもしれない……。それにしても、本当にロゼは魔法で目が見えるようになったのだろうか? もし、そんなことができるとすれば、そのアンコロという魔法使いは大聖女に違いない⋯⋯。
しばらく経つと、マリアーヌが姿を見せた。ファン王子が事情を説明すると、マリアーヌは大きく頷きながらこう述べてきた。
「私の魔法が遅れて効果を表したに違いありません」
「遅れてだと?」
「はい、魔法には速攻型と遅延型がございます。今回の魔法は、新しく習得したものです。まだつかめていませんでしたが、どうやら効果が遅れて出てくることもあるようです」
「では、アンコロという魔法使いは?」
「アンコロなど聞いたこともありません。もし、アンコロが呪いを解くような魔法使いでしたら、とっくに知れ渡っているはずです。私はそのような名前の魔法使いなど聞いたことがございませんし、私以上に治癒魔法が長けている者など、この国にはおりません」
「確かに⋯⋯」
「ロゼ様は、たまたまその女性と遊んでいただけだと思います。もし本当にアンコロという女性がロゼ様の目を治したのなら、本人から申し出てくるはずです」
今日、マリアーヌはロゼに治癒魔法を施している。そして二時間ほど経過すると、ロゼは目が見えるようになっていた。普通に考えれば、マリアーヌの魔法が効いたということに違いない。
「マリアーヌよくやった。褒美をつかわすぞ」
「ありがとうございます」
「何なりと望みを言うがよい」
「では……」
マリアーヌは口元をゆるめ、こんな希望を述べてきた。
「ミレーヌ聖女を、どこか遠くへ追いやっていただけませんか」
「なに? ミレーヌを?」
「はい。私、あの人が苦手なんです」
聖女のミレーヌを追い出せと⋯⋯。仲が良くないことは知っていたが、できれば避けたい願いだった。けれど、ロゼの目を治したマリアーヌのたっての願いだ、無下にするわけにはいかない⋯⋯。
「そうか……。わかった、考えておくとしよう」
「よろしくお願いいたします」
そう言うと、マリアーヌは目を細めながら微笑んだのだった。




