第35話 ロゼに会う
(ファン王子side)
ファン王子がアリアに、『治癒魔法使いだけを探している』と言ったのには理由がある。それは、妹であるロゼを思ってのことだった。妹のロゼは、呪いが原因で、つらい障がいを持ってしまっていた。ファン王子は、なんとかそれを治せないものかと、各地の高名な魔法使いを呼び寄せ、様々な治癒魔法を試みたのだが、満足の行く結果を出せる者など誰もいなかった。もちろん、他にも可能性のあることはすべて試した。魔法薬や魔道具を、各国から取り寄せてもみた。けれど、何を試しても、どれも期待に添えない物ばかりだった。
「お見えになりました」
そう言いながら、アブドル宰相が十歳の少女を連れて現れた。少女は左手でアブドルの肘を持ち、右手には長めの杖を持っていた。そして少女は、誰とも、どんな物体とも視線を合わすことなく立ち続けていた。なぜなら彼女は、目が見えなかったからだ。
「よく来たロゼ。今日も付き合ってもらうぞ」
「はい、お兄さま。ロゼのためにいつもありがとうございます」
「さあマリアーヌ、さっそく習得した治癒魔法をやってくれ」
「わかりました」
そう答えると、マリアーヌはロゼを寝台に寝かせた。そして、自分の両手のひらをロゼの目の上へと当て、ぶつぶつと呪文を唱え始めた。
しばらくの間、ファン王子は黙ってロゼの様子をうかがっていた。けれど、マリアーヌの治癒魔法でロゼの視力が回復しているようには見えない。
五分ほど経過した。
呪文を終えたマリアーヌは、下を向きながらつぶやいた。
「申し訳ありません。うまくいかなかったようです」
「⋯⋯そうか」
マリアーヌは、横目で王子の顔色をうかがいながら言葉を足した。
「大変申し上げにくいのですが……。私はこの国随一の治癒魔法使いです。その私の治癒魔法が効かないのであれば……」
「……もうよい、それ以上は言うな」
ロゼの目は、呪いが原因で見えなくなっている。そして今の常識では、呪いを解くことなど不可能とされている。しかし最近になり、王子は一冊の古書を見つけた。そこには、呪いによって視力を奪われた者が、大聖女の魔法によって回復した例が記されていた。その古書を頼りに、今回マリアーヌを他国にまで赴かせたのだ。妹の目を治す治癒魔法を習得させるために……。
しかし、今回も良い結果とはならなかった。もうこうなれば、『呪いの橋渡し』にかけるしかないのか……。ただ、あの魔道具を使うと、誰かが妹の代わりに犠牲となってしまう。できれば使いたくない魔道具だった。
マリアーヌが部屋を出ると、ファン王子は妹の側に寄り添い言葉をかけた。
「ロゼ、申し訳なかったな」
「私なら大丈夫よ」
「ロゼ、安心しろ。俺がお前の呪いを解いてやる。ロゼの目を見えるようにしてやるから」
「うん。でも……、私、知ってるの。みんながもう無理だと言っていることを……」
「無理などではない。皆が無理だと言っても、俺は絶対にあきらめない。だからお前もあきらめるな」
そう言うとファン王子は、妹をしっかりと抱きしめたのだった。
※ ※ ※
(アメリアside)
ミレーヌ聖女と別れて二時間が過ぎた。ミレーヌは三時間ほどで戻ると言っていたので、あと一時間も残っている。
ネリ城の図書室には、たくさんの本が並んでいた。けれど、日本で暮らしていたときからマンガと乙女小説以外は読まなかった私なので、堅苦しい本を読むのは苦行でしかなかった。
あー、何か美味しいものを食べたいな……。こういう時、甘いおやつか何かがあればいいのに……。
そう考えると、無性にあんこが食べたくなってきた。今度、あんころ餅でも作って、ミレーヌ聖女にふるまおうかしら……。そんな想像をしていると、頭の中があんころ餅でいっぱいになってしまった。
じっとしているより、少し歩いてみた方がいいかも……。
そう思った私は、図書室を抜け出し、城内を探索してみることにした。十メートルほど歩くと、ドアが開きっぱなしになっている部屋があった。そっと中を覗いてみると、部屋にはずらりと立派な彫刻が並んでいる。そして、彫刻たちと一緒に、一人の少女がそこに立っていた。少女は彫刻に触れながら、それを手でさすっていた。
私は自然と部屋の中に足を踏み入れ、「こんにちは」と少女に挨拶した。少女の顔がこちらを向いたが、目の焦点は私に合わなかった。よく見ると少女は右手に長めの杖を持っている。
「こんにちは」
少女は挨拶を返してきた。そして突然こう言ってきた。
「お姉さん、何歳か言い当ててみようか?」
「えっ? 私の歳を言い当てるの?」
「うん、私、目が見えないから、その人の声を聞くと、だいたい何歳か分かるのよ」
「本当? じゃあ当ててみて」
「もう少しそばに来て、たくさん声を聞かせて」
「こう」
私は言われるがままに少女の目の前に立った。
「何かお姉さんの話を聞かせて」
「何の話をしよう?」
「恋の話が聞きたい」
「え? 恥ずかしいよ」
「お願い、そういうの知りたいの」
「分かったわ、特別に教えてあげる」
そう言うと私は、アレクシオ王子とのことを話し出した。
「お姉ちゃんにはね、推しがいたの」
「推し? 何それ?」
「推しとはね、この人すごいって、他の人におすすめしたい人のことを言うのよ」
「へぇー、じゃあ私の推しはお兄ちゃんだ」
「お兄さん、素敵な人なの?」
「うん、とても優しい」
「そうなんだ」
「それで、お姉さんは推しとお付き合いしてるの?」
「推しはね、遠くで眺めているだけでいいの。だからお付き合いなどしなくていいのよ」
「遠くで眺めてるだけ? その人とキスしたりしなかったの?」
「………し、したよ」
「したの? どこで?」
「どこでって、二人で劇を見て帰りに、道でチュッとされた」
「へえー。それ以上のことはした?」
「へ? そ、それ以上?」
「好きな人とキスしたら、もう止まらないって聞いたことがあるの。だから、お姉ちゃんも止まらなかったんじゃないかなと思って……」
「し、したよ」
もちろんしていないのに、変な見栄を張ってしまった。
「したんだー!」
これ以上、この話題を進めるわけにはいかないと思った私は、急いで話を元に戻した。
「もうたくさんお話ししたけど、私が何歳だか分かった?」
「うん、だいたい」
「じゃあ何歳?」
「二十一歳、かな」
今、私は三十五歳のアリアに扮している。でも本当の私は、この子の言う通り二十一歳……。
「すごい、当たってるよ」
「やっぱりね」
少女は得意そうに言った。
「私の名前はロゼ。お姉ちゃんは?」
「私? 名前はア……」
名前を言いかけて、止まってしまった。あらゆることに目立ってはいけないと思ったのだ。そして、とっさに出てきた名前は……。
「名前は、アンコロよ」
「アンコロ? 変わった名前ね」
「……そうでしょ」
それにしても、この子の目は⋯⋯。
打ち解けてきたと感じた私は、気になっていることを尋ねてみた。
「ロゼちゃんは、目が不自由だよね。どうしてそうなったのかわかるかな?」
「呪いにかかってるらしいの」
やはり……。見た感じからの想像だったが、思った通り呪いが原因だった。昔、一度だけ目の見えない子供を魔法で治したことがある。その子も、同じように呪いで目が見えなくなっていた。アレクシオ王子のようなひどい呪いは治すことができないにしても、このくらいの呪いなら……。
「ねえ、お姉ちゃん魔法使いなんだけど、あなたに魔法をかけてみてもいい?」
「いいけど、どんな魔法?」
期待させて駄目だったらロゼを落ち込ませるだけ……。
「ちょっとしたおまじないの魔法、悪いことは何も起きないから、安心して受けて」
「分かった」
「では、始めるわよ」
指輪を外すと、風のようにスッと、魔力が私の体に入り込んできた。両手でロゼの目を覆う。魔力を込めると、私の手が白く輝き始めた。
「うわ、なんだか心地いい」
ロゼは声を出した。
けれど私は、集中するために黙って魔法をかけ続けた。そして、ロゼの中に溜まっていた何か得体のしれないものが消え去るのを確認すると、私はそっと手を離した。
「どう?」
「うわっ、なんだかとても眩しい」
うまく目が見えるようになってくれればいいのだけれど……。
そう願っている時だった。部屋の外から男性の声が聞こえてきた。
「ロゼ様! どこにいらっしゃるのですか! ロゼ様!」
誰かが少女を探している。外の切迫した声を聞くと、ロゼと一緒だと面倒なことになりそうな気がした。
なので私は、「じゃあね」とロゼに声をかけ、逃げ出すように部屋を出たのだった。




