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第34話 ネリ公国

 ネリ城に着くと、白髪混じりの男が私たちを出迎えてくれた。男はこの国の宰相で、アブドルと名乗った。

「ロンスター王は公務で不在のため、代わりにファン王子がお会いになられます。あと、マリアーヌ様もご一緒の謁見になりますが、よろしいですか?」


 アブドルの言葉に、ミレーヌ聖女はわずかだが表情を曇らせた。

「まあ、マリアーヌが帰ってきたのね」


「はい、先ほど戻られたばかりです」


 私は気になって尋ねた。

「マリアーヌさんとは、どういう方なのですか?」


「治癒魔法使いよ」

 そう答えると、ミレーヌはアブドルに顔を向けた。

「確かマリアーヌは、他国で魔法を学んできたのよね」


「さようでございます」


 長い廊下を歩き、突き当たりの部屋で私たちは足を止めた。なんだか、先ほどのミレーヌの態度を見ると、マリアーヌという女性に対してあまりいい印象を抱いていないようだった。治癒魔法使いと言っていたが、一体どんな女性なのだろう⋯⋯。


「しばらくこちらでお待ちいただけますか。ファン王子がお見えになりますので」


 私とミレーヌは、言われた通り扉の前に並んで立っていた。それにしても悪い噂しか聞かないファン王子とこれから会わなければならないなんて⋯⋯。

「ファン王子と会うなんて、なんだか緊張します」

 私は正直に気持ちを伝えた。


「大丈夫よ。噂ほど悪い人ではないから」

 私の気持ちを見越したのか、ミレーヌ聖女は目配せをしながら微笑んでくれた。

 そんな時だった。私たちのそばに一人の女性が近寄ってきた。女性が赤いドレスを着ていたので、一瞬聖女セレナかと思い、心臓が飛び出しそうなくらいに驚いてしまった。けれど顔をよく見ると、別人だったのでほっと胸をなで下ろした。


「まあ、ミレーヌ聖女ではありませんか。お久しぶりです」


「マリアーヌ、元気だった?」


「はい。三ヶ月も他国へやられて大変でしたわ」


「それだけ期待されているのよ。で、目的の治癒魔法は習得できたの?」


「ええ、もちろん」


「それは……、ファン王子もお喜びになるわね」


「でも心配ですわ。このままでは、私がこの国で一番偉い魔法使いになってしまいそうですもの」


「そうね、私も歳だし、聖女の座はあなたに早く譲りたいわ」


「まあ、聖女だなんて。聖女はミレーヌ様にお任せしますわ。私は今のまま、楽なポジションでいたいですから」

 マリアーヌはそう言うと、視線を私に向けてきた。

「この人は誰?」


「友人のアリアよ。エルフィンド王国から来たの」


「エルフィンド王国……」

 マリアーヌは、品定めするように私を見ている。

「あなた、魔法使いなの?」


 私はそっと左手小指の指輪を触りながら答えた。

「いえ、魔法は使えません」

 母の教えを守り、今は魔法を封じている。ひっそりと生きることが、私の生命をつなぐことになるのだから……。


「魔法が使えないなんて、さぞかしファン王子はがっかりするでしょうね」


 どうして魔法が使えないと、ファン王子はがっかりするのだろうか? 聞いてみたかったが、マリアーヌの態度がどことなく高圧的に感じられたので、黙っていることにした。するとマリアーヌは、じろじろと私の服を見ながらこう付け加えてきた。

「アリアさんと言いましたね、良いことを教えてあげますね。いくら大国のエルフィンドから来たといっても、そんな格好でファン王子に会うのはたいへん失礼なことですよ」


 私はできるだけ荷物を少なくするため、服は動きやすい質素なものしか持って来ていない。

「申し訳ありません」

 小さな声でそう答えながら心のなかでつぶやいた。『あなたの派手すぎる赤いドレスも、失礼に感じる人もいると思いますが⋯⋯』けれど、もう変な争いを起こしたくなかった私は、もちろんそんな言葉を飲み込んでいたのだが。すると宰相のアブドルが改めて姿を見せた。


「ファン王子がお見えになりました」


 扉が開かれると、マリアーヌがまず一番に部屋に入り、私たちはその後に続いた。部屋の奥を見ると、一人の男性が椅子に腰掛けている。色黒で、精悍な顔をした青年だった。年はまだ二十代前半か……。おそらく、あれがファン王子に違いない。あまり良い噂を聞かないファン王子とは、どんな人物なのだろうか。

 はじめに挨拶をしたのは、私たちの前に立つマリアーヌだった。

「ファン王子、ただいま戻りました」


「よく戻った」

 低くて高圧的な声色だった。

「ところで、俺が要請した例の治癒魔法の件はうまくいったのか?」


「はい。ご期待に添えると思います」


「そうか! では早速この後、試してもらうぞ!」


「はい、喜んで」


「で、その後ろの女は誰だ?」

 ファン王子が鋭い視線を私に向けてきた。

 私は焦りながら自己紹介しようとしたが、その前にミレーヌ聖女が口を開いた。

「アリアと申します。私の友人でエルフィンド王国から連れてまいりました」


「ほう、ミレーヌの友人か……、ならばお前も、相当の魔法使いなのだろうな?」


 私は、ファン王子の傲慢な言葉遣いに萎縮し答えた。


「……いえ、魔法は使えません」


「使えないのか……。ミレーヌ、俺が治癒魔法使いだけを探していることはよく知っているだろう。なぜ魔法が使えない女などを連れてきたんだ」


「はい……」

 ミレーヌ聖女は言葉に詰まっている。


「で、お前」

 ファン王子は私を見た。

「お前は、いったい何ができる?」


「……料理少々と、掃除が得意です」


 それを聞いたマリアーヌが高笑いをはじめた。

「まったく役に立ちそうにない女ね」


 私が黙っていると、ミレーヌ聖女が助け舟を出してくれた。

「王子、アリアは私の大切な友人です。どうか私に免じて、この国に置いていただけませんでしょうか?」


「まあ、よかろう。好きにしろ」

 ファン王子はあまり興味がなさそうに答えた。王子の態度から、私などどうでもいい存在だと思っていることが、ありありと感じ取れる。

「ではマリアーヌ、さっそくだが習得した治癒魔法を施行してもらうぞ」


「わかりました」


「お前たち二人は、もうさがっていい」


 私は焦った。ファン王子と話す機会など、そうはないはずだ。もしかすると、今後二度と話などできないかもしれない。なので、こわごわだったが思い切って尋ねた。


「ファン王子は『呪いの橋渡し』という魔道具をお持ちだと聞きました。できればそれをお譲りいただけないでしょうか?」


「なんだと? 俺の魔道具を譲れだと?」

 王子の顔が明らかに不機嫌になった。


「まあ、なんと図々しい女でしょう」

 マリアーヌも同調してくる。


「ただでとは申しません。相応のお代金は支払わせていただきます」


「ふざけるな! 俺の大切なコレクションを渡せるわけないだろうが!」


「そうよ! 強欲にも程があるわ!」


「そうですか……。大変失礼なことを言い、申し訳ありませんでした」


「不愉快だ! さあ、お前たちはもうさがれ! これからマリアーヌと大事な用事がある。邪魔をするな!」


 追い立てられるような言葉を受けながら、私たちは急いで部屋を出ることとなった。やはり、そう簡単には『呪いの橋渡し』を手に入れられそうにはない……。しかも、仮に魔道具を手に入れたとしても、それでアレクシオ王子を救えるかどうかも定かではない。なにしろ、『呪いの橋渡し』を使って王子の呪を解くには、他人の命を犠牲にしなければならないのだから……。


「うわさ通りの王子でしたね」

 廊下を歩きながら、私はミレーヌ聖女にそっとつぶやいた。

「いつもあんなに偉そうな感じなのですか?」


「まあ、そうね。でも、あれでもなかなか人に優しいところもあるのよ」


「そうですか? まったくそんな風には見えませんでしたが」


 ミレーヌ聖女は私の言葉に微笑むと、こんなことを話してきた。

「私はこれから、お城で用事があるの。三時間ほどかかるので、その間ゆっくり待ってもらってもいいかしら」


「分かりました」


 蔵書がたくさん並ぶ図書室に案内され、結局私はそこで、三時間を潰すことになってしまった。


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