第33話 母のお墓で
母の墓前に姿を現したのは、ネリ公国のミレーヌだった。
「ミレーヌ聖女、どうしてこんなところに」
「ソフィアのお参りをしようと思って」
そう言うとミレーヌは、抱えていた花束を母の墓前に供えた。立派な花束だった。そのまま手を合わせ、じっと目をつぶってお祈りを終えたミレーヌは、改めて私に顔を向けてきた。
「旅に出るような格好をして、あなたこそどうしたの?」
私は正直に話した。もうエルフィンド王国から逃げ出さなければならない状況であることを。事の詳細を聞き終えたミレーヌは、こんなことを述べてきた。
「きっとソフィアが、私とアメリアを会わせたのね。ソフィアは今も、空の上からそんなことをする人なのよ」
そう言われればそんな気もする。国から逃げ出そうとしたこの日に、母の墓前でミレーヌ聖女と出会うなんて、偶然にしてはできすぎている。天国にいる母が仕組んだことに違いない……。
「私と一緒にネリ公国へ行きましょう。それがあなたのお母さん、ソフィアの思いよ」
そう言われる前から私の気持ちも決まっていた。
「そうします。よろしくお願いします」
私の返事を聞いたミレーヌは優しく微笑むと、こんな話を付け加えてきた。
「ソフィアのお墓の横、空いているでしょ」
「はい」
「そこは、私が死んだときに入る場所としてとってあるのよ」
「……」
ミレーヌ聖女からしたら異国の地であるこんな場所にお墓を……。どうしてなのだろう……。不思議に思ったが、ミレーヌからそれ以上の説明はなかった。
「さあ行きましょう」
「ご迷惑をおかけします」
「そんなこと気にしないで、さあ乗ってちょうだい」
ついに私はミレーヌの馬車に乗り込み、そのままネリ公国へと向かったのだった。
※ ※ ※
ネリ公国は、もともとはエルフィンド王国の公爵だったロンスター公が統治している小国である。自然豊かな国として名高く、結界の力が特に強い国としても知られている。あと、公国の王子はかなりの変わり者で性格が悪いことでも有名だった。
客車の中、並んで座るミレーヌ聖女に、思い切って母のことを聞いてみた。以前、ミレーヌ聖女は母がどうして死んだのか知らないと言っていた。けれど、その時の彼女の顔を見ると、知らないというよりも伝えられないといった様子だった。そしてミレーヌは、母に借りがあるとも言っていた。
「ミレーヌ聖女、どうして母は亡くなったのでしょうか?」
しばらく黙り込んでいたミレーヌだったが、やがてこんなことを話し始めた。
「以前のネリ公国は、とても結界が脆弱で、常に瘴気が降り注いでくるような危険な国だったの。当時の私は、聖女として日々結界の修復に追われていたのよ」
私はじっと、ミレーヌ聖女の話を聞いていた。
「そんな時、ついにビッグラプチャーと呼ばれる巨大な結界の亀裂が出現してしまったの。それは、過去に何人もの聖女が命を落としながら修復したとても危険な亀裂なのよ。前にこう言ったわよね。『偉大な聖女、特に大聖女と呼ばれる人たちは、皆不幸な死に方をする』と。これはね、大聖女がいつもビッグラプチャーを命がけで修復しなければならないからなの」
「⋯⋯」
「ビッグラプチャーが出現した時、当然人々は聖女である私に亀裂の修復を懇願してきたわ。このままビッグラプチャーを放置していると、私を含めネリ公国の人々は瘴気で全滅してしまうのだから。そのため、私としてもその修復を断ることなどできない状況だったのよ。そんな時、エルフィンド王国からソフィアがやってきてくれたの。私を助けるために……。『一緒にやりましょう』と言ってくれたわ。一刻の猶予も許されなかった私たちは、すぐさま二人で巨大な亀裂の修復を始めた。あらぬ限りの聖なる力を注ぎ込んで……。結果、無事にビッグラプチャーの修復には成功したのだけれども⋯⋯。私たちは二人ともその場に倒れこみ、起き上がることもできなくなってしまった……。そして、意識を取り戻した時にこう知らされたわ。倒れた二人の聖女のうち、一人は亡くなってしまったと……。ソフィアは亡くなり、なぜか私だけが生き残ってしまったのよ……。ソフィアが修復したこの結界は、今では異常なほど強固なものになっている。あの時から、一度もネリ公国の結界が亀裂したことはないの。私にそんな力はない。ソフィアが、それだけの魔力を注ぎ込んでくれたのよ」
話し終えたミレーヌの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
前にミレーヌが、母には借りがあると言っていたけれど、こういうことだったのだ……。
しばらく私は、母を思いながら馬車に揺られ続けた。子供の頃によく聞かされた母の言葉を改めて思い出した。
『魔法が使えなくなっても、アメリアの価値は何も変わらないのよ。魔法など使えなくなった方が、幸せな場合もあるの。アメリアの人生にとってはその方がずっといいのよ』
そんな適当な言葉を言い聞かせてくる母のことを、私は嫌っていた。その言葉を聞くたびに、私は母から顔を背けたり、わざとらしくため息をついたりしたものだ。魔法が使えなくなってしまった喪失感、そんな私の気持ちを母は全く理解してくれていないと思っていた。でも、違ったのだ。私の不満げな態度に接しながら、いつも母はやさしく同じことを繰り返し述べてきた。『魔法など使えなくなった方が幸せよ』と。
客車の窓から空を見上げると、雲のすき間からちょうど太陽が姿を見せたところだった。太陽の光を見ていると、今も母が天国から私を見守ってくれているような気がしてきた。逃げることしかできなくなった私だけれど、まだまだなんとかなるかもしれない⋯⋯。母の言葉と、その時のやさしい笑顔を思い出すと、まとわりついていた不安は薄らぎ、どことなく前向きな気持になれたのだった。
一時間ほど経っただろうか。すでにミレーヌも普段の表情に戻っている。私は、もう一つ別に気になっていたことを彼女に尋ねることにした。
「呪について教えてほしいのですが……」
頭の中に、アレクシオ王子の顔が浮かんでいた。
「呪いを解く方法をご存知ですか?」
「呪いを解くなんて不可能よ」
やはり、アレクシオ王子は助からないということか……。
「でもね」
ミレーヌ聖女はゆっくり話しだした。
「呪いは解けないけど、移すことなら可能なのよ」
「どういうことですか?」
「呪いを移す魔導具があるの。『呪いの橋渡し』と呼ばれるもので、この世に一つしか無い貴重な魔道具よ」
「でしたら、それを使えば呪われた人も助かるのですね」
「そうだけど……、でも『呪いの橋渡し』は恐ろしい物でもあるの」
「恐ろしい?」
「ええ。呪いを移す効果は一度だけ。つまり移された側は、どんな手を使っても、もう呪いは解けなくなるの」
「移された人は必ず死ぬのですね……」
「そう……。だから簡単に使える魔道具ではないわ」
確かに恐ろしい魔道具だ……。けれど、それを使えばアレクシオ王子を助けることができる……。
「その『呪いの橋渡し』はどこにあるのでしょうか?」
「ネリ公国にあるわ」
「えっ」
私が今向かっている場所にあるだなんて……。天のお導き……、いや、やはりお母さんが導いてくれたとしか思えない……。
「ネリ公国のファン王子が持っているはずよ」
「ファン王子……」
私は小さく息を吐いた。
「あまり評判が良くない王子ですが、実際そうなのですか?」
「……確かに少し変わっているわね」
そんな話をしていると、私たちの乗った馬車はいつの間にか国境を越えていた。カラフルな屋根をした、ネリ公国特有の家々が並んでいる。
「さあ、もうすぐネリ城よ」
私は未知の国の風景を眺めながら、心の中でこうつぶやいた。
さよなら、エルフィンド王国……。もう戻ることは無いかもしれない……。
するとなぜか、私の頭の中にアレクシオ王子とゼノンの顔が一緒に浮かんできた。




