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第31話 ドレスの謎

 いても立ってもいられなくなった私は、イザベラと別れると、その日の内にドレスの仕立て屋へと向かった。特注のドレスを同時に二着準備するなど、仕立て屋にしかできない芸当だ。

 グランデ公爵家御用達の高級仕立店には、数人のデザイナーや縫製職人たちがいる。その中でも、私のドレスを担当した衣装デザイナーは、レイという業界では有名な男だった。

 日が落ちないうちにと焦りながら、足早に歩いていると、後ろからゼノンが追いかけてきた。

「待ってください。いくらなんでも一人で行くのは危険すぎます」


 ゼノンに迷惑はかけられないと、そっと出てきたのだが、私の行き先など簡単に読まれてしまっていたようだ。

「ありがとう、来てくれなくてもよかったのに」

 強がってそう言ったが、実のところ仕立店が近づくにつれ、一人で乗り込むのは無謀だったかもと心配していたところだった。日に日にゼノンがたくましく見えてくる。まだ学生だけど、やっぱり男の子だ。いつも私のことを気にしてくれて本当にありがたい⋯⋯。


「さあ、着いたわ。この店よ」

 私が手を伸ばし、店のドアを開けようとすると、サッとゼノンが前に出てドアノブを握り私を中へと導いた。

 中に入るとすぐさま店員にレイと話したいと伝えた。

 しばらく待つと、両手いっぱいに指輪をつけたドレスとタキシードを混ぜ合わせたような服を着たレイが現れた。

「まあ何ですの? 急に押しかけて私を呼び出すなんて。ここは平民が来るような店ではありませんわよ」


 アメリアには、いつもご機嫌を取りながら頭を下げていたのに、平民にはこんな態度を取っていたのね⋯⋯。レイの言葉づかいで彼の本性を知った気がした。


「私はアリアと申します。ミランダ王妃の使いできました」


「ミランダ王妃ですって!」

 レイがジロジロと私を見た。


「ここにおられるアリア様は、ミランダ王妃と懇意にしている魔法使いである。名前ぐらいは聞いたことがあるだろう」

 隣に立つゼノンが、レイに負けないほどの上から目線で言い放った。


「そういえば王妃の命を助けた魔法使いの名前が、確かアリアだったような……」

 急にレイの態度がしおらしくなった。

「アリア様、失礼をお詫び致しますわ。今日はドレスをお考えでしょうか?」


「いえ違います」

 私は率直に聞いた。

「アメリア様のドレスについてお尋ねしたいのです」


「アメリア様のドレスですって?」

 レイの顔が曇った。


「アメリア様のオートクチュールドレスを、二点作った記憶はありませんか?」


「えっ」

 レイはすぐに私から視線を外した。明らかに動揺している。


「作ったのですね?」


「そんなこと……、するわけ……」


 すかさずゼノンが口を挟んだ。

「私たちは、ミランダ王妃に毒を盛った真犯人を探しています。もしレイさんが、嘘をついたりごまかしたりするのなら、あなた自身も罪に問われることになりますよ」


「……」


「さあ、本当のことを言ってください」


「私を脅そうとしても無駄ですわ。私にだって自分を守る権利くらいあるのですから」


「レイさんは、王妃と犯罪者のどちらにつくつもりなのですか?」


 レイは黙り込み、じっと私の胸元を見た。彼の目が大きく見開いている。

「まあ、なんて素敵なルビーなの……」

 レイは吸い寄せられるような目で、私のネックレスを見つめていた。

「でしたら……、そのネックレスをいただけるなら、本当のことを話してあげてもいいわよ」


 アレクシオ王子に「さよなら」を言われてから、私はずっとこのルビーのネックレスを身につけていた。そんな大切なものを、渡せだなんて。すぐに断ろうとしたが、ふと違う思いが浮かんできた。

 でも、これは……、王子のことを吹っ切るいい機会なのかもしれない⋯⋯。


「いいわ、本当のことを話してくれるなら差し上げます」

 私は首から王家秘宝のネックレスを外し、カウンターに置いた。ネックレスから手を離した瞬間、王子の顔が浮かんできた。私は、さようならと心のなかでつぶやいた。

 レイは置かれたネックレスをすぐ手に取り、至近距離でルビーを見つめ始めた。そして、ネックレスを自分の首にかけると、すぐに自分の姿を鏡に映した。レイの目はうっとりとしていて、これ以上ないぐらい幸せそうな顔をしている。しばらくの間、首にかけた大粒のルビーを手で触り続けていたレイは、おもむろにこう言った。

「聖女セレナ様よ」


「えっ? セレナ本人がドレスを注文したの?」


「注文をしたのは、見たこともない女性だったわ。でも、その女をそっとつけたの。すると女は、出来上がったドレスをセレナ様に渡したのよ」


「本当なのですね」


「間違いないわ」


「そのことをミランダ王妃に話してもらってもいいですか」


「ええ、いいわよ。それだけの物を貰いましたもの」

 レイはまだ、王家秘宝のルビーを触り続けている。


「では、さっそく今からエルフィンド城へ向かいましょう」


「今日は駄目よ。これから大切なお客様が来るんだから」


「でしたら、明日の朝一番でどうですか?」


「わかったわ」


 そう約束を交わすと、私とゼノンは店を出た。外に出ると、夕方の涼しい空気を胸いっぱいに吸い込んでみた。ついに、潔白を証明できる時が来た。今まで逃げ回っていた私の生活も、これで終わりになる。やっとこれで、斬首刑に向かって進んでいるストーリーを書き換えることができる……。私はそう思いながら帰路についた。


  ※ ※ ※


 翌日、私は朝早くから身支度を整えていた。実を言うと、昨夜はほとんど眠ることができなかった。ついに私の潔白が証明できると思うと、気持ちが高ぶり眠るどころではなくなってしまったのだ。


「では、レイのところへ行きましょう」

 そう言ったのは、私より先に靴を履き、ドアを開けてくれているゼノンだった。ゼノンは今日も魔法学校を休んで私についてきてくれている。私のために、今まで何度休ませてしまったことか⋯⋯。早くこの問題に決着をつけて、彼を普通の生活に戻してあげないと……。でも、おそらく、こんな生活も今日で終わるはず⋯⋯。私の潔白が証明できれば、何もかも元通りの生活に戻れるはず⋯⋯。

 二人で足早に歩き、仕立店がすぐそこというところまで来た時、不思議な光景に出くわした。店の周囲に人だかりができていたのだ。


「どうしたのですか?」

 私は、近くに立つ男性に尋ねてみた。すると男性はそっけなくこう答えた。


「デザイナーが一人殺されていたらしいよ」


「えっ」

 悪い予感しかしなかった。

「何という名前のデザイナーですか?」


「レイという名前らしい。毒殺されたそうだ」


 毒殺……。


「犯人は捕まったのですか?」


「いや、まだみたいだ」


「いったい誰が……」

 一瞬にして目の前が真っ暗になってしまった。やっと私の無罪が証明されて、死刑へのシナリオが書き換わると思ったのに……。結局、運命を変えるなんて、無理だということなのだろうか……。

 目をつぶり、昨日のレイの姿を思い出していると、重要なことに気がついた。レイは、私が渡したルビーのネックレスを首にかけていた。あれは王家伝承の秘宝で、二つとして同じ物などない。

 ということは……。

 そんなルビーが死人の首に巻かれていたら、私がレイと会っていた証拠になってしまう。このままでは、王妃の事件だけでなく、今回の事件までも、私が犯人にされてしまうのでは……。これでは死刑執行を免れるどころか、ますます死刑に向かって進んでいるではないか……。

 どんなにあがいても、死刑へのシナリオは変わらないということか……。

 私はその場でぼう然と立ち尽くしていると、ゼノンがそっと私の手を引いた。

「もう帰りましょう」

 その言葉で、仕立店に集まる人々から離れようと後ろを向いた時、思いもよらない人物に出くわした。赤い服を身に纏ったセレナが、取り巻きたちを引き連れ、道を塞ぐようにして立っていたのだ。手には何かを持っている。


「アリアさん、面白い本を見つけたのよ」

 セレナは、目を細め、嫌な笑い方をした。

 私は彼女が持っている本を見て息が止まりそうになってしまった。彼女が大事そうに手に抱えていたのは、老け顔に変装する方法が書かれたあの本だったからだ。


「ここに変わったメイク術が載っていたわ」


「……」


「このメイク術を使ってメガネをかけ髪色を変えたら全く別の老けた人間になれるそうよ」


「……」


「アリアさんも、このことをご存知ですよね」


「……知りません」

 私はそう答えるのが精一杯だった。

 様子を見ていたゼノンが、会話を遮るように声をかけてきた。

「姉さん、行きましょう!」

 ゼノンが私の手を引き、聖女セレナの横を通り過ぎようとした。


「待ちなさい!」

 セレナが手を広げ、私たちの行く手を阻んだ。

「グランデ公爵家は、代々聖女が生まれている家系よね。アリアさんも、グランデ家の人なのかしら?」


「私は……、グランデ公爵家の者ではありません」


「さあ姉さん、行きましょう!」

 ゼノンがセレナの手を振り払い、前へ進もうとする。


「まだ、姉さんなんて言っているのね」

 通り過ぎる私たちに向かって、セレナは楽しそうにこう告げた。

「いつアリアさんの化けの皮をはがしましょうか。やっぱり、アレクシオ王子の前がいいかしらね」


 そんな言葉を背にしながら、私は逃げるように家へと向かったのだった。


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