第30話 毒を盛るアメリア
私たちが暮らす家に、宮廷料理人のイザベラが遊びに来ていた。珍しい料理を作ったからと誘うと、彼女は即答で行くと答えてくれた。料理には目がない彼女は、アレクシオ王子のことも心配しており、あれからどうなったのかを聞きたい様子だった。
王子の個人的な情報、つまりは呪いについて他言するなど、良くないことに決まっている。けれど、王子との約束を破ってまで大切な秘密を教えてくれたイザベラには、ちゃんとした報告をしなければならない。
「アレクシオ王子が呪われていただなんて……、それで王子は、アリアさんと無理にでも別れようとしたのですね」
「ええ、もう呪いは解けないらしいわ」
「魔法でも、どうにもならないのですか?」
「残念だけど……」
「それで、王子とはお別れすることになってしまったのですね」
「最後に、さよならと言われた……」
私が下を向き、しんみりとしてしまったからだろう、イザベラが食事を口にすると、明るい声をあげた。
「美味しいわ! これは何と言う料理なのですか?」
「肉じゃがよ」
「肉じゃが? とても分かりやすいネーミングですね」
「そのままの名前でしょ」
そう言って私たちは笑いあった。
あえて話題を変えようとしてくれたイザベラの気持ちが嬉しかった。そういえば……、イザベラとの話に夢中になっていたせいで、隣に座るゼノンの存在を忘れていた。ゼノンは、先ほどからまったく喋らずに、黙々と肉じゃがを食べ続けている。
「ゼノン、どうしたの緊張して。美人さんが来たからびっくりしてるのでしょう」
私の問いに、ゼノンは何も答えない。
「イザベラさんに惚れたでしょ?」
「惚れてませんよ」
憮然とした顔で、やっと言葉を発した。
「残念、惚れてほしかったのに」
笑顔を見せながらイザベラはゼノンに顔を向けた。まだ十七歳の男の子をからかっているのだろう。
「でも、ゼノン君もこれから大変よね」
「どうしてですか?」
「ゼノン君、美男子でしょ。これから、たくさんの女性が近寄ってくるわよ。そして、たくさんの女性を悲しませる男になるの。ほんと、大変なことよ」
「……」
「その通り、アレクシオ王子が良い例だわ」
「……」
ゼノンは、私たちの話にまったく付いてこれそうにない。ただ、このままいつまでも女子トークを続けるわけにもいかなかった。限られた時間の中で、わざわざイザベラは来てくれている……。そろそろ本題に入らなければ……。
「じゃあイザベラ、協力をお願いしてもいい?」
「もちろん、ここでするの?」
「ええ」
私は、一つのお願いをイザベラにしていた。気心が知れるようになり教えてもらえたことなのだが、やはりイザベラは王妃の食事に毒を入れた犯人を目撃していた。あの日、王妃が倒れると、すぐに聖女セレナがイザベラのもとへ現れたそうだ。そのまま、イザベラを目撃者としてアレクシオ王子の前へと連れて行き、結晶魔法を使い犯人を特定したらしい。
「アレクシオ王子の前で、セレナ様が水晶を使い、私の見た光景を正確に映し出したの。そこには毒を入れているアメリア様がしっかりと映っていたのよ」
イザベラの言葉に、嘘はないように思える。けれど、私は毒など入れていない……。なので今日、イザベラにお願いし、もう一度同じことをやってみることにしたのだ。結晶魔法を使い、果たしてそこにアメリアが映っているのかどうかを確かめてみることに⋯⋯。
私は肉じゃがの鍋を横にずらすと、小さなテーブルの中央に巨大な水晶玉を置いた。この水晶玉は、今日のためにゼノンが魔法学校から借りてきたものだった。
「ゼノン、あなたが水晶を使えるなんて、ほんと助かったわ」
「これでも僕は、魔法学校の首席ですから、これくらいのこと、できて当たり前です」
私の不必要なお世辞のおかげで、ゼノンの自慢げな顔を見る羽目になってしまった。でも実際、結晶魔法はかなり高度な術なので、ゼノンが自慢する気持ちも分かる。魔法学校に行っていない私では、とても真似することができない魔法だった。
「では、ゼノン、はじめて」
ゼノンが「失礼します」と言いながら、イザベラの額に右手を接触させた。そして左の手のひらで、水晶をかざした。
「イザベラさん、事件の日、目撃したことを思い起こしてください」
イザベラは下唇をかみ、無言で頷いた。
やがて水晶にモヤがかかり始め、そのモヤが消えるとある映像が浮かび上がってきた。結晶魔法を使うことで、イザベラの記憶から正確な現場を再現できるのだ。聖女セレナが王子に見せた映像も、これと同じはず……。そう思って水晶を見つめていると、そこに現れた人物を見て愕然とした。調理場の配膳台で、一人の女が料理に近づき何かをしている。後ろ姿しか映っていないので、顔は分からないが、その女はドレスから何かを取り出し、料理に細工しているように見える。
「そんな事って……」
私は思わずつぶやいた。
水晶に映っている怪しい女が、私に間違いなかったからだ。
女のドレスは、間違いなく私が当日着ていたもの⋯⋯。オートクチュールの一点もので、この世に二つと同じものはないドレスだった。
「女の人が不思議なことをしていると思ったけれど、その時はこの映像ほどはっきりと見えていなかったので、何も声をかけられずにいたの」
イザベラはそうつぶやいた。
私はじっと水晶に映る女を見つめ続けた。確かに水晶に映っているのは私だ。間違いない⋯⋯。けれど⋯⋯、どうして……、私は、こんな場所に行っていない……。なのにどうして……。
そう思いながら、じっと私の後ろ姿を眺め続けていると、不可解なことに気付いた。
「違うわ!」
私は、女の足を確認し、思わず叫んだ。
「これは私では……」
私の言葉を遮るように、すかさずセノンが咳払いをした。ミスに気づいた私は言い直した。
「これは、アメリア様ではないわ!」
「どうしてですか?」
私は映像に映る女の足を何度も見直しながら言った。
「靴よ、靴が違うのよ!」
画像に映る女は、真っ赤なヒールを履いている。けれど私は、普段からこんな色の靴は履かない。赤は、聖女セレナが好んでいる色で、かぶらないために普段は身につけない色だ。
「この女はアメリア様ではないわ。アメリア様に成りすました偽物よ」
私はじっと、水晶に映る女を見つめ続けた。すると、完璧なまでに同じドレスを着た女が、靴だけ違う色になってしまった理由が分かってきた。
「当日、アメリア様が急に靴を履き替えたので、同じ色を用意できなかったのよ。それで、近い色の赤い靴を履いたのよ!」
「この深い赤……、聖女セレナ様が好んで使う色ですね」
そう述べたのはイザベラだった。
「この女は、アメリア様ではなく、聖女セレナ様なのでしょうか?」
そうかもしれない……。
でも、セレナが危険を冒してまで、自分でこんな役回りをするのだろうか。誰か別の者にさせる方法もある……。だが、よく考えれば、これほどの重要な役を、他人に頼むことのほうが危険なのでは……。ということは……。
「おそらくここに映っている女はセレナよ。セレナが私のドレスを着ているのよ」
「けれど」
今まで黙っていたゼノンが割って入ってきた。
「靴の色だけでは、聖女セレナが犯人だという証拠にはなりませんよ」
確かに、赤い靴など誰にでも用意できるものだし⋯⋯。この、アメリアに成りすましている女の顔さえわかれば……。しかし、犯人は敢て顔が映らないような位置取りで、しっかりと計算しながらイザベラに後ろ姿だけを見せている……。
ゼノンの言う通り、靴だけでは犯人を捕まえることなどできない。そんな、出口が見えなくなってしまった時、ゼノンが再び口を開いた。
「まだ、ドレスの問題があります。オートクチュールの一点ものが、どうして二つもあるのか。そこを突き止めれば……」
「それよ。ドレスの問題から紐解いていきましょう!」
死刑につながる暗い未来に、わずかな光が差し込んできた瞬間だった。




