第29話 呪い
ステンドグラスが張り巡らされた廊下の先に、ミランダ王妃の部屋はある。部屋のドアには、花と蔓があしらわれた繊細な彫刻が施されており、いかにもこの国の王妃の部屋という佇まいをしている。その立派なドアをゼノンがノックすると、侍女のエミリーが姿を見せた。
「どうぞお入りください」
声に従い、シビルを残して私だけが王妃の部屋に入った。前を向くと、奥にあるもう一つの薄暗い部屋の壁際に、ミランダ王妃が座っていた。
「突然の訪問に、お時間をいただきありがとうございます」
私は頭を下げた。
「いえ、実を言うと、私もアリアさんとお会いしたかったの」
王妃の顔色は良くないように見える。
「エミリー、席を外してくれる。アリアさんと二人きりで話したいの」
「しかし……」
「心配することないわ。アリアさんが私に毒を盛るような人に見えて?」
不満そうな顔をしたエミリーが部屋を退出すると、王妃は言葉を続けた。
「どうぞ、こちらへ来て」
近くでミランダ王妃を見ると、ますますよく分かった。王妃は、目の下にくまができており、涙で目が腫れあがっている。かなり憔悴しているようにも見える。
いつもにこやかに話しかけてくれる王妃だったが、今日に限っては言葉がなかなか出てこない。なので私から話しかけた。
「アレクシオ王子に何かあったのですか?」
「どうして?」
「急に会いたくないと言われてしまいました」
「そう言えば……、他に好きな人ができたと言ってたわ」
「それは本当の話なのですか」
「本当よ」
王妃の声が、聞こえないくらいに小さくなっている。
「王子は、私と結婚まで考えていると言ってくださったのです。それが、急に好きな人ができたから別れてほしいだなんて……」
「……」
「アレクシオ王子は、そんないい加減なことを言う人ではありません。そのことはミランダ王妃が一番よくご存じなはずです」
「……よくわかっているわ。あの子は本当に優しい子なの。だから……」
王妃はそう言葉を絞り出すと、その場で泣き崩れてしまった。
「何があったのか教えていただけませんか?」
王妃は涙を拭きながら、大きく深呼吸をした。そして、声を震わせながら話し始めた。
「もうすぐアレクシオは死んでしまうの」
「どういうことですか?」
私の質問に、王妃は冷静に答えられない様子だった。声は変わらず震え続けている。
「このままではアリアさんも死んでしまうの。だからあの子はアリアさんと別れたのよ」
「どういうことでしょうか?」
「⋯⋯呪いよ」
それだけを話すと、王妃は身体を震わせながら泣き始め、もう会話するどころではなくなってしまった。
まだ、いろいろ聞きたいことがある。だったらもう行くしかない……。
「王妃、失礼します。詳しい話はアレクシオ王子から伺うことにします」
私はそう述べると、王妃の部屋を後にした。そして簡単には立ち入ることが許されていないアレクシオ王子の私室へと向かった。
※ ※ ※
王子の私室は、過去に一度訪れたことがあるので、場所は分かっている。あの時、王子は私を部屋に招き入れ、町民に変装し、そして二人で演劇を観に行った……。ついこの間のことなのに、かなり前の出来事に感じる……。
王子の部屋の前に立ち、恐る恐るドアをノックした。
もう会わないと約束したのに……。会ってくれるのだろうか……。
そっとドアが開き、中から一人の男性が姿を見せた。スラッと背が高く、精悍でいて吸い込まれてしまうような目をしている。私の推し……、アレクシオ王子はいつ見ても輝いている。
「アレクシオ王子、もしお時間がございましたらほんの少しで結構です。お話しさせていただけませんか?」
「少しの時間でしたらどうぞ」
門前払いもあり得ると思ったが、王子はすんなりと私を部屋に招き入れた。
「先ほど王妃から話を聞きました」
「……」
「王妃は、憔悴したご様子で、『呪い』と話されました。いったいどういうことでしょうか?」
アレクシオ王子は私を見つめるとこう答えた。
「私が呪われてしまっているのです」
「え?」
「この前、瘴気に侵されてしまい、後に原因を詳しく調べました。鑑定魔法で判明したのですが、私は呪われていたのです」
「王子が呪われて……、どうして……」
「おそらく、魔の森で瘴気に侵された時、一緒に呪われてしまったのだと思います。魔界に接したのはあの時だけですので……」
瘴気だけではなく、呪いまで……。
気づかなかった……。六歳の私では、そこまで気づくことができなかった……。
「呪いについては、たくさんの資料が残っています。私のように瘴気を繰り返す事例もありました」
不吉な予感しかしなかった。
「二度目の瘴気が現れると、その後も頻繁に瘴気に侵され、最後は必ず死ぬようです」
「そんな、それなら私が何度でも瘴気を浄化させます!」
「それが駄目なのです」
「どうして!」
「呪いに抵抗する者は、呪われた者と同じ運命をたどります。つまり、アリアさんがこれ以上私に関わると、あなたの命まで危なくなるのです」
「……」
王子の話で、やっと分かった。王子が私と別れた理由……、それは私の命を守るためだった……。
「なのでもう、私たちはお別れです⋯⋯」
そう言いながら王子は私に近づいてきた。
「最後に、お別れのキスをさせてください」
「え?」
「アリアさんのことが忘れられない。でも、あなたとこれ以上関わるわけにもいかない」
王子は私の背中に腕を回してきた。そして、しっかりと抱きしめながらこうつぶやいた。
「ずっとこうしていられるなら、どれほど幸せだろうか」
「⋯⋯」
「お別れのキスを……、させてください……」
私は顔を上げ、首を横に振った。
「お別れなんて、嫌です」
王子は返事をしなかった。代わりに、私の顎に手を添えて、愛おしい目で見つめてきた。王子の顔が接近し、私は目をつぶった。
唇にそっと何かが触れてきた。
王子のやわらかい唇……。
王子の腕に再び力が入り、私を強く抱きしめてきた。
体が密着している……。
ふと思った。私がアメリアでなく、本当にアリアだったらよかったのに……。それなら逃げる必要もなく、これからも王子を支えられるのに……。
王子の唇が私から離れ、腕の力が弱まった。そして王子は最後にこう言った。
「あなたと出会えてよかった。ありがとう……、さようなら」
さようなら⋯⋯。
受け入れたくない言葉だった。けれど、王子の言う通り、どうしようもないのかもしれない⋯⋯。
考えのまとまらない私は、ぼんやりした気持ちのまま、王宮を後にするしかなかった。とぼとぼと廊下を歩き、何段もある階段を降りていく。王子の部屋は最上階なので、結構な距離を歩き一階へとたどり着いた。そのまま庭園を抜け、ようやく城の門を出た時、一人の青年が私に向かい走り寄ってきた。
「アメリア様、ご無事でしたか!」
寒空の中、息を切らして私の前で立ち止まった青年⋯⋯、それはゼノンだった。
「良かったです。ずっと心配していました。ご無事で⋯⋯、本当に良かったです」
ゼノンは目を見開き私を見つめ、何度も頷いている。
「もう、わざわざ来てくれたの? 家で待っていれば良かったのに」
「待てるわけありません」
そう言いながらゼノンは一枚の紙を差し出した。
「帰ると、机にこんなものが置いてあるなんて」
ゼノンが持っている紙は、私が城に向かう前に書いた置き手紙だった。
『今から王宮に行ってきます。心配しないで待っていてください』そう記された置き手紙を握りしめ、ゼノンはここまで駆けつけてくれたのだ。
文字通り心配をかけないために書いた手紙だったが、どうやら逆効果だったようだ。
「ありがとうゼノン」
私の唇にはまだアレクシオ王子の感触が残っていた。そんな中、私はゼノンと二人で並んで歩き、家へと戻っていったのだった。




