第23話 王子と帰り道で
今私は、アレクシオ王子の私室で王子と二人っきりに⋯⋯。そして王子は少し照れながらこんな提案をしてきた。
「アリアさん、これから私と一緒に出かけませんか?」
「……は、はい、どちらまで……」
「まあ、ついてきてください」
そう言うと王子は、私を残し奥の部屋へと移動した。そして、再び姿を見せた時、私は王子の格好を見て、唖然としてしまった。
「王子、そのお姿は?」
「うん、これなら街に出ても私だとわからないでしょう」
こんな服、どこで手に入れたのだろう。王子の格好は町人そのもので、着古した地味な服に、帽子とメガネ、そして口には髭まで付けていた。
「さあ行きましょう」
なんだろうこれは……。変装した二人が、町中を並んで歩くだなんて。けれど、誰も私たちのことを変な目で見る人などいない。完全に、どこにでもいる庶民として見られているようだ。アレクシオ王子の落ち着きようを見れば、おそらくはこの姿で何度も町を訪れているに違いない。
「どちらへ行かれるのですか?」
「今流行りの演劇を見に行こうと思っています」
「演劇ですか」
「ええ」
「どんな劇なのですか?」
王子は劇の題名を伝えてきた。その劇は、庶民の中でもっとも人気の高いもので、なかなか入場券が取れないことでも有名だった。
でも、あんな内容の劇を私に見せようとするなんて……。噂によるとその劇は、庶民の女性が王子に恋をし、最後は結ばれるという恋愛もの……。
薄暗い席につくと、照明に照らされた舞台上でその恋愛劇が始まった。はじめは退屈するのではと思ったが、その予感は見事に外れてしまった。始まるやいなや、主人公の女性の生き様に共感し、どっぷりと劇に浸ってしまったのだ。あまりの面白さに、時間はあっという間に過ぎていく。そして、最後のシーンがやってきた。どんなシーンで終わるかは、評判の演劇なので、もうすでに噂で聞いて知っている。二人がしっかりと抱き合いながら、キスをして終わるのだ。
不覚にも私はそのラストシーンで涙を流してしまった。正直、老けメイクが落ちてしまわないかハラハラしたが、自然にこぼれてくる涙を止めることはできなかった。変装用のメガネを外し、メイクが取れないよう注意しながら、ハンカチで涙を拭いている時だった。左手の甲に誰かの手が触れてきた。その手はアレクシオ王子の右手に違いなかった。隣りにいるのは王子なのだから⋯⋯。
すると私の体は、なぜか自然と王子の側へと傾いてしまった。王子は自分の右手を私の手から話すと、そのまま背中に回し、肩を抱き寄せてきた。私の体はさらに傾き、王子の体と触れ合ってしまった。
推しに抱きすくめられている⋯⋯。私の心臓が、飛び出てきそうなくらい激しく動いている。鼓動が王子に伝わっているのでは……。そう思うと、はずかしい気がした。
※ ※ ※
日も沈み、町中はすっかりと暗くなっていた。この暗さなら大丈夫だと思ったのか、アレクシオ王子は、メガネや付け髭などの変装道具を取り外している。劇を見終わった私は、まだふわふわとした夢心地な気分が続いていた。劇の余韻もあるが、なんといっても私は今、推しの王子と手をつなぎ歩いているのだから。
「素敵な劇でしたね」
王子が沈黙を破り私に視線を合わせてくる。
「はい」
私はドキドキしてどうしようもなかった。推しに見つめられているからだけではない。先ほどの演劇で泣いてしまい、老けメイクが取れていないか心配で仕方なかったのだ。
「また二人でいろんなところに行きましょう」
うれしい言葉だったが、複雑な思いもした。こんなやさしい言葉、アメリアには、いっさいかけてこなかったのだから。
「……」
「私と出かけるのは嫌ですか?」
「……いえ」
ひんやりとした夜風が心地よかった。
「もしかして、シビルのことを考えているのですか?」
王子の言葉でやっとシビルの存在を思い出した。そういえば私、王子に『シビルさんが好き』と伝えてしまっている。王子はそれをずっと気にしていたのだろう。
誤解を解いておかないと……。そう考えると、妙案を思いついた。シビルにはもっと、自分の妻と子供を大切にしてほしい。私なんかを追いかけないで、しっかりと目を覚ましてほしい。
「これからも、こうやって王子と出かけられるなら、とても幸せです……」
どうやってお願いするべきか、少しの間考えてから話を続けた。
「シビルさんのことは好きなのですが、恋愛感情はありません。けれど……このところ毎日、シビルさんは私にお花を届けてくださるのです」
「毎日花を? そんなことを……」
「彼に非はないのです。私があんなことを言ってしまったので……。でも、断りにくくて……」
「断りにくい⋯⋯」
アレクシオ王子の顔がパッと明るくなった。
「ということは、アリアさんはシビルに迷惑しているのですね。わかりました。私に任せておいてください。もうシビルがアリアさんに付きまとわないように、きつく言っておきますので」
「ありがとうございます。けれど、きつくではなく、やさしく言ってあげてください……。私が誤解されるようなことを言ってしまいましたので……」
「誤解!」
またもや王子は嬉しそうな顔をした。
「シビルを傷つけるつもりはありません。けれど、アリアさんの迷惑にならないように、誤解をちゃんと解くために、はっきりと言っておきます」
うまくいった。これでもう、シビルに付きまとわれずにすむだろう。
私は夜空を見上げた。
「あー、お月さまがきれい」
「うん、きれいだ。ただ……」
王子はそう答えると、握っていた私の手を離した。そして私の正面に立ってこう言った。
「ただ、あの月より、アリアさんのほうがずっときれいです」
王子に見つめられ、私は金縛りにあったように動けなくなってしまった。
「そんな……、おばさんをからかわないでください」
「からかってなんかいません。本心です」
王子の手が私の胸元へと伸びる。そして、私の胸に輝くルビーにそっと触れてきた。
「このネックレス、つけてくれているのですね」
「ええ」
真犯人を見つけるためにネックレスが役立つだろうと思ったが、別のところで役に立ってしまっている⋯⋯。
王子の両手が私の背中に回った。そして、整った顔が私に近づいてくる。
強く抱きしめられた私は、息をすることも忘れそうになっていた。
そんな中、王子の顔がどんどん接近してきた。私は思わず目をつぶった。すると⋯⋯。
王子の唇がそっと私の唇に触れてきた。
目を開ければ、夜空の満月が二人を照らしていた。




