第21話 シビルが花束?
部屋のカーテンを開け、そっと外を覗いた。部屋にいるのは、私一人ではない。少し離れた場所にゼノンが立っている。まあ、ゼノンの家だから、彼がどこに居ようが問題ないのだが、最近なぜか私の側にいることが多い気がする。
「あの人、今日も来ているのですか?」
ゼノンがあきれ顔で言った。
「会わなくても、いいのですか?」
「いいのよ。忙しいと言って帰ってもらって」
私が覗く窓の先には、補佐官のシビルが立っていた。ただ立っているだけではない。手には花束を持っているのだ。
王子の補佐官という仕事は、結構暇なのかしら……。
というのも、シビルは三日連続で私に会いに来ている。王宮でアレクシオ王子の瘴気を浄化したのが四日前なので、次の日から毎日来ていることになる。目的は大体のところ察しがつく。私のことを恋愛の対象として見てしまっているのだろう。まあ、王子の告白を断るために『シビルさんが好きです』なんて言ってしまった私が悪いのだけど……。ただ、後で知ったのだが、シビルはもう結婚しており、子供も二人いるらしい。そんなシビルに、会いに来られても迷惑なだけだ。なので、これだけ会うことを拒んでいるのだから、早くあきらめてほしい⋯⋯。私の方は、まったくシビルに興味がないのだから。
三日前にシビルが会いに来た際に、ほんの少し玄関先で会い、花を受け取ってしまった。その時、シビルはこんなことを言っていた。
「アレクシオ王子に気を使ってるのでしょうが、王子は私たちの関係を認めてくれるはずです」
二人は両想いで、その関係を邪魔しているのがアレクシオ王子だと考えているのだろうか。もしそうだとしたら最悪だ。このままでは、これからもずっと私につきまとってくるかもしれない。
「はあー」
私はため息をついた。
「ここまでくると、ストーカーですね」
ゼノンも私のため息に同調してくれた。
「シビルがあきらめてくれる方法はないのかしら」
カーテンの隙間から見ていると、花束を持ったシビルの姿がどんどん大きくなってくる。そして、門の前まで来たシビルは、ついに呼び鈴を鳴らした。
「ゼノン、お願い。うまくお断りして」
「わかりました。今日はどんな理由で追い返しましょうか?」
「そうねえ、体調が悪くて、医者から人と会うのを禁止されている、とでも言っておいて」
「分かりました」
ゼノンは頷き、すぐに玄関へと向かった。
私はそのまま聞き耳を立てながら、気配を消している。するとシビルの声が聞こえてきた。
「でしたら是非、お見舞いをさせてください。ひと目会いましたらすぐに帰りますので」
どうしよう。ベッドで寝ているフリまでしないといけないのかしら。そう思っていると、ゼノンのきつい声が届いてきた。
「どうかご理解ください! いま姉は、誰とも会いたくないのです! もちろんシビルさんとも会いたくないのです!」
『シビルさんとも』という部分を特に強調して言ったゼノンに、私は陰ながら拍手を送った。
「かしこまりました。ではまた、日を改めて会いに参ります」
そんな言葉を残して、シビルは立ち去っていった。日を改めて⋯⋯、ゼノンの言葉が頭に残る⋯⋯。あの男は何をしているのだろうか。こんなことをしている暇があるのなら、もっと妻と子供との時間を大切にしてほしい⋯⋯。
そんな事を考えていると、玄関先から花束を抱えたゼノンが戻ってきた。
「捨てておきますか?」
「だめよ。お花に罪はないわ」
「でも花瓶がありません」
確かに、男が一人で暮らしている家に、花瓶などある訳がない。テーブルにはすでに花が二つ並んで置かれている。一つは水差しに入れられ、もう一つは掃除用のバケツに入れて生けられている。
「これなんか、どうでしょうか?」
そう言いながらゼノンが部屋にあった見慣れた物を持ってきた。
「それ?」
「はい、もうこれしか残っていません」
ゼノンが手に持っているものは、部屋の隅に置いてあったゴミ箱だった。もう準備も万端で、ゴミ箱には水も入れられている。
お花をゴミ箱に……。かなり抵抗があったが、かといってそれ以上の代案が思い浮かばない。
「じゃあ、とりあえずということで。あとで花瓶を買って来ましょう」
お金に困っていることが見破られてしまっているのか、ミランダ王妃から謝礼金をかなりいただいている。なので、今の私たちは花瓶ぐらいいくらでも買うことができる。
「今日の帰りにでも買ってくるわ」
私がそう言うと、ゼノンが真剣な目で私を見た。
「やはり、今から出かけられるのですか?」
「ええ、行くわ」
「でも、かなり危険だと思いますが……」
「分かっている。けれど、私は決めたの。自分の運命を変えるために、逃げてばかりはいられないと」
「それにしても、ご自分から王宮に入り込み、王妃を毒殺しようとした人物を探しだそうだなんて……」
「もう時間がないのよ。聖女セレナはあなたのことも調べると言っていたわ。そこから、アリアがアメリアだと気づくことなんて時間の問題よ」
「私があの時、アメリア様に付いていかなければ……、申し訳ございません」
「いいのよ。私を守ってくれようとしたのでしょう。うれしかったわ」
「でもどうやって、犯人を見つけ出すおつもりですか? 単に王宮に行くだけでは、何も手がかりなど得られないと思いますが」
「いい考えがあるのよ」
「いい考え?」
「アレクシオ王子は、アリアのことが好きでしょ。だから、その気持を利用して、王子から情報を引き出そうと思って……」
「そんなスパイのようなこと、うまくいくのでしょうか? 僕はとても心配です!」
ゼノンは顔を横に振りながら、まじまじと私を見つめている。
「大丈夫よ。やるしかないから」
私はゼノンに計画を話し終えると、すぐさま玄関に向かい、履き慣れた靴に足を入れた。情報を引き出すためには、アレクシオ王子の気を惹かなければならない。それにはこれが一番効果を発揮するはず⋯⋯。
私の首には、王子からもらったルビーのネックレスが巻かれていた。このルビーに賭けるしかない⋯⋯。そう思いながら、私は王宮へと足を向けた。




