第20話 母の正体
アレクシオ王子の寝室から、控えの間に戻ると、意外な人物と会った。ネリ公国のミレーヌ聖女が姿を見せていたのだ。ミレーヌは、普段と変わらぬ様子で歩いている王子を確認すると、パッと明るい笑顔になった。
「アレクシオ王子、ご無事だったのですね」
王子が答えようとしたが、それより先にミランダ王妃の口が開いた。王妃の言葉は弾んでいる。
「ありがとうミレーヌ、来てくれたのね」
ただ私にはまだ、どうしてここにミレーヌ聖女がいるのかわからなかった。ミレーヌはネリ公国に戻っているはず⋯⋯。
「ミレーヌ様、どうされたのですか?」
「アレクシオ王子が瘴気に侵されたと聞いて、慌てて駆けつけてきたのよ」
ミレーヌはそう答えると、改めて王妃に向かいこう告げた。
「私で役に立てるか心配でしたが、すでにアレクシオ王子がお元気になられたようで、ほっとしました」
わざわざ隣国から飛んできたということか⋯⋯。我が国の聖女セレナが何もしないというのに、ミレーヌ聖女は遠い距離を厭わずに駆けつけたのだ。私は部屋の隅に立つセレナの顔を眺めた。彼女は無表情で立っている。周囲が王子の無事を祝い、大喜びしている中で、シラケた顔をしている。
「ありがとうミレーヌ」
ミランダ王妃は自慢げな顔で私を見た。
「でもミレーヌ、うちにはアリアさんがいるの。彼女は聖女よりも頼りになるのよ。あなたの出る幕はなかったみたい」
そう言ってミランダ王妃とミレーヌは笑いあった。ただそんな影で、聖女セレナがぐっと唇を噛みしめ王妃を睨んでいたのを私は見逃さなかった。
それにしてもアレクシオ王子は、私に婚約話を断られたからだろうか、多少は落ち込んでいるようにも見えたが、身体自体は元気そのものといった感じだ。その姿を見て、王宮医師団の面々も目を丸くしている。
「信じられない……」
「瘴気を浄化した……、セレナ様でもできなかったのに」
「いったいあの女は、何者なの……」
聖女セレナはますます唇を噛みしめ、眉間にシワを寄せながら、今度は私を睨みつけてきた。
「それにしても……」
ミレーヌ聖女は私に顔を向けた。
「アリアさんは、つい先程、王子の部屋に入っていったと聞きました。ということは、あっという間に瘴気を浄化したのね?」
「……」
「これ程の短時間で浄化ができるなんて、優秀な聖女でもできないことだわ。さすがソフィアの……」
そう言いかけて、ミレーヌは口ごもった。私がソフィアの娘、アメリアだということは、もちろん内緒にしてもらっている。なにしろ私は、王妃に毒を盛った重罪人になってしまっているのだから。こうやって、いくらアリアとして活躍しても、アメリアが無罪になるわけではない。私の死刑が消えてなくなってしまうわけではない。つまり、まだアメリアの運命は、何も変わっていない……。
「もう帰ろう、姉さん」
そうゼノンが声をかけてきた。一刻も早くこの場を離れたいのだろう。変装していることがバレないためにも、そうするのが賢い選択だ。
けれど……、母のことを知りたい……。この思いは止められなかった。
「ミレーヌ聖女、少し私にお時間をいただけませんか。どうしてもお聞きしたいことがあるのです」
「そう言うと思ったわ」
私の言葉を聞いて、ピンときたのだろう。さっそくミレーヌ聖女は王妃にこんな言葉を口にした。
「ミランダ王妃、アリアさんと二人だけで内緒の話がしたいの。誰も立ち入れないようなお部屋を用意してもらえる?」
「わかったわ」
親友の頼みとあり、ミランダ王妃はすぐに快諾した。
「シビル、すぐに案内して」
シビルが、案内⋯⋯。
王妃の言葉通り、別室までは補佐官のシビルが案内してくれたのだが、その間、私はシビルの目が気になって仕方がなかった。何度もチラチラと私を見てくるのだ。やはり、私がその場しのぎで『シビルさんが好き』と言ってしまったことで、大きな誤解を生んでしまっている。
彼が変な行動を起こさなければいいのだけれど⋯⋯。あの満足げな顔を見ていると、とても心配⋯⋯。
私は、シビルの視線に気付かないフリをしながら、じっと前を向いて歩いていた。別室に通され、やっとシビルから開放されると、私はすぐさま本題に入った。ずっと聞きたかったことなので、いても立ってもいられずミレーヌ聖女にこう尋ねた。
「母のことを教えて欲しいのです。なぜ母は、自分が魔法使いであることを隠していたのでしょうか。それに、どうして私の魔法まで、魔道具を使って封じてしまったのでしょうか」
「それは……」
ミレーヌは、小さなため息をついた。
「あなたのお母さん……、ソフィアとの約束があって、そのことは教えられないの」
「どういうことですか? 母はもう亡くなっています。私ももう大人です。教えてください」
「……」
ミレーヌは天井を向き、目を閉じると、しばらくの間じっとしていた。まるで、天にいる母と会話しているようにも見えた。そして目を開けたミレーヌは、改めて私に顔を向けた。
「では、話すわよ」
そう言うとミレーヌ聖女は、私が今まで全く知りえなかったことを、語り始めたのだった。
「あなたの家系、グランデ家からは、多くの聖女が誕生しているわよね」
そのことはよく知っていた。
「その例にもれず、あなたの母であるソフィアも、聖なる力を宿した魔法使いだったの。しかも、その魔力たるや、並の聖女を遥かに凌駕したものだったの」
「母が、そんなにすごい魔法使いだったなんて……」
「けれどね、聖女は、偉大な力を持てば持つほど、幸せから遠ざかるといわれているの」
「どういうことですか?」
「世の中には聖女を利用しようとする人たちがたくさんいる。特に大聖女と呼ばれる力を持った聖女は、結局その力を利用されるばかりで、ほとんどが皆、不幸な死に方をしているの」
「……」
「ソフィアは言っていたわ。グランデ家の家宝に、自分の身を守るための魔道具があると。一族の中で、もし大聖女の力を持ってしまった者が現れた場合、その魔道具を使って自分の力を隠すようにと、先祖代々受け継がれてきたものだそうよ」
「それで、大聖女の力を持ってしまった母は、自分の魔力を封じたのですね」
「そのとおりよ」
「でも、私は……、大聖女ではありません。なのに、なぜ?」
「あなたもソフィアと同じく、大聖女の力を持っているのよ」
「えっ……」
「六歳で瘴気を浄化してしまった我が子を見て、ソフィアは自分よりもあなたを守らなければと思ったの。それで一つしかない家宝の指輪を、あなたに授けたの」
初めて聞く話に、私の頭は混乱していた。魔法の使えない母は、私の魔力に嫉妬していたとばかり思っていた……。母は、魔法が使える私のことを嫌っていたと思い込んでいた……。すべて、私の誤解だったというの……。逆に母は、私のことを思って魔力を封じた……。大聖女の私が、不幸にならないようにと……。
そう考えていると、はっときづくことがあった。魔法使いの中には、相手の魔力を感じる力を持つ者もいる。私に指輪を授けたということは、母は自分の魔力を隠すことができず、大聖女だと周囲に気づかれてしまったはず……。
ミレーヌはこう言っていた。大聖女は皆、不幸な死に方をしてしまっている……。
母は、私が十五歳の時に亡くなった……。私は、母が事故で亡くなったと聞かされていた。でも、それ以上はっきりしたことは、誰も教えてくれなかった。ミレーヌ聖女なら、母の死因を知っているのかも……。
「母は、どうして亡くなったのですか?」
「それは……」
ミレーヌ聖女の顔がゆがんだ。
「ごめんなさい、そのことについては……。私は何も知らないわ……。本当にごめんなさい……」
ミレーヌ聖女が、あまりにもつらそうな顔をしていたため、それ以上のことは聞けずに終わった。ただ、私の中での母は、今までとは全く違う存在になっていた。母は、私を思ってあの指輪を授けてくれたのだ。しかも自分を犠牲にして⋯⋯。そして私は、そんな母をずっと憎んで生きてきた⋯⋯。私はなんという愚か者だったのだろうか⋯⋯。
そんな私の気持ちを見越したかのように、ミレーヌが私の頭を優しく撫でてくれた。その手は、母のように感じられたのだった。




