第19話 王子はアリアと結婚したい
王子や王妃と他愛のない会話を続けているうちに、王子はすっかり元気を取り戻した様子で、布団をよけるとベッドから足をおろし、その場で立ち上がった。そして、スラリと背の高い王子が、私の正面に歩み寄ってきた。
推しが私に近づいてきた……。私は目のやり場に困り、すぐに王子から視線をそらしてしまった。
「アリアさん、一つ聞いてもいいですか?」
「何ですか?」
「失礼ですが、アリアさんは、独身だと聞いております。付き合っている男性はいるのですか?」
「はい?」
アレクシオ王子は、咳払いをして続けた。
「今、付き合っておられる男性はいるのですか?」
「い、いえ、いません」
「それなら」
王子がまっすぐ私の顔を見つめている。
「私と、お付き合いしていただけないでしょうか」
「お付き合い……」
「もちろん遊びなんかで言っているのではありません。お付き合いするからには、当然私の婚約者になっていただきます。つまり、結婚を前提として付き合ってほしいということです」
私は開いた口が塞がらなかった。十歳も年上の私を……。しかも本当の私は、王子がずっと婚約破棄したいと願っていた、王子の大嫌いなアメリアなのだから。
推しの王子が、真剣な顔でそんなことを言ってくれると、確かに嬉しい気にもなったが、こんな申し出を受けられるわけがない。ただし断るにしても、相手は王子。ちゃんとした理由をつけなければ……。
「申し訳ありません。大変ありがたいお言葉なのですが、そのお話、お受けすることなど到底できません」
「どうしてですか、私のことが嫌いなのですか?」
「決してそんな……」
「では、どうして」
「私は王子よりも十歳も年上です。そんな私と婚約だなんて、ありえない話です」
「私はそんなこと、気にしておりません」
「王子は気になさらなくても、周囲のお方が……」
そう言いかけてひらめいた。ミランダ王妃なら、この話に反対してくれるはずだ。いくら命の恩人だからと言っても、年齢差のある平民の私を、王子の婚約者になど認めるわけにはいかないはずだ。そう思いながら、ミランダ王妃の顔をうかがった。ミランダ王妃は目を伏せながら、困惑した表情をしている。大丈夫、王妃なら断ってくれるはず……。
「ミランダ王妃は、この話、どう思われますか?」
「私は……」
王妃は一呼吸置き、こう述べた。
「私はもちろん賛成よ」
何に賛成なのだろう……。結婚反対に賛成するという意味なのだろうか……。
「アリアさんがアレクシオの結婚相手なら、私は大賛成よ」
「え、でも歳の差が……」
「歳の差なんて気にしなくてもいいわよ。もう時代は変わっているの。アリアさんの年齢なら、まだお世継ぎも期待できるわけだし、私は大賛成よ」
だ、大賛成? 当然私は焦った。そして反射的にこう言ってしまった。
「申し訳ありません。本当のことを言うと、私、他に好きな人がいるのです。ですからこのお話は……」
「好きな人、ですか」
王子の声は、明らかに沈んでいる。
これで諦めてもらえるだろうか。
しばらく黙り込んでいた王子は、顔を上げるとこう尋ねてきた。
「その、好きな人というのは誰なんですか?」
「……」
「私は歪んだ心を持った人間です。どうしてもアリアさんの言葉は、私の申し出を断るための単なる口実に聞こえるのです」
「⋯⋯」
その通りです⋯⋯。断るための単なる口実なのです……。もちろん、そうとは言えなかった。
「だから教えていただきたい。私の気持ちを整理するためにも、はっきりさせておきたいのです。その好きな人というのは、いったい誰なのか教えてください」
「でも、それは……」
「分かっています。その男性に迷惑をかけることなど、一切ないと誓います。だから教えてほしい」
「それでしたら……」
私はそう言いながら考えた。一体誰のことを好きだと言えばいいのだろうか。ゼノンは弟だし⋯⋯。全然関係のない人の名前を出すわけにもいかない。すぐに答えは出なかった。
「……」
返事に時間をかけられない焦りもあった。それで私は、とっさにこう言ってしまった。
「私の好きな人は……、実は……、シビルさんです」
「シビル?」
王子はその言葉が理解できないようで、目をパチクリさせている。
「シビルというのは、まさか補佐官のシビルのことですか?」
「はい。ご本人にはまだ伝えていないのですが、一目見た時から好きになってしまいました」
言うまでもないが、もちろん大嘘だった。年齢的にアリアと近いと思い、ただそれだけの理由で選んだのだ。けれど……。
私がそう話している時、控えの間から一人の男性が王子の部屋へと入ってきた。その男性は、王子の様子が気になり、ここへ来たのだろう。そうなのだ。部屋に入ってきたのは、補佐官のシビルだった。シビルは私の言葉をしっかりと聞いてしまったようで、その場で固まりながら立ち尽くしている。
目を合わせたくはなかったが、それでも私はそっとシビルの顔を見た。するとシビルは、まんざらでもない様子で、うれしさを噛みしめた顔をしている。そして微笑みながら私に視線を合わせ、小さく頷いてきた。
うわ、まずっ。
私は心の中でそう呟いたのだった。




