第18話 瘴気を浄化する
城に着くと、待ちかねたように従者が私に声をかけてきた。
「急いでください! こちらです!」
小走りで宮殿に入りながら、まだ詳しい情報を知らされていない私は、従者に尋ねた。
「アレクシオ王子の様態は?」
「それが、聖女セレナ様も、もう手遅れだと言われています」
「手遅れ? どういうこと? 何が原因で王子は倒れたの?」
「瘴気に侵されていると聞いております」
「瘴気に?」
どうして王子が瘴気に侵されるのだろう? 魔界に接触していないはずの王子がなぜ? そう思ったが、瘴気の経路を究明している場合ではない。原因が瘴気なら、それを浄化すればいいだけのこと。子供の頃できたことを、今ここでもう一度やればいいだけのこと⋯⋯。
階段を駆け上がると、身長の二倍ほどある立派なドアにたどり着いた。従者がその扉を開けると、部屋には王宮医師団が立ち並び、その中に聖女セレナの姿もあった。
「何しに来たの!」
セレナは私の顔を見るやいなや、声を張り上げてきた。
「王子が倒れたと聞きましたので……」
「あなたなんかの出る幕じゃないのよ。さっさと帰りなさい!」
セレナのきつい言葉が放たれる中、奥の部屋からミランダ王妃が姿を見せた。
「アリアさん、ありがとう。来てくれたのですね」
「はい。王子はどちらに?」
「この奥よ」
私が奥の部屋に進もうとしたとき、セレナの横にいる医師団の女性が声をかけてきた。
「王子がなぜ倒れたのかご存知ですか?」
「瘴気に侵されていると聞きました」
「その通りです。瘴気を浄化するだなんて、誰にでもできることではありません。いくら王妃を救ったアリアさんでも難しいと思います。無駄なことをして王子を苦しめるより、今はもう見守っていたほうが⋯⋯」
そんな言葉を、私の横にいる王妃が悲しげな顔で聞いている。
「でも、何もしなければ王子は亡くなってしまいますよ」
「わかっています。けれど、いくらアリアさんでも⋯⋯」
やり取りの中に、聖女セレナが割り込んできた。
「あなたも分からない人ね。瘴気は、聖なる力も持っていないあなたが扱えるような代物ではないの。やるだけ無駄だって言っているのよ! 邪魔だから帰ってちょうだい!」
あまりの言いように腹が立った私は、こう言い返してしまった。
「それではセレナ様は、どうしてご自分の聖なる力を使って、王子を助けないのですか?」
「なんですって!」
セレナは、唇を噛み、私を睨みつけてくる。
「今は、アメリアのせいで本調子でないだけなのよ!」
セレナの言葉を受けて、後ろに並ぶ王宮医師団たちがささやき始めた。
「セレナ様に対して、なんて失礼な……」
「あの女は、たまたま王妃を救っただけなのに調子に乗って……」
「しかも、王子を助ける気でいるわ……」
「いい笑いものになるだけよ。セレナ様でもできないことが、あの女にできるわけがない……」
王宮医師団の面々は、全員が聖女セレナの味方のようだ。おそらく、セレナのお気に入りが集められているのだろう。
「さあ、アリアさん、お願い」
王妃の言葉で我に返った私は、アレクシオ王子のいる部屋へと向かおうとした。ただ、そのような時でもまだセレナは私に噛みついてきた。
「待ちなさい。あなたに引っ付いてきている、その若い男は誰なの」
「私の弟です」
「弟ですって?」
セレナはゼノンに近づきながら、じっとその顔を見つめていた。
「なるほどね。本当に弟なのかどうか、調べ甲斐がありそうだわ」
曲がりなりにもセレナは聖女である。その聖なる力で、ゼノンから何かを感じ取ったのかも知れない。こんなことなら、ゼノンを連れてくるべきではなかったかも……。不吉な気がしたが、今はそんなことを考えているときではない。私は王妃に続き、王子のいる部屋へと入ったのだった。
※ ※ ※
部屋に入った瞬間、不思議に思うことがあった。私と王妃以外に、この部屋には誰もいなかったからだ。そういえば、心当たりがある。実は、瘴気は他人にうつるという話がある。瘴気は空気の中を漂い、風邪のように近くにいる人に感染するという説だ。なので、誰も王子の部屋にいないのは、感染を恐れてのことなのだろう。けれど、それは単なる迷信で、実際には瘴気が感染することなどない。ただ、稀なケースとして、呪いが関係している場合に限り、そのようなこともあるそうなのだが⋯⋯。
王宮医師たちは、その単なる迷信に惑わされて自分を守るあまり、誰も王子に近づこうとしないのだ。分かっていることだったが、私は王妃に確認してみた。
「聖女セレナは、アレクシオ王子の瘴気浄化を試みたのでしょうか?」
「いえ、今の自分では無理だと言って、決してこの部屋に入ろうとはしませんでした」
やはりそうだ。
「念のためにお伺いしますが、王子は呪われてなどいませんよね」
「アレクシオが呪われているなど、そんな話は聞いたことがありません」
だったら瘴気が感染する可能性もない。それなのに、聖女セレナとあの医師団たちは、何もしようとしないだなんて。結局セレナは、王子のことなど何とも思っていないということか⋯⋯。
私はベッドサイドまで来ると、アレクシオ王子の顔を覗き込んだ。王子は苦しそうに顔を歪めており、歯を食いしばり、目はきつく閉じられている。
「アレクシオ王子」
そう声をかけると、王子は顔を歪めながらもその目を開けた。
「もう大丈夫ですよ」
私は王子を安心させるために、咄嗟にそう言った。ふと、魔の森で男の子を救った時の記憶がよみがえった。あのときも、少年に「大丈夫」と言葉をかけたような気がする。当時六歳だった私は、簡単に瘴気を浄化できたけれど、今も同じことができるかどうかはわからない。何しろ、かなりのブランクがあるのだから。だから、「大丈夫」という言葉は、王子だけでなく、私自身を落ち着かせるための言葉でもあった。
王子は苦しげな顔をしているが、目はしっかりと開き、私の顔を見つめてきた。私は左手の小指にはめていた魔道具の指輪を外し、ポケットへと入れた。そして、自分の両手を王子の胸に当てた。
瘴気は、初めに肺を侵すといわれている。なので、まずは肺を浄化することが先決だった。指輪を外すと、徐々にだが私の体の中で魔力の風が流れ始めた。その魔力を両手に集中させると、私の両手は白く輝き始めた。そのまま魔力を溜め込んでいくと、白い光は私の全身に広がった。横たわったままの王子は、そんな私の姿を、じっと見つめていた。
お願い、うまくいって!
心のなかでそう叫びながら、王子の胸に当てた両手に魔力をため続ける。そして、王子の体へと魔力を注ぎ込みはじめた。しばらくの間、昔の記憶を頼りにしながら浄化に特化した魔法をかけ続けていると……。徐々にだが、苦しく歪んでいた王子の顔が、明らかに変化してきた。そしてついには、いつもの超絶な美男子に戻ってきた……。
「アレクシオ!」
王子の変化に気づいたミランダ王妃が声を上げた。
「母上」
「アレクシオ、また声を出せるようになったのね!」
「はい……」
「どうなの、もう苦しくはないの?」
「大丈夫です。苦しかった靄が一瞬で消えてしまいました。まるで別世界に来た気持ちです」
それから王子は、こう付け加えた。
「昔と全く同じことが、私の体で起こっています。なので、もう大丈夫です」
「アレクシオ! よかった! 奇跡だわ! これは間違いなく奇跡よ!」
ミランダ王妃は涙を流しながら声を上げていた。
うまくいったわ! 私は心のなかで安堵し、そっと王子から離れた。そんな私を、王子は放心したような顔で見つめてきた。そしてこんな言葉を口にしたのだ。
「アリアさん、私を魔の森で救ったのは、あなたなのですか?」
「えっ」
その通りだが、そう答えるわけにはいかない。
「そんな……、そんなこと、ありえません」
「けれど……、アリアさんの治癒魔法を受けている時、その魔力が森で出会った少女と全く同じ種類のものだと分かりました。魔力の感じ方は、人によって微妙に違うものですが……。あなたの魔力とあの時の少女の魔力は、なぜか全く同じに感じました」
「王子、魔の森での出来事は、十五年も前のことですよ。記憶違いだと思います」
「そうだろうか……」
「そうに決まっています。私は王子より十歳年上です。私が魔の森で王子を助けたなんて、ありえないことです」
「確かに⋯⋯。まさか、アリアさんは、年齢をごまかしてなどいませんよね?」
「えっ……」
谷底へ突き落とされたような気持ちになった。この話のたどり着く先は、当然ながら斬首刑⋯⋯。私は、自分の動揺を王子に悟られないために、黙り込むことしかできなかった。すると、ミランダ王妃が助け舟を出してくれた。
「何を言っているの。アリアさんが年齢を誤魔化しているわけないでしょ。女性はね、若く言うことはあっても、年上に誤魔化すことなどないのよ」
「そ、その通りです」
私はヒヤヒヤしながら王妃の言葉に同意すると、王子も一応は納得したような顔をしていた。
なんとかやり過ごせた⋯⋯。ミランダ王妃、ありがとうございます⋯⋯。そして神様、お守りいただきありがとうございます⋯⋯。
私は冷や汗をかきながら、心の中で感謝の言葉を述べたのだった。




