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第17話 王子が倒れた

(アメリアside)


 ミレーヌ聖女の言葉が、頭から離れなかった。

『あなたのお母さんは、とても優秀な魔法使いだったのよ』

 どういうこと? 母のソフィアが、魔法使いだったなんて⋯⋯。母は魔法が使えなかったはず⋯⋯。魔法の使えない母は、私の魔力に嫉妬して、魔道具の指輪を使って、私から魔法を奪ったはずなのに……。

 母が魔法を使えるのなら、どうして使えないふりなどしていたのか。そして、どうして自分の娘である私の魔法を封じたのか。いくら考えても答えは出なかった。

 ミレーヌ聖女と、また会いたい……。会って、母のことを色々聞いてみたい⋯⋯。

 窓の外を見ると、空は雲に覆われ、午前中だというのに日が沈みかけた夕方のように暗い。しばらく外を眺めていると、遠くから馬車の走る音が聞こえてきた。その音は間違いなくこちらに向かってきている。そして、周囲が騒がしくなり始めたと思ったら、立派な馬車が私たちの住む家の前で止まった。前にも同じ事があったので、どういう状況なのかは予想がつく。

 また私を……、きっとまた王宮からの使いで、アリアを迎えに来たに違いない。ドアの呼び鈴がなり、そっと外を覗くと、アレクシオ王子の補佐官であるシビルが、落ち着かない様子で立っている。


「ゼノンごめん、まだ老け顔に変装できていないから、代わりに用件を聞いてくれる。そして、できるだけ時間を稼いでほしい」


「分かりました」


 ゼノンが玄関に向かうと、私は大慌てで老け顔メイクを行った。もう何度もやってきたことなので、変装も慣れたもの。以前の三分の一ほどの時間で、私はアメリアからアリアへと姿を変えることができた。仕上げに白髪混じりのかつらをつけ、洒落っ気のない黒縁メガネをかけた時だった。うまく時間を稼いでいたゼノンが、部屋へと戻ってきた。

 ただ、戻ってきたゼノンの言葉は、予想外のものだった。

「王宮で、アレクシオ王子が倒れたらしいです」


「えっ?」


「命が危ない状況だそうです。アリア様に助けて欲しいと、ミランダ王妃からの直々の願いで来たと言っていました」


「それなら、急いで行かなければ」


「いいえアメリア様、行かないでください。身の安全のためにも、王子と会わないほうがいいに決まっています。昨日も話し合って、王宮にはもう行かないと決めたばかりではありませんか」


「そうだけど……、放っておけないわ」


「アレクシオ王子は、アメリア様を捕らえて処刑しようとしている人物ですよ。そんな男、死んでしまったほうが、こちらには都合がいいのです」


 確かにゼノンの言葉には一理ある。けれど……。

「ゼノン、やっぱり死にかけている人を放っておくわけにはいかないわ」

 アレクシオ王子は、私の推し。推しを守るのは、私の使命であり、生きがいなのだから。


「けれど……、ご自分の命の危険を晒してまで……。アメリア様には、ずっと長生きをして、幸せな人生を送っていただきたいのです」


「ありがとう。もちろん自分の命を無駄にするようなことはしない。だから安心して待っていて」


「……どうしても王宮へ向かわれるおつもりなのですね」


「ええ」


「でしたら、どうか僕も一緒に連れて行ってください。何かの時は、僕の命に代えてでも、アメリア様をお守り致しますので」


 僕の命に代えてでも、アメリア様をお守り致します……。また、映画のようなセリフを言われてしまった。正直、嬉しいような気もしたが、あえて無表情になりゼノンに告げた。

「分かったわ。では一緒に行きましょう」


 外に出ると、すでにシビルが客車のドアを開けながら、寒い中でじっと私を待っていた。相変わらず、周囲には人だかりが出来てしまっている。そんな中、私たちがすばやく客車に乗ると、馬車は大急ぎで走り出した。


 ※ ※ ※


 客車の座席には、私とゼノンが並んで座り、向かいに補佐官のシビルが座っている。なぜかシビルは、ゼノンのことを気にしているようで、何度もチラチラと目をやっていた。

 いったい何をそんなに気にしているのだろう。そう思っていると、シビルは私に対し、こんな言葉を口にし始めた。

「アリアさんに、これを受け取っていただきたいのですが」

 シビルはそう言って小さな箱を私に差し出してきた。


「何ですか?」


「私の、アリアさんに対する気持ちです。ぜひ受け取ってください」


 私に対する気持ち? 何だろうと思いながら小箱を受け取り、その蓋を開けた。

「何ですかこれは!」


 箱の中には、立派な宝石がついた指輪が入っていた。宝石は色からして、ルビーに間違いなかった。


「私のアリアさんへの気持ちです」

 シビルは先ほどの言葉を繰り返した。

 それにしても、この国で男性から女性にルビーを贈るということは……。


「シビルさんが、私にですか? シビルさんが私にルビーの指輪をプレゼントするというのですか?」

 なにかの間違いだと思って、念入りに確認した。


「はい、その通りです」


「ちょっと待ってください」


 そう言いながら、私はもう一度箱の中身を確認した。何度見直しても、間違いなくルビーの指輪が入っていた。そういえば……、アレクシオ王子がこんなことを言っていたのを思い出した。『シビルはアリアさんのことが好きだ』と。

 けれど私は……。正直言って、こんなおじさんに興味はない。実は最近、シビルの女性関係について悪い噂を耳にしたことがある⋯⋯。それに、見た目も年齢も、私の範疇からは大きく外れている。

 私の推しはアレクシオ王子ただ一人……。


「申し訳ありませんが、これは受け取れません」


「あなたにご迷惑をおかけするつもりはありません。単なる私の気持ちですから受け取ってください」


 こういうときは、はっきりと伝えるべきだと思い、私は簡潔に述べた。

「ごめんなさい。受け取れません」

 そう言いながら、指輪の入った小箱をシビルへぐっと押し返した。するとシビルは残念そうな顔をして、返品された小箱を受け取った。

 それにしても、王子が死にそうだという時に、この補佐官は何をしているのだろうか。これからも、この冴えない中年には、変な勘違いをされないように、気をつけなければ……。そう思いながら、私はその後、客車の中で無言を貫き通した。本当のことを言えば、シビルには王子の状況など、いろいろなことを教えてもらいたかったのだが、こんなことがあった後では、何も聞けなくなってしまった。そんな沈黙の時間が続き、やがて馬車はエルフィンド城へと到着した。

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