第16話 セレナが命の恩人なのか?
(アレクシオ王子side)
アレクシオ王子は自分を責めていた。
私はとんでもない間違いを犯してしまった。母の命の恩人でもあるアリアを疑ってしまうなんて⋯⋯。
アリアの柔らかい顔、年上女性が醸し出す独特の魅力、そして体から溢れ出る白くて淡い光……。もうアレクシオ王子の頭の中は、十歳年上のアリアでいっぱいになってしまっている。
アリアが嘘をついているだと⋯⋯、確証のないことを口にして私を惑わすとは……。今回のことでよく分かった。聖女セレナは、信用のできる女性ではない……。
グランデ公爵家のアメリアと婚約破棄した理由は、もちろん聖女セレナがいたからだ。以前のアレクシオ王子は、確かに聖女セレナの魅力に参ってしまっていた。けれどそれは、単にセレナが命の恩人だと思いこんでしまったからにすぎない。そして、その命の恩人が、実はセレナではないのだとアリアは言っていた。
真実をしっかりと確かめなければ⋯⋯。
そう心に決めながら、アレクシオ王子は王宮の階段をゆっくりと降りていた。気持ちを落ち着かせるため、一つ大きく息を吐いた時、なぜか胸に痛みを感じた。ただ、せきを二度ほど行うと痛みは消えた。
長い階段を降り、王宮一階にある謁見の間に入ると、すでに聖女セレナの姿がそこにあった。謁見の間とは、王族が臣下と会う際に使われる部屋、つまりは明らかに身分の下の者と会うための部屋である。普段はこんな場所で聖女セレナと会うことはないのだが、今日は特別だった。ここを指定したのは、王子の立場を明確にして、聖女セレナと向き合いたかったからだ。
「セレナ、どういうことなのか、私に説明してくれないか」
「いったい何のことでしょうか?」
セレナは冷ややかな口調で応じてきた。
「君は、アリアさんがネリ公国出身ではないと言い張ったが、根も葉もない嘘だったではないか」
「それは……、ネリ公国については間違っていたかも知れませんが、あの女が怪しいことに変わりはありません。これからも調べ続ける必要はあるかと思います」
「調べ続ける必要がある?」
「はい。あのアリアという女を信用しないでください。私の聖なる力で感じるものがあるのです。あの女は間違いなく何かを隠しています」
「まだそんなことを言っているのか!」
聖女に対し、こんなに荒い言葉遣いをしたのは初めてだった。セレナも驚いた顔でアレクシオ王子の顔を見つめていた。
「お前はアリアさんにとんでもなく失礼なことをしたんだぞ!」
聖女セレナは眉間にシワをよせ、目を閉じた。それから大きく目を見開くと語気を荒げた。
「王子は聖女の私より、あの女の言葉を信じるのですか! 聖女の私より、あの女の方が大切だと言うのですか!」
「もちろん聖女は、我が国にとって大切な存在だ。けれど、アリアさんは母の命の恩人でもある。聖女でも治せなかった母を救ったのはアリアさんだ。そのことを忘れないでほしい」
『聖女でも治せなかった……』という言葉を聞かされたからだろう。セレナは下唇をかみ、肩を震わせながら険しい目つきで王子をにらみつけてきた。そんなセレナの態度に同調され、アレクシオ王子もセレナをにらみ返すと、一番聞きたかったことを問い詰めた。
「それと、これだけははっきりさせたい。君は魔の森で私を助けたと言ったが、それは間違いないことなのか?」
そんな王子の言葉を聞いたセレナは、急にしおらしくなり、悲しげにこう答えた。
「あの女の策略にはまらないでください。まるであの女は、自分が王子を助けたような口ぶりでしたが、そんなわけはないのですから」
「アリアさんが私を助けた少女でないことは、わかっている」
「そうです。あんな年増の女が、王子よりも若くなることなどないのですから。あの女は、王子に変な術をかけて、いい加減な情報を信じこませているだけです」
「いや、アリアさんは私を騙そうとはしていない。彼女はそんな女性ではない」
「……分かりました。王子のお気持ちはよく分かりました。もう私はこの国には必要のない聖女なんですね」
「……そんなことは言っていない」
「いえ、言っています。私は王妃殺害を企む容疑者を見つけ出した功労者なのですよ。私の力がなかったら、グランド公爵家のアメリアが、王妃毒殺を企てた犯人だとは分からなかったのですよ。そんな私のことを、王子は信用されていないというのですね……」
「アメリアの悪事を暴いてくれたことには感謝している」
「でしたら、まずはアメリアを捕らえ、一刻も早く処刑することが、今の王子のなすべきことだと思います。その役目を放りだして、王子はこんな無意味なことに、かまけているのですか?」
「アメリアの件は、よくわかっている。あの女を捕らえ、必ず刑に処する……」
そこまで述べたアレクシオ王子だが、その先を言葉にすることができなくなってしまった。というのも、急に激しい胸の痛みが王子を襲い始めたからだ。息が苦しくなり、その場で激しく咳き込み始めた。呼吸することもままならなくなり、目の前が暗くなってくる。
「王子、どうされたのですか?」
セレナの声が聞こえたが、返事さえもできなかった。ただただ咳き込みながら、必死で呼吸を続けていた。
この苦しさ、どこかで味わったことがある。そう、魔の森で迷い、瘴気に侵されたときと同じ苦しさだ。息苦しさの後は⋯⋯、あの時と同じように身体全体がしびれ始めてきた。
そのような状態で、ついに立つことができなくなった王子は、手と膝を床につけ四つん這いの姿勢になった。けれど、その姿勢を保つこともできなくなると、最後は崩れ落ちるように床に伏してしまったのだった。




