第14話 隣国の聖女と会う
翌日の昼過ぎ、ゼノンは魔法学校に行っており、私が一人で部屋にいる時だった。外が騒がしいと思ったら、王宮からの馬車が家の前に到着していた。
「アリア様はおられますか?」
アレクシオ王子の補佐官であるシビルの声だった。
やっぱり、この時が来てしまった……。私がネリ公国出身ではないと聖女セレナに指摘され、近々王宮から聞き取りや取り調べが行われるだろうと思っていたが……、予想より早い王宮からの呼び出しだった。こんなこともあろうかと、すでに私はアリアに扮している。そして、指には母からもらった魔道具の指輪を付けていた。
「魔力から、いろいろな情報を読み取る力を持った魔法使いがいます。アメリア様の身を守るためにも変装後も指輪をお付けになったほうが……」
魔法学校首席のゼノンの言葉に、私は素直に従ったのだ。
私が外に出ると、シビルは客車の扉を開け、私を中へと導いた。なんだか、犯人が護送車に乗せられる気分だ。私が客車に乗り込むと、すぐに馬車は動き出す。しばらく揺られながら窓から外を眺めている時、補佐官のシビルが話しかけてきた。
「実は隣国から聖女様が来られています。もともと隣国の聖女様はミランダ王妃と仲が良く、回復祝いに駆けつけてくださったのです」
「隣国の聖女様というと……」
「はい。ネリ公国のミレーヌ聖女でございます」
シビルの言葉ですべてを理解した。私は、ミレーヌ聖女の知り合いだと嘘をついている。なので、実際にミレーヌ聖女と私を会わせ、私がネリ公国の者なのかどうかはっきりさせようとしているのだ。もう、嘘が暴かれてしまうのも、時間の問題だった。そして私が、王妃毒殺の罪を着せられているアメリアだということも、間違いなくバレてしまうことだろう……。
※ ※ ※
王宮広間には、グランデ王国とネリ公国の要人たちが整列している。その先の広間に、アレクシオ王子とミランダ王妃、それに初めて見る女性の姿もあった。年の頃はミランダ王妃と同じくらいか⋯⋯。
「アレクシオ王子、アリア様をお連れしました」
私は要人たちの間を通り、一段高くなっている応接広間へと進んだ。ミランダ王妃の横にいる女性、おそらくあの方がネリ公国のミレーヌ聖女なのだろう。ミレーヌ聖女は楽しそうに王妃と話しをしていた。
「昔はよく三人で遊んだものよね」
「そうですね。王妃と私、それとソフィアの三人で……」
ソフィア⋯⋯。またしても、母の名前が出てきた。王妃は、公爵令嬢の母と仲が良かった。なので、ミレーヌ聖女が話すソフィアとは、母のことに間違いない。
「やあアリアさん、来たんだね」
アレクシオ王子が私の姿を見るなり、すぐさま話しかけてきた。気軽な口調だったが、私には取調官のように思えた。
後ろからは刺すような鋭い視線で、聖女セレナが私に注目している。私を疑い、観察している目だった。そんな視線を身体で受け止めていると、ミランダ王妃が声を掛けてきた。
「アリアさん、こちらに来て」
言われるままに、王妃とミレーヌ聖女が並ぶ前まで進んだ。
「ミレーヌ聖女、こちら、私の命の恩人のアリアさんよ」
「こんにちわ」
ミレーヌ聖女が声をかけてきた。
「……こんにちわ」
はじめまして、とは挨拶できなかった。もうすぐ、私の嘘がバレてしまう⋯⋯。今私ができることといえば、じっと下を向くことくらいだった。
「アリアさんはネリ公国のお人なのよ。ミレーヌ聖女ともお知り合いだと聞いているわ」
私は目をつぶりながら、そんな王妃の言葉を聞いていた。
「まあ、ネリ公国の……、アリアさんね……。お顔を上げていただいてもいいかしら」
もう駄目だった。けれどいつまでも下を向いているわけにもいかない。そっと目を開け、ミレーヌ聖女に顔を向けた。
「ミレーヌ聖女、どうですか? アリアさんと聖女はお知り合いなのですか?」
口をはさんできたのはセレナだった。セレナの声は生き生きとしている。
「知り合い? 以前お会いしたことがあるのかしら……」
「やっぱりそうだわ! アリアはネリ公国の人ではないわ! この女は、王妃や王子を騙しているのよ!」
セレナの勝ち誇った声が響いた。
「ミレーヌ聖女は、アリアさんとお会いしたことはないのですか?」
アレクシオ王子の声も聞こえてくる。
「ええ、会ったことないはずよ……」
ミレーヌ聖女は、じっと私の顔を見つめてきた。
もう何もかも終わりだわ。斬首刑も時間の問題⋯⋯。私はそう覚悟した。ミレーヌ聖女が、私の服装や、足、指の先までもを見つめ始めた。そして、その視点が私の左手で止まると、ミレーヌ聖女の目がパッと見開いた
「それは何かしら?」
「え?」
「あなたの指に付けている指輪よ。あなたの左手の小指につけてる指輪は?」
「あ、はい」
「その指輪と同じものをつけていた人を、私は知っているわ。あなた、その指輪をどうしたの?」
私は正直に答えた。
「母から譲り受けたものです」
「お母様から……」
ミレーヌ聖女は、何かを考えているようで、私の顔をじっと見ながら黙り込んでしまった。そして、しばらく経つと、ミレーヌ聖女は明るい声でこう言った。
「思い出しました。ここにいるアリアは、間違いなく私の知り合いですわ!」
私は、予想外の言葉に口をぽかんと開けることしかできなかった。いったい何が起きているのかさっぱり分からない。
「アリア、久しぶりね。雰囲気が変わったから、見違えたわよ!」
ミレーヌ聖女は、皆に聞こえるように、あえて大きめの声で話しているようだ。
「私はアリアの親友です。こうして会えるなんて本当に嬉しいわ!」
「やっぱり、お知り合いだったのね」
ミランダ王妃が、にっこりと微笑んだ。
「そんな!」
セレナが不満そうな声を出した。
「私の調査では、ネリ公国にアリアなどという魔法使いはいませんでした!」
セレナは頬を引きつらせながら、私をにらみつけている。けれど、そんなセレナに、ミレーヌ聖女は穏やかに応じた。
「アリアは間違いなくネリ公国の魔法使いです。セレナさんは、私の言葉が信用できませんか?」
セレナが唇を噛み、下を向く。握られた手が小刻みに震えていた。
「セレナ、もういい。私の思った通りだろう。アリアさんは嘘などついていないんだ。そんなこと、はじめからわかっていたことだけれどね」
アレクシオ王子はそう言ってくれたが、私の中ではほんの少し、複雑な思いが残った。王子、はじめからわかっていたと言われてますが、明らかに疑っていましたよね……。もちろん私は、そんな言葉を口にすることはなかった。
「くっ!」
セレナだけは険しい顔をし、まだ私を睨み続けている。私はもう一度、ミレーヌ聖女の顔を見た。聖女が私に微笑みかけてきたので、後ろめたい私は思わず目をそらしてしまった。どうしてなの? どうしてミレーヌ聖女は私と知り合いだと言ってくれたの? まあ、命拾いしたことだけは確かだけど⋯⋯。
そんな中……。
「ゴホ、ゴホ、ゴホ」
アレクシオ王子が急に咳き込み始め、その場で片膝をついたのだった。
「王子、大丈夫ですか?」
慌てた声で、補佐官のシビルがすぐに駆けつけてきた。
王子はしばらく咳き込んでいたが、咳がおさまると、ついていた片膝を伸ばし、元のように立ち上がった。
「大丈夫だ、最近ちょっと喉の調子がおかしいだけだ。たいしたことはない」
「そうですか」
補佐官のシビルはホッとした顔で、高官たちが控える列へと戻って行ったのだった。




