第13話 二人で逃げましょう
(アメリアside)
絶体絶命のピンチに陥ってしまった。アレクシオ王子の言葉が私の頭から離れない。
「アリアさん、あなたは本当にネリ公国の人なのですか?」
とっさについてしまった嘘だったが、やはり簡単に見破られてしまう時がきた。この先、私がアリアではなくアメリアだと暴かれてしまうのも時間の問題だ。王子と聖女セレナのダンスシーンが変わったぐらいで、私のストーリーは書き換えられないのだ。ただ単に、物語の細かい部分が変わっているだけで、結局私は斬首刑に処せられる運命なのだ。
そして、斬首刑が執行されるまでの時間は……。もうすぐそこまで来ているような気がする。
舞踏会を終え、宮廷から戻った私は、フラフラになりながらベッドに倒れ込んだ。ゼノンには、ろくに挨拶もしないまま部屋に入ってしまったからだろう、後からゼノンが部屋まで追いかけてきて、こわばった顔で尋ねてきた。
「アメリア様、お城で何かあったのですね」
「もう駄目だわ」
「事情を説明してください」
私は舞踏会で起こった出来事を伝えた。聖女セレナの嘘を暴こうとしたら、逆に私の嘘が暴かれそうになってしまったことを。
「アレクシオ王子が、直々に私のことを調べるらしいの。もう終わりだわ……」
「そんな、終わりだなんて……、まだ出身国を誤魔化していると思われているだけです」
「でも、もう駄目よ。疑われた時点で終わりよ。すぐに正体が暴かれてしまうわ」
「まだ大丈夫です。対策を考えましょう」
ゼノンは私を安心させたいのだろう。前向きな意見を次々と提案してくれる。
けれど……。
「これ以上、ゼノンに迷惑はかけられない。明日から私は、別の場所で身を隠します」
「別の場所って……」
ゼノンは一度口ごもってから、言葉を続けた。
「お一人で逃げるなんて、良い案には思えません。姿を隠せば、それこそ疑いは深まってしまいます」
「でも、ここにいても」
「僕は、どんな事があってもアメリア様をお守りします。本当にどうしようもなくなったときは、一人ではなく、僕と二人で逃げましょう」
「ありがとう。でも……」
「でも、なんて言葉を言わないでください。僕がアメリア様を助けてみせます」
十七歳の真っ直ぐな気持ちが伝わってきた。不安でいっぱいの私には、ゼノンの言葉が心にしみた。ゼノンがいれば、何とかなるような気もしてくる。
「ありがとう」
そう答えてから、ゼノンのために何かできることはないかと考えた。いくらゼノンが助けると言ってくれても、それだけで簡単に私の運命が変わるとは思えない。それにしても、『僕と二人で逃げましょう』だなんて⋯⋯。そんな思いを伝えてくれたゼノンに、感謝の意を込めて、何かしてあげたい⋯⋯。今の私にできることは⋯⋯。
「ゼノン、お腹すいていない?」
「え? あ、はい」
「夕ご飯食べていないのでしょ。今から私が作ってあげる」
「アメリア様が……、料理など、お出来になるのですか?」
「できるわよ。期待していてね」
私は、終始明るく振る舞いながら、晩御飯の支度をはじめた。もともと日本で暮らしていたときから、料理と掃除は得意だったのだから。今の私には、この位の事しかゼノンにしてあげられない……。
男の子の家の貯蔵庫に入っている食材などたいしたことないはず⋯⋯。あまり期待していなかったが、数種類の野菜とベーコンを見つけることができた。これだけあればなんとかなる。本当はブイヨンがあれば、すごく美味しくなるんだけれども、そんなものはもちろんこの世界にはない。旨味は、玉ねぎを黒くなるまでゆっくりと炒めて……。ベーコンや野菜からも、おいしい出汁は出てくるはず。あとは、塩コショウで味を整える。そうして出来上がった野菜スープと黒パンを、テーブルに並べた。
「簡単に作ったものだけど、食べましょう」
私は自信満々だった。誰もが美味しいと言うはずのベーコンの入った野菜スープ。きっとゼノンも『おいしいです!』なんて感動した顔を見せるはず⋯⋯。
「食べてみて」
私はあえてそっけない態度でゼノンを観察した。
小さなテーブルの向かい側に座る彼は、スープをスプーンですくい、それを口に運んだ。さあゼノン、びっくりした顔で美味しいと叫ぶ時間よ⋯⋯。私はそう期待していたが、ゼノンの口からそのような言葉が漏れる様子はない。ただ黙り込んみ、淡々と食べるばかり⋯⋯。あまり口に合わなかったのだろうか……。私は不安になってきた。塩を効かしすぎた? それとも、旨味が足りてないとか⋯⋯。
じっとゼノンの食べる姿をひっそりと観察し続けていたが、ついに彼から美味しいという言葉は出てこなかった。
正直、がっかりだわ⋯⋯。
「ごちそうさま」
私がそう言ってお皿を片付けようとした時だった。ゼノンがやっと口を開いた。今まで黙っているなんて、よほど不味い料理だったのね⋯⋯。そう思いながら彼の言葉を聞いてみると⋯⋯。
「⋯⋯」
「何?よく聞こえないんだけど」
「⋯⋯美味しかったです」
「えっ?」
下を向いていた私は、顔を上げゼノンの顔を改めて見た。
「美味しかった? 今、そう言った?」
「はい」
ゼノンは何も残っていないスープ皿をじっと見つめていた。
「気を使って言ってくれているの?」
「とんでもございません。本心です。こんな美味しいスープ、食べたことがありません!」
ゼノンの言葉を噛みしめながら、私は何度も頷き返した。それはそうだろう⋯⋯。この世界にはない異国の、いや異世界の料理なのだから。
「アメリア様は、料理の天才です!」
ゼノンの顔を見ていると、お世辞ではなく本心で褒めてくれているのがよくわかる。
「ありがとう、そう言ってもらえると作ったかいがあるわ」
でも私は、こう付け加えずにはいられなかった。
「そういう言葉は一口食べた瞬間に言ってくれれば百点だったんだけどね」
「申し訳ありません。あまりの美味しさに、言葉が出てこなかったのです」
自然と、食卓に笑顔があふれてきた。料理を作り、それを美味しいと言ってくれる人がいると、なぜか気持ちが晴れてきた。さっきのゼノンの言葉も、力になっている……。『僕がアメリア様を助けてみせます』だなんて……。映画でしか聞けないようなセリフを言われてしまった……。思い出すと、フッと笑いそうになる。
まだ、死刑が執行されたわけではない。不安でいっぱいだった気持ちが、薄らいできている。ゼノンと話したおかげだろう。これからもゼノンと笑って暮らしたい⋯⋯。私の中で、ゼノンの存在がどんどん大きくなってきた瞬間だった。




