第12話 アリアの魅力
(アレクシオ王子side)
それにしてもなんて魅力的な女性なのだろう。
元々アレクシオ王子は年上の女性に引かれる性質があった。けれどアリアほど素敵に思える女性など……。あの白い光のせいだろうか。魔の森での体験と重なり、少女と同じ光を放つアリアを、より美しく感じてしまっているのだろうか。
でも、勘違いしてはいけない……。魔の森で私を救ったのはアリアではなく、聖女セレナなのだから⋯⋯。アリアの年齢は三十五歳、私より十歳も年上だ。魔の森で出会った少女はおそらく六歳ぐらいだろう。十五年経った今の聖女セレナの年齢とぴったり一致する。
私は命の恩人である聖女セレナを一生守ると心に誓っている。それなのに……、アリアのことを考えてしまうなんて……、聖女セレナを裏切ることなどしてはならない……。
そう自分に言い聞かせている時だった。庭園に咲く花々の奥から、聖女セレナを連れたアリアが現れた。
こうして見ても、やはりアリアの姿は聖女セレナより輝いて見えてしまう⋯⋯。
それにしても、アリアは聖女セレナの嘘を暴くと言っていた。聖女セレナに喧嘩をふっかけるなんて……。今のセレナに、刃向かおうとする者など、この国のどこを探してもいないはず。それほどまでにセレナは強い立場にいる……。そんなセレナに対し、アリアは恐れることなく純粋に思った通りの行動をしている。そう考えると、アレクシオ王子はアリアに対してますます良い感情を持たずにはいられなくなっていた。
こんな女性と結婚できたなら⋯⋯、どれほど幸せだろうか⋯⋯。
そんなアリアがどんどんと近づき、やがてアレクシオ王子の座るベンチの前へとたどり着いた。
聖女セレナがアリアを睨みつけながら口を開いた。
「お忙しい王子を、このような茶番に付き合わせてしまっていいのかしら」
そう言いながらセレナはすぐさま回り込み、王子のすぐ横を陣取った。王子とは、今にも肌が触れ合うほどの距離にいる。
対するアリアは、セレナに向かい合いながらこう告げた。
「私も時間はかけたくありません。ですので前置きなしでお尋ねします」
アリアの声に怯んだ様子はなく、顔も真剣そのものだった。
「聖女セレナ様は、魔の森でアレクシオ王子を助けたそうですね。それは、本当なのですか?」
「なんども同じことを聞かないでちょうだい。私が王子をお救いしたのです」
「でしたら、魔の森を抜けるために精霊の力を借りたはずです」
「よく知ってるわね。その通りよ」
「では、道案内をしてくれた精霊の名前を教えてください」
「はい?」
「魔の森を抜けるために道案内してくれた精霊の名前です。セレナ様が本当に王子を魔の森から救ったのなら、答えられるはずです」
「……何を言ってるの?」
「精霊の名前、言えないのですか?」
「あなた、私をバカにしているの? 知らないなら教えてあげるけど、精霊には名前なんてないのよ。もともと精霊は名前を付ける習慣などないのよ」
アリアはアレクシオ王子に顔を向けた。
「あの時少女は、精霊の名前を呼んでいたはずです。覚えておられますか?」
「あ、ああ。確かにあの時、少女は精霊の名前を呼んでいた……」
「王子は精霊の名前、今でも覚えておられますか?」
「いや、名前までは……」
事の重大さを考えて、反射的にあやふやな答え方をしてしまった。けれど実際、アレクシオ王子はあの森での出来事を、今でも鮮明に覚えていた。少女が精霊と話していた会話についても、しっかりと記憶に残っていた。もちろん精霊の名前も覚えている。
少女は魔の森から抜け出るために、こう言っていた。
『セバスが案内してくれるから』
『セバス? 誰のこと?』
『この森にいる精霊の名前よ。ちなみに名前は私が付けたの』
今でもあの時の情景が蘇ってくる。少女が精霊を名前で呼んでいた。でも、聖女セレナはそのことをなぜか知らない……。
ということは、アリアが言う通り、セレナは私を救った少女ではないのだろうか?
「ほら、王子だって覚えておられないでしょ。そんな昔のあいまいな話をされても、なんの証明にもならないのよ!」
そんな言葉に反して、聖女セレナは額にうっすらと汗を浮かべていた。
アリアの話を聞き、アレクシオ王子は自分の体が自然と硬直してくるのを抑えられずにいた。心への衝撃が、体にまで現れてしまっている。
もしかして、聖女セレナは本当に嘘をついているのでは……。この思いが、どんどんと強くなってくる。
アレクシオは自分の記憶を確かめるためにもアリアに尋ねた。
「ではアリアさんは、その精霊の名前をご存知なのですか?」
「知り合いから聞いていますので、知っております」
「では、名前を教えてください」
一呼吸おいてからアリアははっきりと答えた。
「精霊の名前はセバスと言います」
間違っていない。少女は確かに精霊をセバスと呼んでいた⋯⋯。
「いい加減な名前を言わないでちょうだい!」
聖女セレナが、目をつり上げ叫んだ。
「もうこんな無意味な話はやめにしましょう! 王子、ここにいるアリアは全く信用のできない女なのです!」
セレナは明らかに動揺している。けれどその動揺を隠すためだろう、さらに声を高めた。
「この女は、私が王子を騙しているといいますが、この女、アリアこそ王子を騙しているひどい女なのですよ!」
セレナは顔を真赤にしながら、話し続けた。
「私はアリアについて調べました。すると、とんでもない事実が判明したのです!」
「とんでもない事実? どういうことですか?」
アレクシオ王子はアリアに目を向けた。すると今度は、アリアが何かに怯えるように顔をそらし、誰とも目を合わせようとしなくなっている。
その様子を見た聖女セレナは、生き返ったような顔で続けた。
「ネリ公国に使者を出し、アリアという名の魔法使いが実際にいるかどうかを調べてみました。すると、ネリ公国にそんな魔法使いはいませんでした。誰もそんな魔法使いの名前を知らないと言うのです」
アリアは反論することなく下を向き、沈黙を続けている。
「さあ、アリア、化けの皮がはがれてきたわね! あなたは一体何者なの!」
「……」
「王子、今すぐアリアを捕らえて、この女が何者なのか、何が目的で王子に近づいてきているのか、はっきりさせましょう!」
じっと黙り続けるアリアにアレクシオ王子は尋ねた。
「アリアさん、あなたは本当にネリ公国の人なのですか?」
それでも、アリアは何も答えない。
「さあ、王子、この怪しげな女を即刻捕らえましょう。そして、逃げないように牢屋に放り込んでおきましょう」
あまりの話の展開に、アレクシオ王子は頭の中が混乱してしまい、思考がまとまらなくなっていた。
本当にアリアは、聖女セレナの言う通り、私に嘘をつき近づいてきているのだろうか……。私はアリアに騙されているのだろうか⋯⋯。聖女セレナが嘘をついているという話も、アリアの陰謀なのだろうか⋯⋯。
「王子、この女の正体を突き止めるべきです!」
「セレナ、ちょっと待ってほしい。いくら怪しくても、アリアさんは今のところ、捕らえられるようなことなど何もしていない。それどころか、私の母の命を救ってくれた恩人でもある。そんなアリアさんを捕らえることなど……」
「けれど王子……、アリアが何かを隠しているのは間違いありません。今すぐにこの女の正体を暴くべきです!」
アレクシオ王子は、じっとアリアを見つめながら、しばらく沈黙を続けた。
この魅力的な女性が、私を騙している? どうすればいいのだろうか⋯⋯。そう考えながら王子は決心した。好きになってしまった女性に対し、疑いの段階で罰することなどできる訳がない。
沈黙の後、王子はこうアリアに告げた。
「アリアさんの素性については、私が直接調べます。アリアさん、それでよろしいですね」
アレクシオ王子の言葉に、アリアは聞き取れないほどの小さな声で返事をした。
「……はい」
「ふん、化けの皮を剥がされる前に、逃げ出そうとしても無駄ですわよ!」
最後に聖女セレナの勝ち誇った声が庭園に響き渡った。




