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第一話 【アルルカンと狼の秘剣】


十九世紀、ヴィクトリア女王の治世。


イギリスの中心地ロンドンは今日も賑わっていた。

優雅な音楽が流れ、淡い光を放つガス灯。上質な布が並べられた店内。店員が絹でできたオーダーメイドのスーツを手に、客のもとにやってくる。そんな優雅な店に俺、葦尾あしおはいる…わけではなく。今でいう、古着屋の類の店にいるわけだが、俺の隣にいる男は物珍しそうにずらりとかけられた服を眺めている。


男は、


「やっぱり英国紳士といえばシルクハットだよね~」


と黒色のシルクハットを手に取ってかぶった。


「どうどう、似合ってるー?」


男がポーズをとって俺に見せつけてきた。


「ちょっといい感じのスーツにしか見えないけど。「向こう」から持ってきてもよかったんじゃねえか?」

「詐欺師の基本は形から。おっ、この帽子もかっこいいかも」




「ありがとう、おじさん‼」


男は店の前に来ていた馬車に乗って、古着屋の店主に手を振った。男は買い物ができて満足した満面の笑みで手を振っているのに対して、店主は不満そうな顔で頭を下げた。男に値切りに値切られてしまったのである。かわいそうに。こいつに出会ってしまったこと自体が事故みたいなものだ。


馬車はガタンと音をたてて発進した。窓から街の様子を除くと、石畳の上を馬車が行きかい、ぱきっとしたスーツを身に着け、頭にはシルクハットをかぶった紳士や動きにくそうなドレスを着ている淑女が優雅に歩く。

隣にいる男はこんな景色見慣れたとでも言うかのように、小型プロジェクターを取り出し起動した。空間に画面が映し出され、十九世紀に作られたと思われる新聞が映った。



―――――――



三十世紀、拠点。


「ナポレオンの秘剣?」

「そのとおりっ」


古そうな紙切れを持って男、フショウがきめ顔をする。その紙切れには、


(ナポレオンの秘剣、イースデンアリス家が発見)


と英語で書かれていた。


「ナポレオンが肌身離さずに持ち歩いていた剣で、彼の没後、その剣は見つかっていなかったが、十九世紀後半ごろ、イギリスのイースデンアリス家が発見した。」


丸型の近未来的な車いすに乗った青年、「よしにい」がそう説明してくれた。


「イギリスで?ずいぶん遠いところで発見されたもんだな」

「売られ買われでたどりついたんじゃないかな」

「英雄の遺産だよ、きっと素晴らしい金額になるに違いない‼」


はりきった声でフショウが言う。


「イースデンアリス家は、十九世紀産業革命が起こってから勢力を拡大した名家だ。家族構成は父アーサー、その長男シリル。秘剣はお屋敷の金庫に厳重に仕舞われている。」


よし兄がイースデンアリス家の家族写真を渡してきた。中年の男性が椅子に座り、その横にだいたい小学生ぐらいの少年が立っていた。よく見るとそこには母親と思われる女性は写っていなかった。


「その金庫には数々の泥棒たちが挑んだらしいけど、ことごとく失敗してる。そこで登場、葦尾くん!君の優雅な鍵開けでやっておしまいっっ」

「まさかそのまま突入してくわけじゃねえだろ」

「コソ泥はつまらないからね。」


俺の手からフショウが写真を奪って、そばにあったホワイトボードに勢いよく張り付けた。


「今回は息子シリル・イースデンアリス家の使用人として潜入!彼の使用人は一ヶ月単位で入れ替わってる。つまり何をやっても良い!」

「違うけどな?」


「さ、服を買いに行くよ~」


フショウは俺の腕をつかんで、ポータルのもとへ—十九世紀に連れ込んだ。


―――――――


古着屋から馬車に揺られて二十分くらいたっただろうか。

たどり着いたのは、いかにもお金持ちが住んでいそうな豪邸であった。イースデンアリス家の屋敷である。目の前は大通りに面しており、住宅街のど真ん中に位置している。

我々は屋敷の門をくぐって入った。


「すげえ」


イギリスの名家というのだから、豪華なのは考えればわかるが、実際に見てみるとやはり圧巻である。


「レイナードさん、レイモンドさん。お待ちしておりました。」


声をかけてきたのは、執事だと思われる年配の男性だった。


「こんにちは、セドリックさん」

「はじめまして」


今回、フショウはレイナード、俺はレイモンドという偽名を使うことになったのである。


我々はセドリックという執事に連れられてこの家の主である、アーサー・イースデンアリスにあいさつに行くことになった。

屋敷の中は、多くの従業員が常に行きかっていた。この屋敷の雰囲気が気に入ったのか、フショウは楽しそうに廊下を歩いている



ガシャーン



突然右前の扉の向こうから何かが割れた音がした。

俺は思わず走っていって、扉を開けた。


少年が割れた大皿の周りをぐるぐる歩き回るのが目に入った。


「だれか、箒…!」

「お気になさらず、レイモンド君。いつもの事ですから。」

「いつものことって…」


振り返ると、執事が立っていた。その目は子供に向けるものとは思えないほど冷たいものであった。むしろ冷たいというより虚無といったほうがいいかもしれない。


廊下には、われ関せずといった様子で通り過ぎる従業員の姿。


異様な空気に俺は動く気にならなかった。



—カチャン



音のするほうを向くと、フショウがしゃがんで割れた皿を拾っていた。

下を向いて立ち尽くしていた少年の視界に、フショウの細くてきれいな指がはいる。

驚いた少年は、ゆっくりとフショウの顔を見上げた。


フショウはただ少年を見下げていた。


俺と出会った時と同じ目だった。




フショウと葦尾は父、アーサーの書斎で並んで立っていた。

向かいにはコーヒーを片手に新聞を見ている男性、アーサーが座っている。


「本日からご子息の使用人となります、レイナード・ショウと、清掃員のレイモンド・アルベルトです。」


フショウと葦尾は頭を下げた。


「そうか」


アーサーはちらりと二人に目をやってから、ぽつんとそういった。

彼の目は再び新聞に向いた。


「そういうことですので、仕事を始めてください。」


執事が部屋の扉を開けて、待機している。早く出ていけとその顔には書いてあった。

少しの反抗心か葦尾はすぐに歩き出すことはできなかったが、フショウは何食わぬ顔で先に扉に向かっていった。


ここに一人取り残されても困るので、葦尾はフショウの後を追って部屋を出た。


「よーし、仕事しますよー」


フショウはそう言ってずんずん歩いていく。


突然人影が曲がり角を曲がっていくのが見えた

フショウと葦尾が曲がり角を覗くと、少年が苦笑いで立っていた。


「あ、お前さっきの」

「あんた、使用人だったんだ」

「はじめまして、シリル様」

「なんかやだなその感じ~シリル君って呼んでよ。もっとフレンドリーにさ」

「なるほど」

「納得するんだ」


「あー‼ここにいたのー⁉」


後ろから甲高い女性の声が聞こえた。


「新人がいないって困ってたんだから!早く仕事するよー?」


そういって女は葦尾の腕をがっちりつかんだ。

葦尾は驚いて、フショウのほうを見た。


フショウと少年シリルはこちらを向いて手を振っている。


「冷たいよお」


あの男には泣き声でいっても無駄である。

葦尾は女に引きずられながら連れていかれた。

フショウは鼻で笑う。


その様子にシリルは不思議と目が離せなくなった。


「あの人とは知り合いなの?」

「いやあ、名前もしらないなあ。一か月後に二十三歳になるとか知らない」


シリルは思わず吹きだした。




フショウは使用人服に着替え、お盆にお菓子と紅茶を持ってシリルの部屋に向かっていた。


「シリル様、頼まれていたものを…」


フショウがシリルの部屋の扉を開けた。

部屋の中に入って、少年の姿を探すがどこにも見当たらなかった。

仕方なく部屋を出て探しに行くと、アーサーの部屋から少年の声が聞こえた。


「父様、今日お庭で虫を見つけたんです。すごい珍しいやつ」


父親の返事はない


「聞いてる?羽が青色できらきらしているんだよ」


使用人は父親に上着を渡し、父親はそれを着た。

息子と父親が会話している傍ら、執事が扉を開けて鍵を取り出しているのが見えた。

そこは屋敷のすべての鍵が入った鍵庫らしい。金庫の鍵もあるかもしれない。


「父様‼」

「坊ちゃま。アーサー様は出かけたいのです。邪魔をしてはいけません」

「…すみません」


執事が鍵庫の扉を閉めた。


「何か気になることでもございましたか。」


執事が、フショウが鍵庫を見ていたのに気づいたらしい。


「いいえ、何も?」


フショウは正面を向いた。



―――――――



十九世紀に来て初めての夜が来た。


葦尾は父、アーサーの部屋の前にいた。廊下に誰もいないことを確認すると、袖からピッキング用具を出し、部屋の鍵を開けた。

部屋の中は月明りでうっすらと照らされている。

フショウが言っていた鍵庫の前に立った。早速開けようと扉に手をやる。

扉はびくとも動かなかった。


「まあ、さすがに鍵かかってるか。」


再びピッキング用具を手に取り、鍵穴に入れようとした。


「何をしているのですか、レイモンド君」


いきなり後ろから男の声がした。フショウとは違って深みのある声だった。


「レイモンド君?」


肩に手を置かれたので恐る恐る振り返ると、あの老執事が立っていた。


言い訳をしようかと思ったが、あまりの冷たい目に言葉を発することさえできない。


逃げるか。窓から。



「お願いしていたものは見つかった?レイモンド君」



老執事は振り返った。


「いやあ、すみません。シリル様がここに忘れ物をしたといって聞かなくて。私には外せない用事があったものですから、代わりにレイモンド君に頼んでいたんですよ。」


困った笑みを浮かべて調子よくフショウが俺らに近づいてきた。


「それとも、レイモンド君が何かしでかしたとか?」


フショウと老執事が見つめあう。

二人とも笑みを浮かべたまま何も言わない。


「ああ!これですよね、レイナード君!」


俺は慌てて懐から万年筆を取り出した。


「そうです、それです。ありがとう」

「いやいや、よかったなあ」


老執事は俺らの顔をなでまわすように見た。


「そうですか。これ以上許可なくアーサー様の部屋にはいることはないように。」

「はぁい、了解です」


フショウが俺の肩をつかんで部屋を出た。

振り返ると老執事が目を光らせているように見えて、背筋が凍るかと思った。


「ちゃんと誰もいないこと確認して入りましたぁー」

「あの老執事、神出鬼没で有名らしい。女中から聞いた。」

「それを先に言えよお。じゃあ結局金庫破りするしかないちゅうことか」

「あーあ、やっぱり泥棒するしかないかあ」



葦尾はフショウに連れられて屋敷の裏口にたどり着いた。使用人部屋からも遠く、人気がないので密談にはとっておきの場所である。


「金庫の場所はわかってるんだろうな」

「うん。よし兄から建物の構造をもらったから送るよ」


デバイスに通知が来た。


「地下にあるんだな」


送られてきたデータを見ると、屋敷の構造がグラフィックになっていて、地下に金庫と思われる空間があるのを発見した。


これから我々はここに忍び込むのだ。


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