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【17世紀/金剛石と刀】

十七世紀半、江戸時代。

江戸の歓楽街では、多くの人が行きかっている。

その一つの店にある男がいた。


庄助(しょうすけ)、庄助」

「何でしょうか」

「わしは、吉原、新町、島原の遊郭をすべて回ったが、このような店があったとはなあ!わしはまだまだだったようだ、庄助」


庄助と呼ばれた男の肩をたたきながら、この中で最も位の高そうな大男が機嫌よく言った。


「井頭様、飲みすぎですよ~」


この店の主である女性が、大男『井頭(いがしら)』の隣に座った。

満足していただけましたか、と庄助が言った


「ああ、大いに満足だ。おい、そこのおなご。もっと酒をもってこんか!」

「「さすが、いがちゃん‼」」


庄助は、井頭と女たちの浮かれた様子を見つめた。


庄助と女店主が廊下に出た。

明かりのついていない廊下に、井頭たちの陽気な声が響く。

目立たないだろう暗い廊下の端につくと、二人は立ち止った。


「よくこんなに大量の女の子を集められましたね、お葉さん」

「庄助君の頼みだもの、ちゃんとお店らしくなりましたでしょう」


褒められてうれしくなった女店主は、庄助に気持ちばかり近づいた。

それには気を留めない庄助が、井頭のいる部屋に目をやった。

機嫌よく酔っぱらった井頭の顔がよく見えた。


——遊郭で遊びすぎて将軍様に「懲戒処分」されたくせに懲りないもんだ。まあそのおかげでこうやって連れてくることができたわけだが


庄助は手を懐にやって、封筒を取り出した。今でいうだいたい十万円相当の金が入っていた。

それを受け取った女店主は、目を輝かせて庄助にすり寄った。


「ところで、今夜空いているかしら」


女店主の目は、すがるような色気のある目だった。庄助は嫌気がさした。


「どうだろうねぇ」


男は逃げるように女のそばを離れた。

女は名残惜しそうに井頭のいる部屋のふすまを開けた。


一人になった男は、懐からペンを手に取った。

ペンは音を立てたのち、宙にプロジェクターを映し出した。




「おーい葦尾あしおくーん。進捗状況はどうかなぁ?」

「今、台所のばあさんを追い出したところだ。まったく苦労させやがって。」

「苦労して井頭とその連中を屋敷から追い出したんだ、失敗すんなよ葦尾。」

「わあっとるわ、ボケ」


葦尾という青年は急ぎ足で渡り廊下を過ぎた。

彼がいるのは、ほかでもない井頭の屋敷であった。大名崩れだとは到底思えないほどの豪勢な屋敷には、今彼以外の人はいない。



いろいろ部屋があるが、その中でも一段と豪華なふすまを開ける。

いつも井頭が座っているところに目をやると、ギラギラの刀が一つあった。

使用人の間ではこの部屋を「刀の間」と呼ぶ。それを聞いたときまさにその通りだと思った。この部屋では何よりもこの趣味の悪い刀が空気を支配している。


「これが井頭の宝刀か…間近でみると威圧感すげえな」


刀に手をやると、井頭が毎日のように自慢してくるのが頭に浮かんだ。


『これは先祖代々伝わる宝刀、「金剛丸」だ‼持ち手、鍔、鞘に至るまであらゆるところに金剛石が埋め込まれとるんだ。売ったら一千万は下らんだろうなぁ』


——刀というより置物じゃね


ふてぶてしい井頭の顔が浮かんで、気が悪くなった。

これを見て「あいつ」は十億の価値を見出したのだから、すごい代物なんだろうな。ただまったく理解できない趣味をしている。価値と物の趣味は比例しないらしい。

僕は懐から手袋を出して、手にはめた。


「よっこいせ、じゃあ貰ってくぞー」



「ちょっと待って、あっくん‼」



イヤホンから急に音が聞こえて葦尾は驚いた。ちなみにこのとき盗み聞きしていた庄助とかいう男も驚いたらしい。


「何だよ、よし(にい)

「その刀の宝石は偽物だ。井頭は盗難防止でダミーを置いていたんじゃないかな」

「よくわかったな、よし兄」


庄助とかいう男が感心した声でいうのが聞こえた。


「画像解析が間に合ってよかったよ」

「おい、じゃあどうすればいいんだ」

「地下室とか秘密の部屋とかがあるかもしれないね」

「どうやって探すんだよ」

「あっくんに今朝渡したブローチ、なくしてないよね」

「たぶん。」


缶バッチくらいのブローチを袖にいれていたのを思い出して手に取る。なくしていなくてほっとした。


「じゃあそれをつけて歩き回って!それは特殊なセンサーで建物の構造を把握することができる。隠し場所を見つけられるかも!」

「歩き回るのか…」

「ぐちぐち言わずにさっさとやるぅ」

「わあってるわ」


憎たらしい男の声が聞こえて一層やる気が出た。

刀をもとの場所に戻して、急いで刀の間を出た。



庄助が井頭のいる部屋に戻ろうと、ふすまを開けた。

変わらず部屋にいる者たちは陽気に騒いでいた。


「庄助、しょうすけー」

「はい」


庄助が井頭のそばに座った。

井頭は庄助の肩に手を置いて、体を引き付けた。


「今からおなごを連れて帰ろうと思う。馬を用意したまえ!」

「…は?」


男が珍しく驚いた顔をした。


葦尾のもとに電話がかかってきた。


「おいなんだ、まだ見つかって…」

「井頭、女の子連れて帰るってよ‼」

「はあ?!」


いつもは淡々としている「あいつ」の声に確かに焦りを感じた。一大事だと理解するのには十分だった。


「遅くてもに二十分くらいで帰っちまうぞ‼」


つまりあと二十分で見つけなければ僕らは、僕たちのやってきたことは水の泡だ。


「もうちょっと遠いところにしとけよ‼ばかやろう‼」


心からの言葉だった。



「おいどこにあんだよ‼」

「じじい、馬乗っちまったぞ‼」

「よし兄、まだ見つかんないのか‼」


イヤホンからキーボードを打つ音が聞こえてきた。


「刀の間だよ!井頭がいつも座ってる畳の下‼」

「そこにあったんかい‼」



滑る廊下を全速力で走り、刀の間で急停止した。

勢いよくふすまを開けると、刀がじっとたたずんでいた。

畳に手をかけて持ち上げようとしたが、案外重たいことに気づく。

外で馬の走る音と人の話し声が聞こえた。

出せる力でめいっぱい畳をはねのける。

そこに黒く重たい箱が見えた。


金庫だ。


葦尾はそれをじっと見つめた。




「わあ‼すごい刀ですこと」

「だろう?伝家の宝刀なんだ。待て待てそんなに近くに行くな」


刀の間に井頭と女店主を含めた大勢がどっと入っていく。

庄助は後ろで部屋の中を見つめていた。

葦尾はそこにはいなかった。



男は部屋には入らず、全員が刀の間に入っていくのをみてその場を去った。


「いえーい」


驚かせてやろうかと思って茂みから出てみたが、表情一つ変えなかった。何度も驚かせようとあれこれ試してもうまくいったためしはない。

代わりに、僕の背中にある布に包まれた刀を確認したようで、満足そうな顔をした。


「よく間に合ったな、葦尾くーん」

「ふふーん、幸い地下道みたいなのはなくて、直金庫だったから助かったぜ」

「金庫開けはお前の得意分野だもんな」

「ちなみに鍵開け系全部な?」

「さすが元スパイなだけある」

「もっと褒めてもいいんだぞ」


話しているうちに屋敷の裏口が見えてきた。蔓や雑草が絡まっていてほとんど使われていなかったことがわかる。二日前に屋敷中を物色しまくっていた「こいつ」が見つけてきたものだ。

重たい閂を外すと、明かりがこうこうと点いている江戸の町に出た。

初めてこの町がいいところだと思った。



「今回も成功ですね、フショウさん」


イヤホンからよし兄の声が聞こえた。


「よし兄のすんばらしいサポートのおかげだよ」

「えへへ、嬉しいなあ」


フショウに褒められたようで、よし兄は気分がよくなったらしい。


「で、どうやって帰るんだ」

「その先の十メートル先の空き家に、ポータルを設置しておいたよ」

「さっすがぁできる男」


庄助とかいう男、もとい「フショウ」という男が先に歩いてくのを追いかけた。



ーーーーーーーーー



「おかえり~」


拠点に帰ってくると、車いすに乗っている男よし兄が出迎えてくれた。車いすとは言ってもフォルムは丸くて宙に浮いているのだから、まさにドラ〇もんにでてくる二十一世紀の世界だ。ふんわりとした雰囲気と優しそうなたれ目の顔を見ると、今まで張りつめていた緊張がほぐれてくる。


「はあ、疲れたぁー」


入ってすぐのところにあるソファにダイブした。


「おうおう、刀折れる折れる」


フショウが俺の背中から刀をはがした。他人の状態よりもお宝のほうを心配するところはこいつらしい。もう少しいたわってほしい。

フショウが刀を持って行き、部屋の中央にあるショーケースの中にいれた。手に入れたお宝は必ずこのショーケースにいれるというのが我々のルーティーンだ。


「フショウさん、買い手は見つかってるの?」


よし兄がフショウに近づいて言う。


「ああ、今回も「シャイロック」くんだよ。いくらだと思う?聞いてびっくり、十五億だよ!」


——増えてる


「はあ‼十五億ですかっ!目ん玉飛び出ちゃうよ」

「慣れないねえ、あっくん」

「慣れてたまるか、まだ人間でいたいんだ」


ふと目をやると、何やらトランプを持ってフショウが近づいてくる。


「葦尾くーん、あ・し・お・くーん」

「なんすか」

「ドキドキ‼次の目的地チャレンジー」


フショウは俺の目の前に数枚のトランプを押し付けてきた。その顔には悪戯っぽい笑みが張り付いていた。


「まだ俺を巻き込むつもりか」

「え、行く場所あるの?」

「そうしたのはお前な?」

「どゆこと?どゆこと?僕聞いてないよ?」


何も知らないといった顔でよし兄が言う。


「でも、あーんなに欲しがってたお金がもらえてうれしいでしょ。ほーらほらほら」


俺の目の前にあったトランプが、お金に変わった。フショウの得意なマジックだ。

この憎たらしい男はまるで俺の気持ちがわかっているかのように面白そうに笑っている。少しでも欲しいと思ってしまうのが悔しい。手を伸ばしてお金を受け取った。

フショウは満足したようで、再びトランプをこちらに向けてくる。


「はいはい。引きますよー」

「教えてくれないのぉ?」


よし兄が不服そうにフショウの袖を引いた

俺は五枚のうちの一つからトランプを引いた。そのカードを見る前にフショウに奪われた。


「次はどこなの?」


フショウが不敵に笑った。


「十九世紀」



俺の運命もこんなカードで決められたのか。あるいはカードごトキの薄っぺらいものだったのか。「二十一世紀」から来た俺はほとんど「ここ」の情報を知らない。


ただこれだけは断言できる。


ここは三十世紀。

時空移動装置が存在するこの時代で、われわれは時空を超える詐欺師と成れ果てたのだ。


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