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第七話 土地神包囲網と蛇の気持ち



「まぁ、案ずることはない」

 ひとしきり笑った白蛇ウカミヒコに、ゆかりは、

「ウカミさん。何ていうか、こう……早く、確実に、お嬢さんを捕獲できる方法って、ない?」

 手振りを添えて訴える。畑辺(はたべ)の顔から益々血の気が引く。

「捕獲!? ゆかりさん、山姫(ヤマヒメ)様は神様ですよ!?」

「そうさなぁ」

「ウカミ様!?」

 言われていたように意外と親しみやすい永縄(ながなわ)の神様は、するすると那木(なぎ)の当主の(かたわ)らに戻る。

「畑辺といったか。落ち着くがよい。先ほどはそこの娘……ゆかりといったな。ふふ、曲がりなりにも神を相手取ってあんな…………ふふふ……いや、笑って悪かった」

 はっとしてゆかりは頭を下げる。

「す、すみませんでした! い、いつも神らしくない神と一緒にいるんでっ……つい……!」

「なに構わんよ、(わし)束早(つかさ)も似たようなもの。常日頃から共にいるとそうなる。……しかしそなたらの里の危機、アレを連れ帰るのに手段を選んでいる場合ではあるまい」

 ウカミは首をもたげた。

「よい、父たる儂が許す。そして父たる儂にも責任がある。力を貸そう。巳埜谷(みのや)にアレの力が満ちているように、この永縄にも儂の力がまんべんなく行き渡っている。外に出さぬようにしておくから、引きずってでも連れ帰るがいい。洗濯ネットに入れてから飼育ケースに入れると持ち運びしやすいぞ。束早よ、触れを出せ。ウカミヒコの命である。ミナギヒメを捕らえよ。多少手荒になっても構わぬとな」

 容赦のない言葉に、ひィ、と小さく悲鳴を上げる畑辺。ゆかりはウカミの前に膝をついた。

「あの、ウカミさん。あんまりミナギさんを追い詰めないであげてほしいなって……あ、や、その、…………できれば、早い方がいいのはそうなんだけど……」

「ふむ? そなた、アレに腹が立ったのではないのか?」

「立ったけど! ……あ、いや、でも、だって…………傷心って、何か悲しいことがあったから、実家……お父さんがいるここに来たかったんだろうし……ちゃんと、話聞いた方がいいかなって」

「父である儂にも話さずに一月(ひとつき)もおるが」

「ゆかりさんがその役を負ってくれるということだよウカミ」

 それまで静かに座っているだけだった束早がゆっくり立ち上がり、両手を広げた。(たもと)から、ほんのり光を放つ半透明の小さな蛇のようなものが何十、何百と出てきて、一気に散っていく。

「話したいけどなかなか話せない、でも、親しい、頼れる存在の(そば)にいると安心する。そんなことだってあるんだよ。……ゆかりさん。今、触れを出しました。永縄の皆なら蛇に慣れているし、同族であるあなたの頼みとあれば、ヒメを捕まえやすく誘導してくれるでしょう。とりあえず、まずは道具を(そろ)えましょうか。みずき、何かいい入れ物を探してきてくれるかな。蔵にあると思うから。あと(かあ)さまに洗濯ネットをひとつもらってきて」

 廊下に立っていたみずきは、はい、と答える。

「ミナちゃん、ウカミくんと、同じくらいかな? ウカミくんが、入るくらいの、大きさでいい?」

「ウカミ。ついていってあげて。……ゆかりさん、畑辺さん、少々お待ち下さいね」

 束早は祭壇の前まで行くと、片隅に置いてあった筆ペンと、ハガキよりも少し小さいくらいの紙を持ってきた。歩きながら何かをすらすらと書いている。

「これを」

 ゆかりの前まで来ると、紙を差し出す。記号のような、文字のようなものが書かれている。

「ヒメに接触できて、まだ逃げたがるようでしたら、これを押し当ててみて下さい。一時的にですが、これが力を吸収して弱体化するはずです。もう一度触れさせれば戻ります。……まぁ、必要ないかもしれませんが」

「えっ」

「エンさんのお嫁さんであるのを抜きにしても、あなたには元々神を(しず)めたり、逆に強める力が少しあるようです。多分、声……かな」

「私の、声、に? 力?」

「ウカミも機嫌がよかった。普段は、この永縄の里の者でも、僕や妻、みずき以外とはあんなに喋ったりしないんですよ。余所(よそ)から人が来ようものなら、出てこようともしないのに」

 それは普通のことなんじゃ――と(のど)の奥まで出かかったが、何とか飲み込んで。

「あ、あの」

 ゆかりは、先ほどから考えていたことを()いてみた。

「ミナギさんに納得してもらえたら、洗濯ネットは……別に、いらないんじゃ」

「持って帰るのでしょう?」

「えっ」

 束早は、にこ、と微笑む

「あの姿は目を引きすぎますからね。連れて帰るより元の姿で持ち物として運んだ方がいい。蛇としても狭い場所の方が落ち着くでしょうし、何より運賃の節約にもなる」

「あ、そういう感じでいいんだ」

 (こら)えきれず口にすると、束早は今度は少しだけ声を出して笑った。

「そう。そういう感じでいいんですよ。意外とね」



 元々永縄に到着したのは十四時近く、そこからミナギヒメと対面、逃げられ、準備を整え、捕獲作戦が始まったのは十六時より少し前のことだ。那木束早が住民たちに(つか)わした小さな蛇のようなものがゆかりと畑辺の元に代わる代わるやってきて、ミナギの位置情報を教えてくれてはまた素早く去って行く。

「結構、動き回ってますね……」

 那木家から歩いて十五分ほどの距離にある川にかけられた橋の上で足を止め、スマートフォンの地図アプリで確認しながら、畑辺は(うな)る。みずきが蔵から持ってきてくれたちょうどいいサイズの陶器の(つぼ)を抱えるゆかりも地図を(のぞ)き込んだ。壺の中には那木家から譲ってもらった洗濯ネットが入っている。

「どこに行っても監視だらけ、しかもお父さんに閉じ込められて外に逃げられないなんて、気分よくないだろうね。おとなしく一緒に帰ってくれればいいんだけどなー…………明日バイトあるんだよなぁ、居酒屋の方は休みだけどよりによって昼のスーパーの方が……どうしよ、もう辞めるまであと三回なのに遅刻とかしたくない……」

「僕も明日は解錠当番だから早く出なきゃならないんですよね……」

 しばしの沈黙の後、ふたりは顔を見合わせた。日没が近い。駅までのバスの最終便にはまだ時間はあるが――

「ヒカルちゃん! 早く帰りたいねぇ!」

「はいゆかりさん! 頑張りましょう!」

 気合いが入ったところに、大きな白い蛇がやってきた。体が透けていない。

「ゆかり、畑辺」

 低い男の声。ウカミヒコだった。

「もう少し行った先にある公園だ。あそこに誘い込むよう指示した」

「……あ、ここかな。那三(なみ)(がわ)緑地公園」

 すかさず畑辺がスマートフォンでチェックする。

「先に着いちゃってたら警戒されますよね。そうだな、この距離なら……ゆっくり歩いて行きましょうか」

「よし、そうしよう! …………ウカミさん、一緒に行く?」

「そうだな。足止めも必要かもしれぬか」

「それもお願いできたら嬉しいけど、ちゃんと娘さんと話しなよ」

「さて、話してくれるかな」

 ゆかりがしゃがんで壺を(かたむ)けると、ウカミはするりとその中に入った。焼き物の壺だから元々重みはあったが、更にずっしりとする。ミナギヒメ捕獲パーティは、公園方面へと進み始めた。

「ウカミさんは、これが本来の姿なの? もっとおっきかったりする?」

 壺の中のウカミはとぐろを巻いて落ち着いている。もう慣れてしまったゆかりは敬語を使わなくなってしまっているが、ウカミも気にしていないようだ。

「可変式だ」

「可変式かぁ。エンは今のウカミさんより一回り小さいんだよね」

(エン)……そうか、あの子は今はその名であったな。あれはな、大陸の蛇だ。美しいだろう」

「うん、聞いた聞いた。中国の南の方の商人に飼われてて、ネズミ対策で一緒に船に乗って日本に来たんだってね」

 初耳だったらしい畑辺が食いつく。

「えっ、そうだったんですか!?」

「だからそっち方面で研究してる学者さんとか、歴史関係の本出版してる会社から依頼受けて翻訳の仕事してるって」

「へぇ……」

「あの子はヒトに馴染むのが上手いな」

 愉快(ゆかい)そうな声色(こわいろ)のウカミに、ゆかりも笑う。

「ね。服もさ、いろいろ着るんだよあいつ。私のご先祖が着てた着物とか、自分でネットで買ったやつとか」

「名の知れた神はともかく、我らのような小さな社で町単位で祀られる神は、忘れられれば力を失う。そのようにヒトと関わっていくのも、ひとつの手ではあろうな。アップデートというやつだ」

「ウカミさんは、そうしないの?」

 ここまで親しく話してくれるのなら、彼も上手くやっていけそうなものだが。

 ウカミは、首を上げて、壺の縁にに引っ掛けるように頭を置いた。

「儂と束早はそうしてもいいと考えてはいるが……永縄の里の者らは、まだそこまで考えが及ばぬ。長らく閉じられた里であったからな。特殊な血筋の者らの里ゆえ、致し方ないといえばそうだが」

 閉じられた里――エンが「因習村じみている」と言っていたのは、この永縄の住人の一部が持つ特有の能力と、閉塞感(へいそくかん)を感じ取っていたからなのかもしれない。

「永縄の人たちにとっては、“大事に守っていきたいもの”なんだね。那木の家も、ウカミさんも」

「……そなたの言葉は心地よいな」

 ウカミはゆかりの方を向き、ちろりと舌を出した。見上げてくる蛇可愛いな、などと、ゆかりは神に対して不敬なことを考える。

「束早さんが、私はそういう力を持ってるんじゃないかって言ってた。神様を落ち着かせたり、元気出させたりする声だって」

「なるほど、そなたもナギの巫覡(ふげき)末裔(まつえい)であったな。うん、そうか、ならば…………儂の妻になる気はないか」

 そういえば、玉垣(たまがき)神狐(かみ)にも自分の元へ来ないかと言われた――そういうことだったか、と納得する。

「それ言われるの二回目だわ」

「玉垣のにでも口説かれたか」

「当たり。でもざーんねん、今は巳埜谷を救いたいって言う奴の嫁さんでいたいんだよね。全部終わったらまた口説きに来てくれる? 考えとくから」

「は、は。なかなか言う」

 ウカミは笑って、前を向いた。

「そなたには儂のような枯れたジジイは物足りなかろう。何より他の男に懸想(けそう)している女を口説くのはなかなか骨が折れる」


 懸想。


 それは、好意をあらわす言葉ではあるが、その意味は。


 ふと浮かんだ緑の髪の男の顔に、(ほほ)の上部が熱くなる。


「けそ………!? 違うよ!?」

「は、は、は。…………さて、お(しゃべ)りはここまでだ」

 塗装が剥げて錆び付いている車止めが見えてきた。公園の入り口だ。

「公園から出ないようにしてやる。そなたらの神捕らえてみせよ、若人(わこうど)たちよ」

 若人たちは、元気に返事をした。

「よっしゃやるか!」

「頑張ります!」




 台所に立ち、包丁でじゃがいもの皮を()いていたエンは手を止めた。

「玉垣は暇なのか」

 振り向かないまま背後に立つ存在に声を掛けると、それはエンの隣でピーラーを使ってにんじんの皮を剥いていた陽菜(ひな)のそのまた隣に並んだ。

「逃げてきた。伯母上の相手は疲れる」

「あ! ふぶきさま!」

「陽菜。ひどいじゃないか、私を置いてひとりでアオのところに遊びに行くなんて」

「あのねぇ、まっちゃのぷりんたべた!」

「何だと! ずるいぞ! アオ、私にもくれ!」

 図々しい隣町の土地神に、エンは不快(ふかい)そうに目を細めた。

「帰れ。俺は忙しい」

「忙しい奴が芋の皮など剥くのか?」

「妻が帰ってくるまでに飯の支度を済ませておく。家にいる夫たる俺の役目」

「いや知らないよ、私はきみのように主夫を兼業しているわけじゃあない」

「ふん。道楽息子め」

 元来エンは吹雪(ふぶき)(まる)に対して若干当たりが強かったが、それは気の置けない関係だからだ。長年の付き合い、それは吹雪丸も承知している。しかし今日は何やら、妙にトゲが感じられる。

「どうしたアオ。少なくとも私はきみに何かした覚えはないけれど」

「…………」

「陽菜。もしかして、今日のアオはずっとこうか?」

 皮を剥き終えたにんじんをエンの前のまな板に置いた陽菜は、きりっとした顔で未来の夫に言った。

「ふぶきさまにはきっとミドリのこころはわからない」

「えっ?」

「いっしょうわからない」

「えぇ~っ? アオ、本当に何、どうしたの」

 覗き込まれたエンは、

「……考えすぎて」

「うん」

「気持ちが悪いからお前さんは帰れ」

 吹雪丸の肩を、ぱん、と叩いた。瞬時に吹雪丸は玄関の前に放り出される。

「えっ!? 何で!? アオ、こら! 何で私だけ追い出す陽菜を返せ!」

 開かない扉を叩きながら喚く吹雪丸のいる玄関の方と、エンを順に見て、陽菜は、にこ、と笑った。

「ふぶきさまはちょっとうるさいしくちがかるいからしょうがないな」

「ずいぶんなことを言うじゃないかお陽菜。お前さん吹雪のことが好きなんじゃないのか?」

「すきだけどぉー、」

 ぎゅう、とエンに抱き付く。

「きょうはヒナはミドリのみかただから」

「お陽菜。手、洗ったか?」

「あっ」

 (あわ)てて手を洗う陽菜の様子が愛らしく、少し落ちていた気持ちがやわらいでいく。

「ありがとうなぁ、手伝ってくれて」

「ヒナがいっしょにいてやるってゆっただろ。ミドリはゆかりがしんぱいでこころがいっぱいだから」

「うん、そうだな」

「はやくかえってきてほしいな」

「うん」

「ミドリはゆかりのことすきだもんな」

「うん…………うん!?」



 「好き」とは?



 確かにゆかりのことは可愛いと思う。

 確かに今日の外食がキャンセルになって、少し落ち込んではいた。


 ゆかりははっきりものを言うが、エンのことを嫌っていて言葉がきつくなっている、というわけではない。吹雪丸に対するエンの態度と同じ、親しみからくるものだろうと何となくわかる。

 (むし)ろ、本来はそんなことをする必要のない長生きなだけの蛇という存在のエンが、巳埜谷の安全を願い人々の生活を守ることで長年世話になっている恩を返したいというのに協力してくれている。


 どうしたらいいのか一緒に考えてくれる。

 自分にできることはしたいと言ってくれる。


 ゆかりは巳埜谷の外で生まれ育った。だから、エンのことを神として見ていないのかもしれない。

 そしてエン自身も、「身内が巳埜谷出身というだけ」・「システム上必要なだけ」だった余所(よそ)(もの)の彼女を、たった一月足らずの付き合いでこんなにも大切に思ってしまっている。


 親しいりつ子の孫だから?


 否。



 そう、初めて見たとき感じてしまったのだ――「ああ、この娘だ」と。



「は」



 まさか、そんな、本当に?



「俺は蛇だぞ」

 じゃがいもの皮剥きを再開する。陽菜は、エンの腰にしがみついたまま、首を(かし)げた。

「ミドリがへびだと、なんかダメなのか? すきっておもうのは、わるいことじゃないだろ?」

「…………まぁ、なぁ」

「ゆかりもミドリすきだとおもうぞ」

「いや、それは……」

「ダメ? なんで?」

 皮を剥き終えたじゃがいもを、たん、と包丁で真っ二つにして。


「それはあっちゃあならんだろう」


 小さく、(つぶや)いたが――


幼子(おさなご)の目と言葉は恐ろしいな……)



 気付かなければ、そのまま三年やり過ごせていたはずなのに。



 頭の中が、ゆかりのことでいっぱいになってしまった。





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