124 氷と熱い視線
「光の通し方、ですか?」
リュシアンが、少し離れたところから声を発した。
「ええ。私も、最初は同じでした。聖女オリアに、教えてもらったんです」
とたん、瞬間移動でもしたかのような速度で、銀細工仮面が目の前に現れた。私の手を取り、ぎゅっと握りしめる。
「聖女オリアに教わったとは、なんと貴重な——アリア、ぜひ詳しく――」
その瞬間、氷の刃がリュシアンの仮面をかすめ、実験棟の壁に音を立てて突き刺さった。
「リュシアン。近い」
え。
今、エルヴィンがリュシアンを攻撃したよね?
本気?これ、大丈夫なの?
しかし、リュシアンの仮面には、傷一つついていなかった。さすが魔力的価値が高いだけはある。……いや、そこじゃない。私は、誤魔化すように慌てて口を開いた。
「聖女候補の子たちと、お話しても構いませんか?」
そう言うと、リュシアンは素早く部下に指示をした。七人の少女が、瞬く間に私の元へと集う。どの子もみな、何が始まるのだろうと不安げだ。緊張で肩が固まっている子もいる。
私は、一番手前にいたおさげ髪の少女に声をかけた。
「あなた、こちらに来てくれる?名前を教えてくれるかしら」
「……リディア。リディア=カーンです。黎明星の乙女様」
リディアは、弱弱しく呟いた。
「アリア、と呼んでくださると嬉しいわ。リディアさん」
「アリア、様……」
私は頷くと、リディアに向きあい、手を取った。
「あなたがさっき水晶盤に手をかざしたとき、どんなふうに力を出そうとしたか教えてくださる?」
「はい……」
リディアは目を閉じて、自分の手のひらを私の手にかざした。淡い光が立ち上る。光は彼女の身体を通ることなく、手のひらだけにとどまっている。
やっぱり、光が通っていない。
「……私なんかじゃ、駄目です」
その声が、小さく揺れた。
「そんなことないわ」
私は、首を振った。
「とても綺麗な光だったもの。今度は私と一緒にやってみましょう」
水晶盤に彼女の手をかざしてもらい、その上から私の手を重ねる。
「想像してみて。この光は、天の黎明星からあなたの中を通って、手のひらに集まってくるわ。人を癒す、優しい光よ。あなたの大事なものを思い浮かべてみて。家族でも、恋人でも、好きな場所、好きな風景でもいいわ。それを、あなたは護りたいと思っている。だから、力を欲するの」
リディアの睫毛が、わずかに震えた。次第に、光が、満ちてゆく。まだ不安定だ。でも——少し制御してあげれば、光は整う。
糸を針の穴に通すように、リディアの体内から手へと光を導いてゆく。優しく白い光の流れが揃い、澄んだ水が器を満たすように、穏やかで、しかし揺るがない光が空間を包んだ。
観測官たちも、候補の少女たちも、声を失っていた。光はやがて天へと昇り、静かに消える。気づけば測定器の針は振り切れ、水晶盤には細かなひびが走っていた。
リディアが、目をまんまるにして私を見ていた。
「本当にこれを、私が……?」
「ええ。これが、あなた本来の力よ」
私はリディア、そして他の候補たちにも目を向けた。緊張で強張っていた顔が、少しずつほどけている。
リュシアンは、仮面を大きく上下に揺らした。
「アリア。やはりあなたの力は、美しい。私が焦がれた光そのものです」
いや、大げさな。それに、これはちょっと力を貸しただけで……
そのとき、ふっと皮膚が粟立つような感覚がして、私は辺りを見回した。
部屋の壁際。エルヴィンが、腕を組んだまま、こちらを見ていた。
壁にもたれたまま。彼はただ——見ている。
その眼差しが、突き刺さる。
いつもの静かな碧ではなかった。熱を、帯びている。まるで、他の何も見えていないかのように、ただ私だけを見ている。遠くにいるのに、距離が消えてしまいそうな気がした。
なんで。
ただ見られているだけなのに。
でも、あの眼で見られたら——
落ち着いていられるわけが、ない。
私はリディアの手を握ったまま、必死に前を向こうとした。でも、視界の端にあの碧がちらついて、どうしても意識が引き寄せられてしまう。
「……アリア様、お顔が赤いです。大丈夫ですか?」
リディアが、心配そうに私を見上げた。
「だ、大丈夫よ。少し、暑くて」
暑くない。全然暑くない。あの人のせいだ。耐えきれず、ちらりと壁際へ視線を戻す。
エルヴィンは相変わらずそこに立っていた。そして、私が視線を向けた瞬間——ほんのわずかに、口元が緩んだ。満足そうに。——あの人、絶対に分かってやっている。
私は思い切り、前を向き直した。落ち着け、アリア。ここは実験棟だ。聖女候補の少女たちが、私を見ている。仕事に集中しなさい。
「訓練すれば、きっとあなたたちの光も強くなるわ。私も、最初は何もできなかったから」
そう言ってから、ふと思う。最初に公爵邸に来たあの日、私は何もできなかった。無能と呼ばれ……貴族の作法も、魔力の使い方も、何ひとつ知らなかった。それでも、どうにか、ここまで来られた。そう。彼がずっと、隣にいてくれたから。導いてくれる人がいれば、この子たちも、きっと、そうなれるはずだ。
「さあ、お次はどなた?一緒にやってみましょう」
私は、視線を振り切るように、声を上げた。




